反撃の時 10
不死の軍団のメンバーにして前任の聖竜が認めた『始祖の竜』が始めた計画の管理者、その名は吸血鬼ボウガン。
勿論その名前も決して本名ではないのだろうし、あくまでも彼個人の名が何なのかは俺にも分からない。
誰にもきっと分からないのだろう。
下手をすれば本人にすら分からないのかもしれないが、そんな事は俺にはどうでも良い。
ボウガンはこのアメリカの戦いにおいては手を出さないと決めているはずだし、別段ジェイドの事を信頼しているわけじゃない。
でも、ジェイド達がもうこのアメリカの地そのものに興味があるとは思えない。
その上でどうしてボウガンがここに居るのかという事になる。
この場所に…このアメリカの地の国有林に何故居るのかという問いを俺は睨み付けながら聞いてみる。
「怖い怖い。別段お前達を邪魔するためにここに居るわけじゃない。ただ、君が今のところどの辺にいるのか…成長しているのかと気になってな。君はちゃんと前に進めているのか…でも、その目を見れば分かる。君は平常心を纏っているだけで、心の奥にあるのはノックスへの怒り」
消えることのない怒りが俺の心の奥にあるのは確かだし、それを指摘されたところで今更消えることはない。
俺は一生かけてもノックスというあの男を絶対に許さない。
他人が大切にしているモノを、その誇りを、周りの命にすら平然と踏みにじり、自分の目的の為に利用しようとする。
いくら勝つためと言っても、罪のない人間を平然と利用して、命を踏みにじりながらもそんな命にまるで目を向けない。
自分のやることに絶対の自信を持っているのかもしれないが、俺からすればあんな奴を許しておけるわけがないのだ。
「分かるよ。でも…君の師匠ならどうしたかな?」
分かってたまるか…この気持ちも、この感情も全部俺のモノだ。
あの人を失ったこの喪失感を拭えるわけが無いんだ。
「まあ…いいさ。強くなっているのかという点では正直微妙だが、まあまだここから戦いは続くからそこに期待するさ…せいぜい俺の期待を裏切らないでくれよ」
そう言いながら消えていくボウガンは一つ先ほど見つけた建物を指さす。
「あそこは少し探っていた方が良いぞ。おすすめするよ」
消えていくボウガンの指さした先にある建物に俺は興味を抱き、ブライトと共に歩き出していく。
崖に挟まれるように隠れるように設置されている建物、俺の目の前にあるその建物の一階部分に真新しい血を発見して俺はブライトを抱えたまま一階までジャンプで降りていく。
その血を指でなぞって見るとその血は真新しく、その上近くには獰猛な獣を思わせる爪痕が残っている。
俺は緑政権を呼びだし、エコーロケーションで建物中を探ってみると建物の中に五匹ほど存在している奇妙な獣。
それは鵺を彷彿されるような姿をしており、俺はその姿から合成獣『キメラ』である事を素早く予想して入っていく。
「ねえ。ここって何かの実験場だったのかな? ほら建物の中に動物を入れておくケージとか、一杯置かれているし」
「かもしれないな。ブライトは俺の服の中にいるんだ」
壁に囲まれている上に基本上も木々などで隠れているためか薄暗い建物中、俺は念の為にと確かめようと思い電気のスイッチを押してみるのだが、やはり全くの反応がない。
まあ期待していた訳じゃないのでそこまで落胆しないのだが、いくらエコーロケーションがあると言ってもこう視界が悪いとブライトが悲鳴を上げる可能性があるのだ。
少なくとも鵺を知らないブライトはその姿を見たら絶対に驚く。
と警戒しているとそのうちの一体が俺の姿に気がついたのか、ゆっくりと俺の方へと近づいていきその猿の顔が覗かせるのだが、その体は完全に虎で尻尾には蛇が付いている。
その現実離れした姿と妖怪にブライトは俺の服をしっかりと掴んでから俺の鼓膜を破壊するのではと思われるほどの強烈な悲鳴を上げた。
