運命の交差点ーアンヌー 5
『もう既に敵は竜達の力をコピーしてしまっている。今の君のままでは彼女に勝つことなぞ夢の又夢の話。敵は竜達を人質程度にしか考えていない。いくら二人の竜の力を借りて成長できたとしていきなり力を想像出来るわけでもない』
白虎が喋ったという真実に驚くばかりで、アンヌは美咲から白虎は明確に喋ったという話は聞いていなかった。
白虎は人として感じ取れない波長で話すだけ、美咲だけがそれを理解することが出来たはずで、白虎が喋るというのは初めて聞いた。
「何を言っているのですか? 私には白虎でしたか……喋っているのかどうかすら分かりませんが…」
「じゃあ私にだけ理解できるの?」
改めて影に向き合うが太陽の杖を軽々しく振り回す光景に戦慄すら覚える。
白虎なりに考えての行動なのだろうが、アンヌからすれば殺しにかかっているようにしか見えない。
放つ殺気も襲い来る攻撃の数々も全てが殺そうとしているようにしか思えず、アンヌは近づく事すらも躊躇うようなレベルだった。
『いいか? 魔導とはイメージだ。君自身がイメージする力が薄いからこそシャドウバイヤも簡単に力を造ることが出来ないのだ。君自身がどんな力にしたいのか、それは戦いの中で掴むしかない』
魔導はイメージで呪術は代償を必要とすると説明を受け、今まで自分がそう言うイメージを持とうとしなかったのが原因なのだとはっきり気が付いた。
しかし、それはヒーリングベルが元来より呪術に精通する力の持ち主で、魔導は管理外だからが理由であった。
もし、この場にダルサロッサやレクトアイムが居たならば教えること出来ただろうが、残念なことに二人共掴まっているような状態である。
『殺すつもりで襲い掛かってくる攻撃を掻い潜り、私の攻撃を退ける過程で君自身がつかむイメージこそが異能の完成を早めるのだ』
そう言って影はアンヌの方に杖の先を付きつけ、アンヌの視界いっぱいに炎の玉が襲い掛かってくる。
逃げることが出来ないほどに広範囲の攻撃を前にどうすれば退けることが出来るのかと思考を巡らせた結果、逃げることが出来ないのなら防ぐしかないという結論に至った。
目の前に大きな盾を造る様なイメージだが、炎の盾を造ることが出来るか不安を感じたアンヌだが結果アンヌのみを守るほどの炎で攻撃を受け止めることを出来た。
『ここは君の精神が具現化しか空間、いくら暴れても大丈夫だ。イメージしたものが君自身の空間に現れる。想像した分だけ強い空間に成る。それが成せないという事は君自身が他人のイメージに負けているという証拠でもある。私のように肉体を持たない存在に簡単に忍び込まれるようではまだまだだ』
イメージがそのまま力になる精神世界では他人のイメージがそのまま反映しているのはアンヌのイメージが負けてしまっている証拠。
影は杖を横に一回振って氷の三日月を多数作り出し、今度の一振りで太陽のような形をした攻撃を作り出しそれを容赦なくアンヌへと向けて放つ。
アンヌは恐れそうになる心に鞭を打ち、走り出していくと攻撃を退ける為の小さな盾を作り出すようなイメージを頭の中へと持ち、それを正面に作って走る。
走っていく過程で頭の中にあるイメージを素早く己の力に変え、今度はアンヌが複数の三日月を使った熱の斬撃を作り出して放つ。
『それでいい。それこそが力なのだ。魔導はイメージ。だからこんなこともできる』
そう言って影は己の目の前の床を杖で横に擦り、擦った所から高い氷の壁を作り出して熱の攻撃を防ぐ。
目の前に突然現れた壁に攻略方法を咄嗟に思いつかずその場で立ち尽くしていると、影は氷の壁を粉々に粉砕する。
無数の氷の刃が上から降ってくるのをアンヌは三日月の攻撃で捌き切り、再び影へと走っていく。
