大乱の始まり 7
空間が破壊するようなという比喩表現では無く、文字通り空間にヒビが入ったような描写に見え、一体何があったらあんな攻撃方法が出来るのかと疑問に思う一方で、レクターやその師であるサクトさんならやりかねない技だと思うのでこれ以上疑問に思うことを止めた。
そして敵が全滅したのを確認した後に、俺は鉄のドアへと近づいていき中にいる人に「もう大丈夫だ」と伝えて鍵を開けて貰い、俺達は改めて中に隠れていた男性と話をする機会を経た。
中にいたのは四十から五十代の太った男性、スキンヘッドと強面が特徴の男性でスーツをきつそうに着ているが、それ以上に脂汗が凄い。
何というか普通に気持ち悪いが、そんなことを口に出せば台無しなので、俺はレクターに「余計無い事を言うなよ」と忠告しておき、俺は改めてその男性と向き合う。
「貴方の知っていることを話してください」
そこで聞いた男性の話を纏めるとこういう事情があったらしい。
七月末から八月の頭に駆けて副大統領からの依頼があり、その内容というのは中古の魔導機を大量購入して欲しいというもので、それをアメリカ軍が高値で買い取るというおかしな依頼だったらしい。
もっとも依頼自体も別に断ることも無く、彼らの裏事情を察するとここで軍を敵に回したくなかった。
それ故に断る理由も全く無く、むしろこれをきっかけに軍に貸しを作ろうと大量購入した物を売りさばいたのだ。
しかし、その足を探っていたのが先ほどオークションで売り飛ばされていた傭兵の男だった。
最近になって軍が購入した魔導機を搭載した武装を大量購入し始めているのを目撃し、まるで戦争でもするかのように動く姿に嫌な気配を感じ取れたが、その理由は大統領が戦争をする気配を全く見せていないのに軍がそれを進めているという違和感。
そう…軍はクーデターを引き起こすつもりだったと感づいた時にはノックス達に狙われていたと言うわけだ。
男はその全てを俺達に話した後「ここから助け出して欲しい」と願い、俺達はそれ以外のことも全部話すことを条件に、俺とレクターは救出部隊へと急ぐことに。
階段から降りていく過程で更に男は大人しく話し出した。
「おかしいと感じたのは十月ぐらいだったか。ノックスが怪しい人物達と会談をしていると噂を聞いたんだ」
「噂ですか…」
「ああ。今思えばその噂だってどこから漏れ出たのか分からない。恐らく我々が彼らの噂話を探っていると感づいたからこそ漏らした情報だったのだろう」
それ自体はあり得る話しだし、何よりも実際こうして聞いてみると確かにわざと名気がするが、どうもノックスという男は直接手を下す事を嫌がっているように思え、俺としてはやりづらいことこの上ない。
「ノックスという男を侮らないほうがいい。ノックスは普通の男だ。身体能力も別段異常というほどではない。それは軍人だから鍛えてはいるが、どこまで言っても普通だ。それでもあの男に異常性を見つけるなら異常なまでの勝利や出世欲の強さだ」
男は俯きながら語り出すのだが、その表情がやけにリアリティを強めている。
「戦場において『勝つ』という欲望や出世するためなら何でもするという想いが非常に強い。あれは…軍人においておくには危険すぎる。普通じゃ無い。危ない橋を渡って、相手や周囲や組織や国を事をまるで考えない出世欲なんて異常以外の表現方法があると思うかい?」
それは無いと言うしか無い。
周りのことを全く考えず、ひたすら自分が上に立つための出世欲のままに生きていると言われたら畏怖すら覚えかねない。
「だが。同時に普通であるが故にそれが難しいというのもある。権力があるわけでも無く、かといって力でのし上がる事が出来るわけでも無い。だから上にのし上がる為なら奴は何でもする。それが普通に怖い」
軍とは権力を持っているように思えるが、それは同時に危ういのだ。
最大の力を持っている物が隠蔽できるほどの権力を与えれば、それは恐怖政治と同じ事だからだ。
だから一般的に軍関係者は権力を持つべきじゃないし、持っていればそれは無用なトラブルを招くことになる。
元軍人で上に立つ人は多いが、そういう人はクリーンなイメージを他者に与えるために関係を使わない。
誰も一般的な人は力での抑圧を良くは思わないから、そういうイメージはマイナスになる。
「だが、あいつは他人のことをまるで考えない。誰がどう思い、これをすれば誰が困るのか、自分の友人達はこれをされたら困るとか、両親が心配なんて事もまるで考えない。全ての出会いも、そこから生じる結果も全ては自分が上にのし上がる為の道具としか考えないんだ」
レクターと二人で聞いていて胸くそ悪くなる話ではある。
確かにここまで来れば異常と言っても良いだろうし、何よりこれだけのことをして全く目立っていないのも、これで誰かが死んでも「別に良い」と考えているからなのだろう。
要するに彼は自分以外の犠牲を数字上でしか把握していないし、実際に見ても全く心が動かされないのだ。
遠い地で起きていることすらも心を痛める人が居る一方で、ノックスのように自分のことしか考えない輩もいる。
「あれは危険すぎる。やばいと言っても良いだろう。あんな人間が上に立てばアメリカが崩壊する。何せ…彼はエルスタイン財団を崩壊させるためにクライシス事件を見逃した人間だ」
俺はゾッとしてしまう。
エルスタイン財団がそんな自己中の代表者のような人間を見逃すとは思えないが、ノックスはそれすらも利用して勝ったのだ。
アメリカを長年裏で支配してきたエルスタイン財団を、自分の計画の邪魔になる程度の理由で崩壊させた。
確かにエルスタイン財団は決して褒められたものじゃないが、それでも簡単に崩壊させて良いわけじゃ無い。
エルスタイン財団はそれでも「アメリカの為」という大義名分があったし、それがアメリカを支えてきたのは間違いないのだ。
それを簡単に崩壊させ、今アメリカという国が揺らぎそうになっている。
「でも、どうして副大統領が?」
「あれはかかしなのだ。要するにスケープゴートの代わり。自分が表立って動いて目立つ立場になれば後々面倒になる。だからクーデターを成功させ、それを副大統領という名目を掲げて殺し、その後釜に付くつもりなんだろう。だから今になってこの爆発事件や京都大阪方面の事件を利用して我々を殺し有耶無耶にしてしまおうと考えているんだ」
「確かに。これだけの騒ぎだ。それに良く思えばゴースト事件の時も本来の目的は自分が好き勝手に動かしてきた『自称治安維持組織』を壊滅させることで自分との関わりを消すことだったんだろうな」
「なるほど…ソラの言う通りかも。あいつら魔導機っぽいの使っていたし。今思えば実験機を使わせて情報収集の最終段階だったのかも」
「それが理由だろうな。君たちを利用して情報を収集しつつ、ゴーストを含めた自分を知る存在の始末。だが…何か別の理由があるような気がするんだ。何か…ノックスにはもっと大きな理由が」
男は階段を降り終えると立ち止まってそう言った。
まるで神父に懺悔する罪人のようなイメージがあるが、だからといって彼が金儲けのためにしてしまったことを許すことは決して出来ない。
俺は立ち止まる彼にハッキリと告げた。
「今までしたことを悪いと思うのなら、今貴方が出来る罪の償い方をすれば良い。今ここで出来ることはそうやって項垂れることなのか? 今罪と向き合うと言うのなら今できる精一杯をすれば良いんだよ」
俺はレクターと一緒に先に外へと出て行った。




