戦乱の始まり 8
同時刻大阪の道頓堀にある寿司屋に入って一人食事をとっていた一人の女性、テレビ画面をそっと見ながら寿司を堪能している最中、隣に一人にアメリカ人の男性が座り込んでくるのを女性はしかめっ面をしながらマグロを口の中に放り込む。
アメリカ人の男性である国防長官は店主に「お任せ」と告げると女性を改めて目を向けた。
短いショートカットの黒髪、お世辞にも綺麗とは言い難いが一般的に見ても普通のラインの顔立ち、スーツをしっかり着こんでいると大人に見えなくもないが、彼女の素性を知っている者からすれば珍しい光景でもある。
「最近の研究職の人間は普段着からスーツを着ているのかな?」
「何の用件でいらしたんですか? 今日は私のプライベートなんですが…」
国防長官は小さく「八代君」と呼びながら出てきた寿司を食べながら尋ねる。
「君にこの道具を調べてもらいたい……」
そう言って手渡す道具は真っ黒の小さな箱、八代と呼ばれた女性はそれを片手に隅々まで調べ始め、五分後「ストン」という音を立てて睨みつける八代。
「これなんですか? ただの箱のように思えますが? 私の研究内容をご存じですよね?」
「知っているとも………だが最近は異世界の物質調査も並行して行っていると聞いた。だから聞きたい。これは何か」
「知らないわよ……タダの箱じゃないぐらいしか分からないわ。もっと詳しくなら大学に行くしかないけど? 最近できたばかりの大学に…」
「最近? どういう意味だい?」
「そのままの通り。最近できたのよ大阪湾に人工島として作られた大学。その名も『異国大学』がね? ダサいって言ってくれてもいいわ」
「………ユニークだと思うが? 『異世界国通大学の略称だろ? それと異国文化という言葉も賭けているのかな?」
「両方正解……本当に馬鹿っぽい。知ってる? それで私を東北の大学からわざわざ呼び戻したんだから……それにあの少年……何ていったっけ? ソラ? あの子にも紹介させたのよ」
ソラという名前に反応した国防長官は熱いお茶を一旦置き、「ソラ・ウルベクトかな?」とはっきりした声で尋ねた。
その声に驚いたのか……目を細めながら「何?」と尋ねる。
「いや……私はその少年を良く知らない。だが……大統領が良く話すんだ。その少年の話を」
「そりゃあ有名人だからでしょ? ガイノス帝国だっけ? 向こうじゃ『アックス・ガーランド』の弟子にして英雄としての後継者なんていわれているらしいわよ」
「英雄の弟子で後継者か……名前が渋滞していそうだな」
名前が渋滞してしそうだという話を聞き、ふと思い出しながら国防長官に語りだす。
二週間前のお話を。
二週間前の回想。
異国大学という微妙な名前が八代はあまり好きではなかったし、そう呼ばれているのを見ると正直運在する気持ちだったが、今日本日以上にうんざりする気分は存在しない。
異国大学に客人がやってくるというだけでもブルーな気持ちになってしまうのに、それが一学生だと思うとどうしようもなくやる気が起きない。
普段から何かと付けて逃げ回っていた彼女だが、今回ばかり逃げることがどうしてもできなかった。
「学生君を相手にしろって……私の管轄じゃ無いでしょうに……何話せばいいのよ……たっく!」
自分の汚い机を蹴っ飛ばしそうになる気持ちをグッと抑え、何とか苛立ちをコーヒーで誤魔化そうとケトルに手を伸ばしたところでドアからノックする音が聞えてきた。
自分の服の何かがおかしいかと想像しながら自分の服装チェックをして直ぐに「どうぞ」と答えると自分の助手が現れるのだからがっかりしてしまう。
「うわぁ!? どうしたんですか? そのスーツ姿!」
若い助手は癖毛を羽らせて驚きの顔を造りそう尋ねてきた。
「何か変ですか? それよりなんの用事? 今日は客人が来ると教えておいたはずだけど…」
