試練を超えていけ 11
アンヌと美咲が温泉に浸かってふやけそうになった体をタオルで拭いて浴衣に着替え、そのまま自分達の部屋へと戻っていく過程で、アンヌは広々としたロビーの前で自販機で飲み物を選び始める。
これが良いなどと言いながら二人で話し込んでいると、旅館の出入り口からバウアー達警察が警備の為に旅館の人と打ち合わせをしている現場を目撃した。
美咲が狙われている以上はここも標的になる可能性を考慮しているのだろうし、何よりレクトアイムが向こう側に回っている以上前のホテルは居場所が割れており、いくつかダミーを用意するといっていたことをアンヌは思い出す。
「ここ以外にも偽者の場所を用意してあるはずですけど……やっぱりここが本命という事もありかなり人員を割いてありますね」
「………私が狙われているからだよね?」
「美咲の所為ではありません! だからそのように自分を責めるような顔は止めてください!」
アンヌに突然両手を掴まれて驚く美咲、アンヌの真剣な表情に笑顔を作りながら「大丈夫だよ」と返すが、その表情はまだ大丈夫とは言い難いものがあった。
何か無いだろうかと考えるが、明日以降攻撃を受ける可能性がある以上下手に出回るわけにもいかないと二人は旅館から出るわけにもいかない。
相手はまだこの場所が分かっているわけでもなく、この場所を探るのにも時間が掛かるだろう。
しかし、それでは不完全という事もあり一日ごとにアンヌと美咲の宿泊先を入れ替えるという作戦もある。
これでは美咲が退屈するだろうし、何かアイデアを考えておこうと心に誓ったアンヌは美咲と共にジュースを持って部屋へと戻っていく。
部屋のベットに一旦腰を落とし、ジュースを一口飲んでから息を整えるアンヌ。
「明日って異世界交流会の行事とかあるのかな? そっちも警察が警備にまわるのなら本来こっちの警備をしている場合じゃないよね?」
「確か明日は各国の外務省などが異世界の話し合いをするとか言っていましたね。最もそっちは国防軍さん達が警備の担当らしいので、警察は外回りだそうですよ」
「じゃあこの旅館の警備もその一環なのかな?」
「かもしれませんね。しかし、どのみちカールという化け物が徘徊しており、しかもそのカールの元には戦力があると仮定すれば立派なテロリストです! いざとなれば私も戦います」
やる気を見せるアンヌに美咲は小さな声で「期待してるね」と呟くと部屋のドアをノックする音が聞えてきた。
ドアをゆっくりと開けて外にいる人を確認すると、そこにはバウアーが警備用の服を着て佇んでいた。
「明日の予定を告げておこうと思って、今大丈夫か?」
アンヌは大丈夫ですと言って部屋の中まで案内しようとするが、バウアーは「ここで良い」と引き留めてから手帳を取り出す。
アンヌは内心「こうしてみていると普通の警察ですね」と思ったが、口に出さないでおくことにした。
「明日は十四時にここから車で次の宿泊先に移動、その際にダミーの車を複数用意する」
「ですが、明日は外務大臣クラスの方がいらっしゃると聞きました。大丈夫なのでしょか?」
「ええ。十二時に会食が行われ、その後十四時に清水寺へと集まるという手筈になっており、その際に国防軍が防衛をする予定になっております。我々はその騒ぎに紛れる形で別の宿泊先へと移動します。あくまでも外務大臣の方々の防衛は国防軍の仕事、我々は外回りの巡回とお二人の警護に集中という手筈となっております。最も……」
と言った所でバウアーは一旦喋るのを止めて少し考え出すが、再び口を開く。
「最もアメリカの外務省は代理がやってくるらしいですが」
「え? 本人がいらっしゃらないのですか?」
「ええ。理由は不明ですが、信頼しておられる方を向かわせると前日に声が掛かっていたようです。我々はあくまでも移動に専念いたします。ここは清水寺から近いですからね」
