嵐を超えていけ 5
場所は大きく移動し太平洋上を移動していたウルベクト家御用達の戦闘用大型タイプの飛空挺が嵐の周りをずっと旋回し続けていた。
この嵐の中心に聖女アンヌが助けたいエネルギー生命体と呼ばれる存在の一体、朱雀がいることは間違い無く、そこにどうにか辿り着こうと必死になっていた。
実はそれ自体はメメントモリとカールも同じ事を考えており、自作の飛空挺を用いて反対側から侵入を試みようとしていた。
朱雀がハワイ諸島一帯に広げた巨大な嵐はどんな存在すらも拒み、同時にハワイ諸島からは鳥の鳴き声が響いてくる。
多くの人にその声は恐怖として刻み込まれるだろう。
実際アンヌ達は回り込めば今頃アメリカに辿り着いているし、何よりもギルフォードの元へと辿り着いているはずなのだ。
説得することも出来たはずだが、それでもアンヌは今は朱雀救出を優先したいという気持ちでいた。
白虎奪取に失敗した以上不死の軍団は間違い無く出現した朱雀へと目を向けるだろう事は間違い無い。
しかし、今のところ朱雀に変化が見られないところを見て旋回しながら突破する方法を考えていた。
艦長席に座りながら大きなブリッジのど真ん中で座り込んで悩んでいるマリアは幼い体で座っているせいか足が地に着かない状態でブラブラとさせていた。
実際その幼さを艦長席と比較してみても真面目に仕事をして居るように見えないが、顔だけを見れば確かに真面目に悩んでいるように見えるが、その両足は常にぶらついている。
そのせいか周囲にいる操縦している人達はイマイチ危機感を持てないでいた。
「何じゃ! あの嵐は! どうやって突破すれば良いと?」
「ですから…強引でも突破すれば良いじゃありませんか…この飛空挺ではそれぐらい余裕ですよ」
「じゃから! その朱雀とやらが暴れておるのだぞ!? もしそんな嵐の中で飛空挺のエンジンが一つでも落とされたらどうする!?」
古風なしゃべり方が一種のギャグのように捕らえてしまいかねない。
しかし、実際このままで居たら何も変化しないのも事実、最悪はそれも覚悟の上で突っ込んでいかなくてはいけないだろう。
時を同じくしてアンヌはギルフォードの妹であるレインの側で熊のストラップを二つ握りしめてそっと俯いていた。
今は一人にしていて欲しいと頼みレインの側でずっと俯いていたが、そんな時部屋の中に何やら声のようなものが響き渡る。
最初はただの聞き間違いかと思い立ち上がって左右を見回してみたが、やはり何も無いのだ。
しかし、再び声が聞こえてきてアンヌは立ち上がり体をグルグルと回りながら確認する。
「ま、まさか…お化け!? 最新式の飛空挺では!? ま、まさか前にこの飛空挺を戦闘に使ったと聞きます…その時に実は戦死者が現れて…それでいて…」
頭の中で面白い想像を浮かべるアンヌは不安のまま部屋の中をグルグルと回っているのだが、そのうち声の場所がレインから来ていると分かってしまった。
しかし、レインは今現在真っ当に話が出来るような状態では無く声を発しているという可能性は限りなく低い。
そんな時アンヌの右隣から真っ白な虎が現れスタスタとレインの元へと歩いて行く。
「駄目よ! レインちゃんは今話が出来る状態では…」
そんな事は一切を無視して白虎はレインが履いているスカートのポケットの中へと口を突っ込んでスマフォを取り出した。
あまりにも器用に取り出すので流石にアンヌと言えど驚いてしまった。
しかし、その行動異常に驚いたのはスマフォから聞こえてきた大音量である。
「いつまで私をここに閉じ込めるのだ!?」
「ダルサロッサ様!? どうしてそのような機器の中に入っておられるので?」
「ム!? 貴様は…確かアンブとか言う…」
「アンヌです。私はアンヌと申します。所でどうしてそのような機器の中に?」
「実はかくかくしかじかという理由では?」