同時に影に向かってレーザー光線のようなイメージの攻撃を浴びせる。
頭の中に出来上がるイメージが徐々にスムーズに移り変わっていくのを実感するアンヌ、影はその攻撃を全く同じ攻撃を捌き切り駆け出すアンヌの杖を振り下ろす攻撃を受け止める。
『己の肉体を強化している人間も基本は同じ、強い自分をイメージしているのだ。それがスムーズにできる人間が強くなれるのだ。最も一番の強さは結局の所でイメージの自分に近づこうと努力している人間が一番強いのだ』
強い自分をイメージしてそこに近づく為に努力をする人間が強い。
アンヌには今までその為の過程がまるでかけていた為に足踏みばかりをしてしまって、その結果竜達を人質に取られているのが真実。
前に進む為には自分は戦えるのだと証明するしかない。
強くなりたいと願い、その自分をイメージし、その為に努力を重ねるしかない。
結局の所で生き物が強くなるためには努力を重ねるしかない、経験を重ねていくしかないのだ。
『強くなるためには努力を重ねていき、努力を続けていくためには強い自分をイメージすることが大事なのだ。ただ強くなりたいと漠然と思っているようでは強くは成れない。強さとはいつだって、どの世界でもイメージが大切なのだ。イメージを持たない強さは理解がない証拠だ。世界は文字や説明で理解が出来るほど簡単には出来ていない』
「今なら分かります。私は漠然と強くなりたいと思っていたんだと思います。本当に強くなるために必要な事を理解できていなかった」
しかし、正確には教わっていたはずだ。
結局の所でアンヌ自身が強くなるという行為にどこか今だに否定的だったのだろう。
美咲を守りたいという想いがあるのと同時に心の中に諦めに近い感情があった。
『怖いから前に進みたくない。だからその場でジッとしているという楽な道を人は選ぶ。本当に欲しいものは険しい道の先にある。歩いて行けば色々な物が見えてくる。それは全部が楽しいモノばかりじゃない。特に辛く悲しいものもあるだろう。だからこそ人はいつだって誰かと共にその道を歩くのではないか?』
辛い事から目を逸らし、悲しい事から逃げ続けてきたアンヌには重たい言葉である。
『己の信じた道を信じて歩き、険しい道のりも仲間と共に歩いて行く。その道のりの先にある一つの名前、そしてその道のりを人は………英雄譚と呼ぶのだ』
英雄譚。
英雄達の歩く道のりこそが英雄譚であり、それは沢山の人の意思と遺志で出来上がっているのだろう。
亡くなった人も、託された人間も、助けられなかった人も、助けられた人も、きっと一生懸命にその時一瞬一瞬を全力で生きたはずで、その時出来る自分が思い描く最善の選択をしたに違いない。
『誰にとっても絶対に正しい選択肢などはありえない。でも、目の前で全力で頑張り、何かを成そうと、命を救おうと全力な姿を見て人は応援しようと思えるのだ。英雄譚はそうやって語り継いでいき、次の英雄が動き出す』
かつてアックス・ガーランドに憧れて英雄の道を進んだソラのように、誰だってその道に憧れて入っていくのだ。
栄光の先人に憧れて前に進みたいと思い前に進む。
「そうですね。誰だってそうなのだと思いますよ。憧れは強くなるうえで、前に進むうえで大切な事でしょう。あなたが憧れる人を思い浮かべればいいのです」
アンヌが憧れる人間。
それを思い浮かべたとき、それは『ソラ・ウルベクト』だった。
悲しみを背負い、辛い時もどんな時でも前に進もうとするあの少年を見て憧れていたのだろう。
「私も英雄になりたい………誰かの為に戦えるような英雄に…」
ヒーリングベルはふと思った。
もしかしたらアンヌの英雄譚はここから始まるのかもしれないと、これから始まる戦いが彼女の最初の戦いなのかもしれないと。




