嘘つきの国 1
大統領との面会を終えてホテルを出てきたのは十一時を丁度超えた所で、俺は先ほどから「うんうん」と唸りながら一番前を歩いていた。
その後ろからイリーナとケビンさんが付いてくるが、俺の頭の中は先ほど言われた大統領の言葉で一杯一杯になっていた。
影なる者の真意に惑わされてはいけない。
要するに海洋同盟の見せる真意に惑わされるなという話なのだろうが、要するに石碑などに描かれている絵も基本は海洋同盟が作った嘘の可能性が高いという事だ。
しかし、そう言われてしまうとそもそも何を信じたらいいのか。
「で?そろそろ会いに行きませんか?」
「そうだな。向こうからメッセージが来たらそのまま向かおうか………」
「それでソラは大統領がおっしゃっていた事に検討を付けたのですか?」
「要するに海洋同盟の言葉を鵜呑みにするなって話だろ?もしくは政府……だけど」
そこに疑いを持ち始めるときりが無いのも事実、出来る事ならあの手段を使いたくはない。
ジェノバ博士から教わった『手段』を検討する頃なのかもしれないが、それはジュリ達と出会った頃に話してみよう。
「メッセージが来ませんか?」
「まだ十一時だしな………多分三十分くらいはかかるんじゃないか?」
「そんなに正確な時間にあらわれますかね?そんな体内時計が正確な人間いますか?」
「ジュリならそうする。あれは体内時計がストップウォッチになっているんだ」
ジュリが十一時半と決めたら十一時半に必ず現れるだろう。
そう言う事であと三十分ほど時間が出来てしまった。
「でも大統領さん優しい方だったなぁ……なんだか全然イメージに無かったよ」
「それはイリーナの意見に一票だな。何というか裏表のない人だった。嘘を嫌っている部分と言い、あまり政治家という感じがしなかった」
「アメリカもあの事件以降大きく荒れていまして、みんながみんなを信じられない状況であの人が当選したんです。誰に対しても隔たりなく接して、同時に裏表のないあの性格が当選させた理由ですね」
ケビンさんの言う事も分かる気がする。
他人を信用できない当時にアメリカ人をまとめ上げた立役者という事なら確かにあの人柄に一票だろう。
「あの人は元々軍人なのかな?すごくガタイが良いけれど」
「そうですね。確か陸軍出身だったと聞きました。と言っても戦場に言った経験はあまりないそうで、人命救助の際に積極的に動くような人だったそうです」
見たまんまの人という事か、まああの性格じゃ戦場で活躍できないとは思うけどな。
「趣味もアウトドア派で山を駆けずり回る様な感じで、休日に山登りをしてそのまま救助活動をしたなんて逸話があります」
「趣味で山登りをしたというだけで驚きだけど、その上で人命救助とは………休日を何だと思っているんだ」
まあ、やることが無いからと部屋を散らかす家の父親とは大違いである。
それぐらいでなければ大統領何て選ばれないだろうし、そもそもこなす事すらできないだろう。
大荒れのアメリカを纏め上げた功績だけでも大したものだ。
「仕事を楽しんでやっていそうだな」
「あの男はいわゆる………Mという奴か?」
シャドウバイヤの言葉で場の空気が凍り付いた。
オブラートを十枚くらい包んで発言した方が良い言葉で、ここがアメリカ合衆国の中なら間違いなく剥製にされているところである。
「Mで仕事を積極的にしているわけでも、楽しんでいるわけでも無いぞ」
「そうなのか?しかし、お前達は学校に行くたびにため息を吐いているだろう?」
「あれは勉強が億劫なだけで………というかそんなことを一々カウントしているのはお前ぐらいだ」
全く、心臓に悪い言葉を吐き出さないで欲しい。
「ソラさんは午後はどうするつもりなんですか?」
「それなんだが………一つだけ手掛かりになりそうな場所を知っているからみんなで行こうかと」
「どこですか?あなたが手掛かりになりそうな場所って予測が出来ませんが……」
「後で皆との食事中にするよ。それよりそろそろ連絡くれないと十一時半に間に合わない様な気がするが」
なんて言っていると俺の携帯に十一時半に行く店の名前と地図が書かれていた。
「ム?目の前?」
俺達は右の方を見るとそこにはジュリが告げていたお店があった。
ジュリはお店の場所を告げる少し前の事、寺院からモノレールの乗って第一島を経由して第三島を目指していた頃。
「ジュリお姉ちゃん!このお店なんかどう?魚料理のお店なんだって?」
「う~ん。海都オーフェンスでも魚料理だったし……他にも有名な料理があればいいんだけど……」
「だったらこれは?」
レクターが見せるお店はバルバルの水肉を使った料理のお店、少し値段は張るが、座席も十分に確保されている。
内装も十分綺麗、メニューも水肉を中心としたメニューで前菜からデザートまで色々と揃っている。
「いいかも!ジュリお姉ちゃん!ここにしようよ!」
「そうね。だったらソラ君に連絡入れておくね」
「そうだ。結局ジュリはドラファルト島に行く手段は見つけたの?」
「ううん。結局見つからなかった。ドラファルト島は現在封鎖状態で入る事も近づくこともできないんだって」
ドラファルト島は一年半前の事件以降封鎖状態が続いており、第十六島からなら辛うじて見えるらしいが、近づく事は一切禁止されている。
どうしても行きたいのなら政府に申請を出さなくてはならないが、政府が許すとは思えないというのが得られた情報だった。
「どうするんだろう。お兄ちゃんは何か見つけたのかな?」
「そうだね。さっきのメッセージでは特にそういう話は無かったし、何かあったら食事の席で教えてくれるんじゃないかな?」
「そうだよね!楽しみだなぁ……短期間でどんな女の人と出会ったのか……」
「うん。そうだよね……」
二人のトーンが低くなりその全てを無視してレクターは窓から見える景色に身をゆだねる。
第一島へと入っていき、第一島のモノレール乗り場に一旦停車し、そのまま第三島へと向かって進み始める。
「明日はこの第一島で各首脳を交えた会議があるらしいよ。その護衛用としてガーランドさんが呼ばれているって話。明日の朝に到着するように動いているって聞いたよ」
「そうなの?お父さんは何も言っていなかったのに!」
「アベルさんは奈美ちゃんに言いずらかっただけだと思うけど。でもレクター君よく知っていたね。私も知らなかったのに」
「だって別れる前にアベルさんがガイノス帝国軍の人と話してたもん」
要するに立ち聞いたのである。
「明日は流石に仕掛けないだろうね。だって各国首脳陣がいるって事は各国の軍も一部は来ているはずだし。そんな無謀な事をするとは思えないけど」
「そうだね。でも、結局の所で何が目的なのか分からないから困るよね。こうしている間も次の攻撃が始まるのかと思うと私……」
「大丈夫だよ!お兄ちゃんやお父さんもいるもん!」
その話にレクターを混ぜない奈美である。
「心配しても仕方ないよね。今私達が出来る事をしていくしかないし。取り敢えずはソラ君と合流後に今後の予定をたてようか……」
ジュリはまだ見えぬ敵の目的に表情を引き締めていた。