「申し訳ありません。先日頼まれていた論文が完成したので見て欲しく……」
八代は「後で見ておくわ」とだけ言って部屋から追い出し、もう一度とケトルに手を伸ばしコーヒーを淹れておくと助手が出ていってから十分後に再びノックの音の後一人の少年が入ってきた。
日本人特有の黄色人種の肌色と黒髪、士官学生の制服を着て近づいてくる学生に念の為にと大人っぽい仕草を見せながら近づいて行く。
「ようこそ。それでご用件は何でしょうか?」
「はい。実は先生に調べて欲しい案件があるのですが」
そう言ってアタッシュケースを取り出し、机の上にそっと置くとソラは中をゆっくりと開け始める。
クッションに守られたそれは一つの石、八代はそれを大事そうに取り出してそっと眺めていると石の表面には宝石のように光り輝く物体がこびりついており、それをマジマジと見つめている。
「この石………いいえ……何?」
「この石自体は皇光歴世界のガイノス帝国で発見されたんですが、これ……こびりついている小石自体の成分は西暦世界のようなんです…」
「でも……それって」
「そうなんですよ。ありえないことで……だから先生にお任せしたいという話なんです。頼めないでしょうか?」
「それは良いけど……興味のある話だし。それよりどうして君がこれを? タダの学生がするべきことではないでしょ?」
そう尋ねるとソラは苦笑いを浮かべながら「まあ……任されたからですよ」と何やら誤魔化すようにそう告げた。
こんな少年に頼むとはと思う一方でその少年と話をしていると本音をぽろぽろと告げそうになる自分に驚かされる。
これが異能なのかと疑いそうになるが、聞いた話と全く違うので勘違いだとハッキリと思うことにした。
「分かったわ。そのお話受けさせてもらう。細かい詳細は後日という事でいいかしら?」
「ええ。細かい詳細はガイノス帝国軍の本部へと直接物資毎書類を送ってきてもらえると助かります」
「………もしかして今回の一件帝国軍絡み?」
「ええ……日本人はあまり向こうの軍人なんかに良いイメージがないんじゃないかって」
コーヒーを飲みながらソラの姿を見てみると、この少年が色々な事件を解決しているとは到底思えなかった。
見るからにただの少年で、それ以上もそれ以下も見えやしない。
「そこまで神経質になる事も無いと思うけど……私は気にしないし…」
「それよりこの大学の名前の方が神経質になります?」
驚きのあまりコーヒーを吹き出しそうになる八代、動揺を隠し通す事が出来ない。
「ど、どうして!?」
「最近師匠に心を読む術も学ぶように、人のちょっとした仕草や心臓の鼓動の速さなんかで心情がある程度分かるんですよ。それに、ここに来る過程で大学名にあまりいい印象を持っていないという話を聞きましたし」
「あ、あっそう………まあ変な名前でしょ? そっちは士官学院だっけ? ましな名前よね?」
些細な会話になってしまいそうになる八代はその気持ちをグッと堪えて改めてアタッシュケースを受け取る。
「では」
そう告げて少年は研究室から出ていった。
回想終了。
「そんな事が……聞くからに普通の少年に見えるな。しかし、あの歳で心を読む術なんかも学んでいるのか…」
「ええ。少し驚いたけど。相当優秀な師匠なんでしょうね。礼儀も正しいし……とてもではないけれど英雄何てもてはやされる人間には見えなかったわ」
「そうか。でも、大統領もそう言っていたな。初めて会った時にはそうは見えなかったと。実際英雄と呼ばれている人間はそうなのかもしれないな。無自覚でそうやって働いて行くうちにそう呼ばれていくものなのかもな」
「まあ、少なくとも自分でという事は無いでしょう? それより確かにこれを受け取ったわ。今日はこの後予定があるんじゃなかったの?」
「ああ……明日に変更になったのでね」
そう言ってスマフォを取り出す国防長官は少し顔を渋くさせていた。