「分かりました。わざわざ来てくださって申し訳ありません」
「いや構わないさ。それより少しは考えがまとまったか?」
アンヌがとびっきりの笑顔で「はい」と告げるとバウアーは「ならいいさ」と言って部屋のドアを閉めて立ち去る。
バウアー達の予想では明日外務大臣クラスの行事予定の何処かで相手が仕掛けるのではと予想しており、国防軍もそれを警戒して大阪から応援を寄越しているらしいが、どうにも大阪方面で動きがあるらしく動きにくいという報告が上がっていた。
それ故にバウアーは先ほどまで国防軍と共に西日本方面から応援を明日寄こせないかと連絡を取っていた。
しかし、実際の事前情報が少ないこの状況でむやみやたらに相手を刺激するわけにもいかない為、警察と国防軍は結局の所でこれ以上の戦力増加を望めなかったという事だ。
「嫌な予感がする。やはり先輩達と一緒にある程度相手の攻撃パターンを絞っておおいた方が良いかもしれないな」
などと呟きながら一階のロビーまで降りていくと、その先輩の一人である黒髪の中年男性が待ちわびていた。
秋山 浩二という名前の警察としてバウアーにとっては上司に当たる男性、警部クラスので警察に入ってから彼に厳しくも優しく接してきた一人だ。
「やあ。お嬢さん方はどうだった?」
「今の所は大丈夫そうですね。パニックになる心配も無いでしょう」
「そうか……それは良かった。パニックになっているほうが問題だったからね。でも、バウアーは何か心配事かい?」
心配にもなるとバウアーは思う。
筆頭戦力であるギルフォードですらも大阪方面に出かけてしまっているうえ、重要な戦力になる竜達も全員が何らかの形で戦力になれずにいる。
この状況で敵が攻撃を仕掛けてくれば自分達で対処をしなければならない。
そう考えると胃が痛い気持ちになる。
「そうだね………お嬢さんを守りながら敵を炙り出す必要があるわけだしね。最も戦力が集まってくるにも明日の午後からだし、役に立つかと言えば…」
役に立たない可能性が十分に高く、その前に敵に動かれたら終わりでもある。
「でも、だからと言って下手に市民感情を煽るわけにもいかないし、敵がどこに紛れ込んでいるのか分からない上僕達は達観した状態でいる必要があると思わないか? それに今回の一件我々はどこまでも後手に回らざるを得ないんだよ」
「だからこそ事前に策を練って対策を講じておく必要があるんだと思います。後手に回ると分かっているからこそ」
浩二は腕を組みながら「そうだねぇ…」というが、彼の憂いは別にある。
カールという化け物、少なくともバウアー達皇光歴の世界の人達ですらもまともに相手をしたことが無い存在にどう立ち向かえばいいのか正直分からない。
どの武器が効いて、どんな考えを抱いて、結局でどんな力を持っているのかがまるで分からない。
「我々の推測では彼女の力はあくまでも『魔導』です。なら対策のしようがあります。魔導協会から何か借りましょう」
「ほう……何か策があるんだね?」
「ええ。聞くかどうかはわかりませんが……やってみたい作戦が一つ。先輩はありませんか?」
「そうだね………私は敵が攻めてくるなら清水寺だと思っているだよ。多分坂を登っていく過程で攻めてくると予想している。罠を張るならそこと考えているんだ」
バウアーは浩二に「どうしてそう思われるのですか?」と真剣に尋ねる。
「いやね。異世界交流会は会場全域が強固な壁で覆っているし、清水寺以外のルートはまだ決まっていない。いくつかある案をその場で決めて動き、全員が一緒に動かす機会を減らす。なら、敵が動くのなら会場から出て清水寺へと向かう道中。その辺までは事前に決めていたからね」
バウアーは「なるほど」と呟きながらスマフォを取り出していた。




