エピローグ:海の向こう側へ
オーフェンス空港の玄関口には嵐の影響でようやく動き出した飛空艇の発着を待つように、多くの人が受付を済ませようと集まっていた。
俺とレクターが父さんの後ろについて空港内へと歩いて進み、大きな吹き抜けの三階建てのロビーで一旦停止、父さんが飛空艇の発着準備の手続きをしている間に俺達はそのまま近くのベンチに座りながら空港内を眺めていることになる。
広いロビーだと思うし、空港としては綺麗な分類に入れてもいいだろう。
と言ってこの世界の空港なんて俺は帝都国際空港以外にはあまり言ったことが無いので何とも言えないが。
「オーフェンスは空港があるんだな。結構空港が無い場所も多いって聞くけど」
「どうだろ。滑走路が必要ないから比較的多い方じゃない?ソラだってそこそこ乗ってるでしょ?」
「まあ多少はな。それでも田舎町なんか言ったこと無いしなぁ」
田舎出身なので、この世界の田舎町というのも興味がある。
ジュリに昔聞いたことがあるが、この皇光歴の世界特にガイノス帝国では都市一極化が進んでおり政府も困っていると。
田舎では人がドンドン少なくなり、ここ数十年で地図から消滅した田舎町は多い。
「海洋同盟はどうなんだろうな。まあ、俺達が考えても仕方のない事ではあるけどさ。父さんの話でもよく分からないし」
「まあ帝国より大きいという事は無いし、帝国より人が多いという事も無いんじゃない?」
それは絶対なんで今更何も思わない。
この世界においてガイノス帝国以上に大きな国何て存在しないし、帝国以上に人口を持つ国も又存在しない。
「諸島群という事は向こうで言えば東南アジアに近いのかな?でも、前に見た昔の写真ではかなり綺麗な街並みだったみたいだし」
「楽しみだよねぇ……そうだ。アメリカの大統領や日本の首相も来ているって話だよ。ケビンさんも行くのかな?」
「いや足を怪我しているから棄権するかもという話だよ。まあ、治療が速めに済むなら海洋同盟に行くんじゃないのか?」
俺はソファの背に体重を預け、ふと三階の天井を眺めてみる。
レクターが体が動かさないのはここで俺達が自由気ままに動かせば父さんが困るからだろう。
それについては俺も同じ理由である。
「ソラ君!レクター君!」
旅行鞄を抱えて姿を現したジュリと奈美の姿を見るとどうしても安心してしまい、俺は安堵の息を漏らしてしまう。
ジュリが涼しそうで動きやすそうな格好で近づいてくるのに、奈美は相対的に動きにくそうなワンピースを着ている。しかも奈美に関してはハイヒールを履いている。
「お兄ちゃん!どうして勝手に行くの!?」
「危険な所に行くのにお前に一回一回確認を取らなければならないんだ?」
そっちがありえないだろ。要塞に、しかも敵勢力化に侵略を受けている場所に行く上、戦闘になる可能性がほぼ確実という場所だ。
連れていくわけが無い。
「せめて一言言って欲しかった!朝起きてお兄ちゃんが居ないって知って驚いたんだから」
「奈美ちゃんそこにレクター君を入れてあげて、ショック死しそうなほど悲しそうな表情をしているから」
確かにレクターは両目を大粒の涙を溜め込み、今にも舌を噛み切って死にそうな顔をしている。
ジュリが慰めようとはしているようだが、それも意味を成すのかすら分からない。
取り敢えずそれ以上ジュリに寄り添えば俺が引導を渡す所だ。
「ソラ君そんな今にも殺すみたいな目で」
「お兄ちゃん誤魔化さないでよ!私本当に心配したんだからね。いつもいつもどうしてお兄ちゃんは勝手に戦いに行くの?」
「俺達が士官学生だからだ。それ以上もそれ以下も存在しないさ。それに戦う理由なんて俺にはいくらでもあるさ………あっ」
