悪魔の闇へとようこそ 6
キューティクルは悪魔であり、その存在の根底にあるものは人の悲劇や苦しみを糧に生きており、強さもその苦しみやトラウマのような記憶を奪うことで強くなることが出来る。
しかし、いくら悪魔といって本来不死では無いのに、どうして不死へとなったのかはこの際置いておくとして、彼女がどうしてこのような無意味な事をしていたのかと言えば、キューティクルは前回研究都市の一件を反省した結果でもある。
別に誰でも良いのだが、捕まえた人間を拷問して楽しみ、それが強い意志を持つ人間や高いプライドを持つ人間の心をへし折り楽しみ、最後にその記憶をトラウマと一緒に奪い食らう事で強くなることが出来る。
勿論それ以外にも犯罪者達から悪意を奪うことで強くなることが出来るこの能力、このオークション会場においては有効に発動する。
だから待ち望んでいた。
ある程度進めばここに集まっている犯罪者達から悪意を奪うことで一気にレベルアップを遂げるという計画を進めており、同時に時間を稼ぐという詳細な計画を持っていた。
メメントモリからすればちゃんと計画を進めてくれればそれでいいという思惑があるのであえて止めない。
そして、キューティクルは画面の中で進んでいくオークション会場、そこでは壇上では目玉商品である『アベル・ウルベクト』と『アックス・ガーランド』の順番が回ってこようとしており、キューティクルはそろそろアックス・ガーランドを石像に変えなくてはいけないと思い名残惜しそうに廃人となったようなアックス・ガーランドに近づいていく。
何度も何度も骨を粉砕しては元に戻すという壮絶な痛みを受けて精神をすり減らしたアックス・ガーランドを元の精神状態を再現する必要がある。
その前にと近づいていきキューティクルはアックス・ガーランドの髪を強めに掴んで少し持ち上げ顔の前に右手の平を向けた。
するとアックス・ガーランドの顔から何かが漏れ出ていき気絶すると同時にキューティクルはアックス・ガーランドの体をダビデ像へと変貌させてから商品として出荷させる。
最後にソファに偉そうに座りながらただジックリと時間が過ぎるのを待つ。
ソラ達が動いたら自分も動くと決めて今はただジックリと待っていた。
自分が強くなっていくのを実感しながら。
俺は売り飛ばされた商品を確保する部屋の向かい側、俺と海は今すぐにでも駆けつけることが出来るようにと待ち構えており、商品を管理する部屋にはどうやら見張りがいないようで、正直中で待つことが出来るのだが。
セキュリティの都合と中には隠れられる場所が無いのですんなり諦め、外でスマフォを見ながら師匠がやってくるのを待っている。
するとスマフォの画面では父さんが壇上に現れて、父さんの石像のオークションが今始まろうとしていた。
初期値段が今のところ過去最高額を記録しており、最後の金額に関しては日本円としては十億を超えている。
そんな金がポンポン出てくる金銭感覚が怖い。
父さんに関しては自業自得な部分が多いが、多分今心の中で『ガッツポーズ』を決めているのだと思えば正直に言って苛立ちしか無い。
あの人はいまいち危機感が存在しない。
自分を商品として管理されているという自覚が無いのはいざとなったら何とでもなるという安心感があるからだろう。
「次……父さんですね」
「ああ。正直見たわけじゃ無いが…見守るか」
商品管理の部屋の中に父さんが入ってくのを完全に無視して俺達はスマフォを凝視して師匠の行く末を見守ることにした。
初期金額が父さんと同額なのだが、父さん以上の速度で金額が膨れ上がっていき最後には父さんの金額を十億ほど超えた値段で売り飛ばされ、買い取った人間の名前が現れる。
「結構有名な資産家ですね。同時に父さんと因縁のある相手ですね。確か何年か前に資産家が持っていた事業を潰したことがあったはずです。それ以降結構何度か事業を邪魔されたと記憶しています」
