崩れ始める毎日 12
ダルサロッサと出会ったのは海洋同盟の戦いの後の事、日本はクライシス事件後初の夏休みという事もあり、どこも人で溢れかえるという事はなく、大人しい夏休みを迎えていた。
西暦世界中で混乱の真っただ中であり、特に日本中では異世界との交流という行為自体に反発的な人が増える半面、そんな人間にすら嫌悪感や疑いを向かる人で溢れかえっており、総理はそんな人達と真正面から受け止めようと必死だった。
しかし、現実はそんなに甘くはなく、どこの国も頼りにならない現状において国内の問題をどうやって克服するかは重要な課題。
そんな時ですらギルフォードには興味なんて一つも存在しなかった。
まるでやる気が出てこないわけではないが、国から貰える生活費もいつまでもつかなんてわからない。
だからせめて求人情報誌を眺めて日雇いの仕事をするだけの毎日、時折警察や国防軍の仕事を受けて解決する為に動くが、国防軍も警察もギルフォードにはいい顔をしなかった。
烈火の英雄とは言っても異世界人であり、同時に問題を起こした元罪人でもある。
嫌われているわけではないが、同時に好まれているわけでもない。
だからこそ国防軍への誘いも警察への勧誘も断り特にやる事の無い生活を送っていた際、東京で行われる夏祭りにバウアーから誘われて現場に向かった日こそがダルサロッサとの出会いの日。
新幹線という乗り物に感動を覚えていたレイン、その隣で座席に座り込みながら特に考えていなかった。
夏祭りというイベント自体に興味もわかなかったが、レインが楽しそうにしていると無下にも出来ないし、何よりバウアーからチケットを貰えば断るなんて出来なかった。
夏祭り会場へと足を踏み込むとレインのテンションは最大値まで高まり、それは結果としてギルフォードの心に一つの道を見つけ出したのは確かだった。
レインを養い、前を向く切っ掛けをくれたのは間違いなくダルサロッサ。
ダルサロッサとの出会いはギルフォードに一つの指針を当てたのは事実で、見えなかった将来に少しでも希望が持てたのは確かで、それはギルフォードに明日への希望へと繋がった。
異世界交流会の会場に辿り着くことでその決意は改めて高まる事になった。
バイクを近くに停車させて異世界交流会の会場正面ゲートへと歩いて向かう事になった。
大きな正面ゲートの目の前は多くの人でごった返しており、正直に言ってこの先に行かせることは不安でしかなかった。
レインは今にも走り出そうとしており、ダルサロッサはゲートの向こう側にあるであるであろう食べ物に心を奪われている。
どこまで行っても不安にしかならないが、ここで今更止めようなんて口から吐き出せるわけがなく、黙って覚悟を決めるしかなかった。
大きなため息を吐き出し正面ゲートが開く瞬間を黙って待っていると、ギルフォードはレインの服についているリボンが乱れている事に気が付いた。
「レイン。ジッとしていなさい」
しゃがみ込みレインの首元についているリボンに手をかけるとそこには真っ赤なリボンと一緒に金色のバッチが付いていた。
そのバッチを見て懐かしいという気持ちが湧き上がり、同時に思い出すのはギルフォードにとって辛く、一番幸せな時間の出来事。
海洋同盟での毎日は全ては決して不幸だったわけじゃない。
父と母と一緒に過ごしてきた毎日は確かにギルフォードにとって幸せで、同時にレインが生まれてからは毎日が楽しかった。
「この子が生まれたら僕がしっかりするんだ!」
そんな事を毎日言うぐらいに生まれてくる瞬間は非常に楽しみで、一日一日が楽しみでならなかった。
母親のお腹が大きくなっていく様を見てギルフォード自身が何よりも興奮していたし、生まれてくる新しい兄弟に思いを馳せては母親と常に楽しそうな会話を繰り広げていた。
レインという名前もその時ギルフォードが決めた名前。
そんな時ギルフォードの父親が買ってきた物こそが金のバッチだった。
決して本物の金で出来ているわけじゃなかったが、それでも新しく生まれてくる子供の為に多少形奮発した物だったに違いない。
レインが生まれてからは毎日が幸せに感じ始めたが、そんな毎日に陰りが出てくるようになったのはまだレインが幼かった頃の事。
漁で生計を立てていた島の人達は突然政府が決めた法律に困惑を余儀なくされてしまった。
というのも漁をするのも縄張りや場所を予め決められ、そこでしかとっては成らないというもので、小島に住む人々は不漁が続くようになった。
その反面豊作が続くようになったのは間違いなく大島に本拠点を持っている大きな会社。
馬鹿でもわかる分かりやすい結果。
大島に本拠地を構える企業が政府を買収し法律を作らせ、同時に小島出身者たちが良く稼ぎに行く場所を探らせたのだ。
そんな理不尽な現状を許せるわけがなく、多くの小島が抗議を申し入れたがそれが聞き入れられることは無かった。
小島出身が言う事なんて大島出身者たちからすればただの戯言、世迷言でしかなく本気で受け取る人間などどこにもいない。
時に強引に解決を迫る政府のやり方に誰も反論が出来なかった。
少しでも生活の足しにしようと軍学校に自らの意思で進み、稼いだお金を家族に渡すような生活を続けるようになった。
レインの元にバウアーを紹介したのもこの頃だった。
物心がついたころからレインはよく笑う子で、誰かを憎んだり誰かに怒りを向けたりなんて絶対にしない子だった。
それは大きくなっていく過程でも、ソラに救われた時ですら変わらない。
むしろ自分を使って何かを成し遂げたい魔王に同情し、いつだってギルフォードに「何か事情があるんだよ」と訴えていたぐらい。
レインが救われた経緯をギルフォードは詳しく知らないし、ソラが何を知り、レインが何を見たのかというは決して語らない。
しつこく聞かないことにしたが、魔王の正体は後に政府を通じている事になった。
闇竜と死竜が結託した事件で、その背後関係を含めて調べていると聞かされたが結局の所で竜が何を考えているかなんて知りようもなかった。
しかし、ダルサロッサが言うには死竜はともかく闇竜は『我欲の為』と断言しており、その理由は研究都市の一件で良く分かった。
どこまで行っても自分の為。
竜の中でも闇竜は特に異彩を放つ存在であり、どこまでも自分の為にしか生きていなかったらしい。
ソラに聞けば教えてくれるのだろうし、レインにしつこく尋ねられれば教えるのだろうが、そこまでして知りたいわけじゃない。
でも、後を想えばここで聞いておけばよかったと後悔しているギルフォード。
レインとダルサロッサが会場内に入っていく姿を見守ってからバイクの位置まで戻っていくとバイクの上に誰かが乗っていた。
バイクに跨っているのならまだそこまで問題にはしなかったが、問題なのはバイクの座席に両足を付けてしゃがみ込むような形で乗っかっている。
ギルフォードに背を向けているがその後姿に身に覚えすら存在していた。
かつて同胞であり、研究都市の事件では殺し合った仲でもあるボウガンが無警戒を装っている。
そして気が付いたのかボウガンは首だけをギルフォードの方へと向け、煙草を吸うその顔を見せながらギルフォードに向けて「よお」と気さくに語り掛けてくる。
「非常識じゃないか? そこはそうやって座る場所じゃない」
「良いだろ? しかし、良いバイクじゃないか……貧乏だと聞いたがこれはどこで手に入れたんだ?}
どうでもいいだろうと思う一方でボウガンがここにいることが決して偶然ではないとなんとなく分かってしまった。