覗き込む俺の目をまっすぐ見つめており、ジュリもレクターも俺が言動を止めたことを不思議がっているように見える。
しかし、俺にはどうして俺が戦うのかを俺自身が見失っていた。
誰かを守るのに理由なんてない。
俺が本気で士官学生としてやっていきたいと思うようになったのは、父さんやガーランドの姿を見ていたからなんだろう。
「そうだな……どんな理由があったとしても誰かを殺すもの、命を奪う者を俺は決して許さないんだ。士官学生としてやって来た三年間、俺は分かったんだ」
「何を?お兄ちゃんは何を分かったの?」
「俺は誰かを守りたい。たとえそれで貶されても、馬鹿にされても俺には誰かを守りたいという気持ちに偽りはない。俺が誰かを守りたい理由………俺の心を救いたいからなんだ」
ジュリが首を傾げながら「心を守りたい?」と尋ねてくるので顔をそっちに向ける。
「ああ。俺は俺の為に守りたいんだ。だって「目の前で救えたかも」みたいな後悔を俺はしたくない。やるんなら俺は全力で救いたい」
「そうだね。すごくソラ君らしいと思うよ、私はソラ君のそう言う所好き」
俺の方に向けて満面の笑みを浮かべている姿に俺は心臓の高まりを感じ、顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「むう……ジュリお姉ちゃんはそうやってお兄ちゃんを持っていったんだね」
「え?何の話?奈美ちゃんどうしてそんな目で見てくるの?」
「そうだよぉ。ジュリはそうやってソラを陥落させたんだよ。もう、ジュリやソラからすればお互いがお互いの理解者だからなぁ」
俺が呆けている間にジュリを妬むような目で奈美が見つめ、それをレクターが揶揄うといい状況に変貌していた。
これはいかんという気持ちで俺は話を切り替えようと奈美に話を振った。
「しかし、母さんを良く説得できたな。中途半端な理由じゃ母さんの説得は出来なかったろ?」
「え?うん。私だってお兄ちゃん達の力になりたいの!見ているだけじゃ嫌!確かに私はお兄ちゃんやレクターさんみたいに武器で戦えないし、ジュリお姉ちゃんみたいに頭も魔導機の扱いだって良くない。でも………逃げたくないの!何か役に立ちたい」
まっすぐな視線は俺の瞳に向けられ、俺はその瞳に確かな覚悟を感じた。
「認めてやったらどうかな?お前の妹はきちんと道を見ているぞ」
ジュリの後ろから透明化を解き、奈美の影からシャドウバイヤが姿を現してくるのを確かに目にする。
俺は大きなため息を吐き出しながら二人の竜へと視線を向ける。
「やはりついてきたのか………もしかしたらとも思っていたけれどな。そのままこっちに残る可能性もあったからな」
「フン。光竜の代理という事もあるからな。あいつ千年前とは違って今回は関わるつもりは無いそうだ。海竜の奴も同じ理由らしい。今のあの国に関わりたいとは思わんらしいな。その理由までは話さなかったが、あの二人なりの理由があるらしい」
エアロードがうんざりするみたいな態度で接してくるのだが、肝心のシャドウバイヤのほうは特に変わった様子は無かった。
「エアロードはああいっているが、あの言い方恐らくあの二人は今の海洋同盟という国に呆れているようにも思える。精々気を付けるが良いソラ。お前が今から首を突っ込もうとしている国の闇を侮れば痛い目を見るぞ」
「覚悟はしておくよ」
父さんが手招きしているのが見て取れた。
俺達は出発口へと向かって歩き出し、金属センサーを潜ってこのまま大きな空港の発着スペースまで歩き出す。
太陽の眩しさに目を細め、俺は腕で視界を塞ぐ。
目の前に鎮座しているビルを横倒しにしたような飛空艇の側面ハッチから入っていく。
これから迎える大きな戦いへと俺は足を進めていった。