「あの男か?」
肥満体のいかにも金持ちの男という感じの人間が商品管理の部屋の前を通り過ぎ、やって来た師匠の石像に蹴りを浴びせて罵倒を向けている。
「このクソ野郎! 貴様のせいでどれだけ損失があったと思っている! こき使ってやるからな! 何だったらお前を使って帝都で事件を起こしても良いし…何だったらお前で新しい事業を始めても良いぞ!」
俺が駆け出しそうになるのを海が必死で止めてくれる。
その事業だって恐らくは非合法な事業だったはずだし、本来なら捕まってもおかしくない。
それ以上蹴ったら殺すという念を送り、男が去って行き師匠が中へと入っていき、スタッフが消えていくのを待って俺と海はドアの前まで辿り着く。
ケビンに『OKサイン』を送りドアの鍵が開いたのを確認し、素早く中へと入っていき海は最初の石像から順番に首元に付いているチョーカー型の爆弾を解除していき、念の為にと耐爆弾制の箱の中へと入れていく。
安全に成った石像から触れていきながら元の姿に戻していき、最初の男がグッタリした姿で現れ、女優達も皆グッタリしている。
「もしかして…師匠以外皆キューティクルから拷問されているんでしょうか?」
「可能性があるな。拷問を受けていないのは多分父さんだけだろう。でも…分からないな。楽しいからという理由なら別に他の商品として仕入れられた人にまで毒牙をかける理由が」
元に戻していきながら俺達はとりあえずと父さんを一旦無視して、念の為にとチョーカー型の爆弾だけを排除して無視、その隣で鎮座している師匠を元に戻していく。
やっとという思いで俺は師匠が元に戻った所でヴァルーチェに頼み込んで頭の中を覗いて貰い、師匠もグッタリして意識を取り戻すのに時間がかかっている。
しかし、師匠は他の人達と違って大分回復が早く起き上がろうとしており、ヴァルーチェはこっちを見ながら不思議そうな顔をしていた。
「ありません」
「? ありませんって…」
「ここ数時間の記憶がです。拷問を受けていた記憶も、トラウマすら存在しないのです。まるで奪われたかのように」
「忘れた訳じゃ無いのか? 忘れたって事じゃ」
「いいえ。忘れても記憶の中から完全に排除された訳では無いので、体が咄嗟に反応したりするのですが、それすら存在しないのです。細胞の記憶からすら奪われている。失ったのでも無く、奪われているのです」
「じゃあ…」
「ええ…アフターケアは必要ないかと思います」
そう思って見守っていると師匠は起き上がり自分が身に覚えの無い場所で、裸で横になっているという不思議な光景を目の当たりにし目を点にする。
その隣では父さん石像があるのだから更に驚く。
「なんだ? この……気持ち悪い石像は」
「さっきまでは父さんも似たり寄ったりの石像になっていたよ。今元に戻したけど」
「? なんなんだ? ここはどこだ? 地下下水道でも無いな。何があった?」
錯乱状態の師匠に軽くではあるが説明し、最後にきちんと先ほどの拷問シーンも説明していたが、やはり師匠は全く身に覚えが無いらしい。
「全く身に覚えが無い。そんな拷問だったのか? 私が悲鳴を上げるぐらい?」
「うん。凄い悲鳴だったよ。ソラなんて駆けだして今すぐにでも殺しに行くぐらいだった。平気そうにしていたのは師匠とジャック・アールグレイぐらいかな。あ、でもレクターも平気そうにしていたかな」
「あれは平気そうにしていたと言うより、他人事だと思っていたんだよ。ジャック・アールグレイやそこの父さんみたいに商品として売り出されている以上は殺すことは無いって腑でいたはずだし」
「だろうな。私が同じ立場でも同じ事を思う。それで? なんで元に戻してやらん?」
俺と海は同音異義語で同時に答えた。
「「罰」」