「か、かくかくしかじか? そ、それはどのような理由なのでしょうか?」
「む? 伝わらないのか!? 世の中の人間はそれで伝わると聞いたぞ!」
「そ、そうなのですか!? わ、私はどうも世の中の事をよく知らないようで…申し訳ありません」
部屋に入ってきたヒーリングベルは心の中で「ツッコミ不足ね」と思ったが、あえて気にしないことにしダルサロッサの入っているスマフォへと近づいていく。
ダルサロッサは外を自由に動き回っているヒーリングベルを見て驚愕に満ちた顔をするが、それよりも先に先ほどの会話に指摘を出すヒーリングベル。
「かくかくしかじかで伝わるのは漫画や小説の中での事ですよ。ダルサロッサ…あなた最近漫画を見てそのようなシーンを見たのでそう思ったのではありませんか? あとアンヌこのお馬鹿に一つ一つ付き合う必要性はありません」
「そ、それより! 何故お前がそこで自由に動き回っているんだ!? 私同様かそれ以下の状態では!?」
「? 何故私が完全に油断していたレクトアイムや馬鹿な貴方のようにあのような状態に陥って対処しないと思うのですか?」
ヒーリングベルの毒舌を前にして歯ぎしりさせるダルサロッサだが、スマフォの電池が少なくなってきているようでアンヌは急いで部屋中を探し出してスマフォの充電器を探し出すのだが、本来からスマフォという機械を持っていない彼女は慣れない機械に手間取っている。
「何をしているんだ! 早くしろ! 電源が落ちそうになっているぞ!」
「そのように叫ぶと早く電池を消耗しますよ…おや? イリーナから電話ですか?」
「待てヒーリングベル! お前どうしてそんなスマフォを持っているんだ!?」
「今それは重要な案件ですか?」
「重要だろう! 何故竜にスマフォが必要なのだ? テレパシーがあるだろう!? 何よりも今どこから取り出した?」
「私が作った特別な空間からですが…それに現在社会一般的な人間達とコミュニケーションを取るのは重要ですよ。そんなのだから貴方は…」
「言うな! それ以上言うな!!」
「馬鹿なのですよ」
「言うなと言っただろうに!」
そんな馬鹿なやりとりをして居る間に部屋中を漁っているアンヌは未だに充電器を見つけられないでいたが、ヒーリングベルは先ほど五分ほどまでにアンヌが漁った段ボールの中にあった事を見ていた。
「全く…少し充電しますか…もしもし? イリーナどうしたのですか?」
「おい! 充電器があるのなら貸せ」
「いいえ。私のスマフォも正直あまりバッテリーの残量に心元が…いいえ。イリーナ。何でも無いのよ。それで?」
「おい! 電話の向こう側の相手をしながら私のことを適当に遇うな! それを貸せ!」
「本当に喧しい機械ですね」
「お前は何がしたい!? そんなに私を追い込んで楽しいのか!? 楽しいんだろうなぁ! この毒舌家が!」
「血圧が上がりますよ…ああ…スマフォには関係ありませんね」
「スマフォと呼ぶな! 私はダルサロッサだ!」
「このスマフォは本当に五月蠅いですね。電源を切りましょうか…」
電源ボタンへと手を伸ばすヒーリングベルに焦るダルサロッサだが、部屋の片隅でようやく見つけ出したアンヌが駆け寄ってきた。
安堵の息をスマフォの中で漏らすダルサロッサ、アンヌはスマフォの充電口へと差し込んでから一旦落ち着く。
「全く騒がしいですね…貴方は。全く…イリーナが何を喋っていたのかあまり聞き取れなかったではありませんか」
「お前のせいだろうに…」
「? おや? 奈美からメッセージが来ていますね。もう少しでゲームのスタミナが回復しますからそろそろ…」
「なんでお前そこまでスマフォという機械に慣れているんだ? いつの間に?」
「いいえ。この機械はその辺でテレパシーをするよりよっぽど便利なので。ほら言うでしょ? 進んだ科学は魔法と大差無いと」
さも当然に言われてもダルサロッサとアンヌには聞き覚えの無い言葉だった。