ブライトには怖いという感情が存在していたのだと安心してから俺は緑星剣を真っ直ぐに鵺の方へと向ける。
また見事な鵺の姿で、小学校時代に調べたそのまんまの姿だなって思いながらこのような状況で無ければ写真を撮っているところである。
猿顔の鵺は明らかな怒りを振りまきながら地面をえぐり取りながら前へと一歩踏み出していき、蛇の尻尾が俺達の方へと睨みを向けてくるのだが、一体どうやって作られたのかと正直に言って感心した。
「ソラ! ソラ! 怖いよぉ! 何あれ?」
「鵺だな。頭は猿、体は虎、尻尾は蛇という日本に伝わる妖怪で、言ってしまえば合成獣…キメラという存在とも言える。この目で見るのは初めてだ。ブライト。スマフォを渡すから写真を撮ってくれないか?」
「なんでソラのテンションが高いんだよ! 普通怖くないの?」
「いや…昔日本妖怪話を見たことがあるからまさか実際に会えるとは思わなかった。これで取ってくれ! いいか? 戦闘中の光景もちゃんと取るんだ」
「怖いよぉ…早く倒してよ…」
ブライトは本当に怖いらしく俺は仕方が無いと思いながら鵺が走ってくる速度に合わせて俺も走り出し、鵺の攻撃をギリギリまで引きつけながら喉元へと緑星剣を伸ばすのだが、俺の攻撃が当たるというギリギリの距離で鵺の体が真上へと逃げていく。
驚きながら真上を見ると鵺の尻尾の蛇が天井の電球を噛みついて鵺の体を持ち上げ、そのまま真上から襲いかかってくる。
俺はそのまま横に転がりながら回避し、鵺の爪が地面へと突き刺さるのだが、その強靱さは虎と呼ぶべきレベルではない。
恐らく肉体を薬品か何かで強化しているのだろう。
「ここから悲鳴! 何事!?」
「厄介な奴が来た」
「何!? そいつ何!? 化け物!? その地球上の法則を無視した超存在じゃん! すげぇ! ソラ…俺ここで写真撮っているから!」
色々突っ込みたいが同じ立場なら同じ事をすると思うのであえて何もしない。
先ほどからブライトが悲鳴を上げて全然写真を撮ってくれないのでレクターの写真に期待するしかない。
そこでジュリとアカシとアンヌが姿を現し、アンヌは普通に悲鳴を上げ、アカシはレクター同様に興奮している。
しかし、ジュリが全くの無反応というのは予想外で、俺はどうしたモノかと思っていると、鵺が口を大きく開けて固まっていた。
まるで何かに怯えているかのように口をパクパクさせているのだが、一体何事かと後ろを見てみるとジュリが無表情のまま俺の真後ろに立っている。
因みにレクター達はジュリの方に怯えており、ジュリが明らかに何かに怒っていることがハッキリと分かった。
「良い子に出来ますよね?」
鵺は何度も何度も頷いて服従姿勢を見せ、むしろ猫撫で声を上げながらジュリに言い寄っていく。
どうやらジュリは鵺という生き物が合成獣であると見抜き、鵺が喧嘩をしているという現状に、ここで人を襲っているという真実に怒りを覚えている。
「可哀想…きっと遺伝子レベルで組み替えられているだよ。この分だと寿命も相当短いはず…それにこれ…簡易的な異能実験もここでして居たみたい」
「何? じゃあ…ここは」
異能の実験場でこの鵺はその結果の産物なのかもしれない。
ジュリが鵺の体を何度も何度も撫でながらタブレットや他の機械を使って体を調べ始め、俺は近くの部屋のドアを開けてみると、異世界連合軍の部隊とは思えない遺体が山積みに成っている光景を見つけた。
「どうやらそうらしいな。多分だけど…キメラ達の反乱が起きたんだろうな…」
「他は居ないの?」
「鵺ならあと四体は居るけど…他は居ないな…この建物には」
ケージの数や部屋の構造上鵺五体という事は絶対に無い。
施設がここ数日で崩壊しているという事実を顧みて、ロッキー山脈の建物が廃墟になっている現実を考えればここが崩壊したからというのが理由なのだと判断出来た。




