試練を超えていけ 5
アンヌは悔しさで表情を歪ませながらそっとその場に座り込み、精神体だけのヒーリングベルはそっとアンヌへと近づいて行く。
皆が物陰から現れてアンヌへと近づいて行くと、アンヌの中にある悔しさは一つの言葉へと変わっていく。
「ごめんなさい。私がちゃんと戦う覚悟を決めていれば……もっとレクトアイムの話を聞いていればちゃんと戦えたのに……」
「いいえ。今回の一件は私にも責任があります。あなた達には事前に言えば良かったですね。今回私はカールがするかもしれない策に心当たりがあったのです。ですから事前にいくつか手を打っておきました」
さりげなく「ほとんど無駄に終わりましたが」と呟くが、それをアンヌとしては聞きたいところだった。
立ち上がりヒーリングベルの方を見て改めて尋ねるアンヌ。
「私達に話してくれますよね? 私もある理由からカールが使っている術式が二つだと断定できましたけど、その辺もヒーリングベルさんが危険な賭けに走った理由ですよね?」
アンヌの質問に今度はバウアーが「俺達も聞きたいな」と尋ねるとヒーリングベルはゆっくりと語り始めた。
「彼女が初めて出会った時と今現れたて去った時何かあなた達は違和感を感じませんでした? アンヌあたりは気が付いたかもしれませんが」
アンヌとバウアーは気が付いたある違和感、それは今回の登場時と退場時にはっきりしていた。
今回彼女は突然現場に現れ、そのまま突然去っていった。
「私はこの建物に入った時確かに空間全域を確認しましたし、あれほど強力な力を持っている存在なら気が付くはずです。なのに、ギリギリまで接近に気が付かなかった。透明化していた程度なら私でも気が付くはずです。でも、気が付けなかった。それは彼女が瞬間移動を使用したからです」
「それは私も思いました。だからおかしいと思ったんです。彼女は前に逃げたときは走って逃げたから」
「それは俺も同じだ。あんた達から聞かされた時はカールという女が走って逃げたと聞いておかしいと気が付いたんだ」
「はい。それに前にレクトアイムから『魔導』と『呪術』の関係を聞かされた際に、魔道を扱う事が出来る人間は呪術が苦手になるし、呪術が得意な人間は魔導が苦手になるって……。それに『魔導』と『呪術』の大きな違いも教えてもらったからカールが使う術が『魔導』だって分かったんです」
バウアーが頷いて説明を引き継いだ。
「魔導は体力を消耗たりすることで力を発揮し、呪術は体にデメリットを受ける事で力を発揮する。瞬間移動がどっちなのかは知らないが、問題は認識阻害だな。これが魔導と呪術どっちなのかという事だ。認識阻害がどっちに分かれるのかを考えた時、異世界交流会の会場の状態を検討した」
「ですね。呪術を使った場合一人一人に使わなくてはいけませんが、魔導に使えば空間全体に使えますからあの場一帯にいる人の数は十や二十じゃありませんでしたから。それだけの数の人間に同時に扱うとなると時間が掛かりますし、そう考えた時カールが認識阻害を空間に使ったんじゃないかって。だから魔導だろうって思ったんです。個人ではなく空間に使うのは魔導の特徴ですから」
ヒーリングベルは「よく勉強していますね」と褒めつつ頷く。
「その通りです。この場合彼女がどうして瞬間移動で逃げなかったのかは彼女が認識阻害を使っていたことがキーなのです。認識阻害を周囲の空間に使っている場合派手な行動をとった場合術式が解除されかえって目立つ可能性が高い。あの場には多くの人が居ました。いくら消えたといえど認識されてしまえば多くの人の目に止まったでしょう。それを嫌がったのでしょう。走ってもあの会場の賑わい方です目立たなかったでしょう」
「だから走ったんですよね。だからヒーリングベルさん達を封じ込めた時は『借りた呪術』を使用したんですね」
「でしょうね。彼女自身が言う『閣下』という言葉から推測するに彼女達のボスでしょう。問題はその認識阻害と私達を無理矢理変化させる際に使用した『強制命令』という術式。その際の違和感である『ヒーリングベルを盾にした』という事です」
それはこの場の全員が感じた違和感だっただろう。
音竜を名乗るヒーリングベルは本来より声や音を使った術式を得意とし、その分防ぐことも攻撃することも苦手とする特殊な竜。
それを盾に変えるように命令した。
これは明らかにおかしいと。
「それで疑問が確信に変わりました。間違いないでしょう。彼女は私に会ったことがあり、その際に私を『呪詛の鐘』に変えた。しかし、その後その閣下という人物から『ヒーリングベルを楽器にするのは禁止』とか言われていたのではありませんか? その辺は推測ですが、だと推測すれば彼女が私を楽器に変えなかった事への証拠にはなりますから」
「なるほどです。でもまだ話半分ですよね? 肝心の危険を冒してなお確かめたかった事ってまだ半分じゃありませんか?」
「ええ。確信を完全に持ったわけじゃありませんが、おそらく今回の目的は美咲の選別ともう一つ私達竜を確保することでしょう。どのみち私達を捕らえるつもりだったはずです。今後何か行動する場合間違いなく私達は邪魔でしょう。早いうちに排除しておきたいはずです」
それは否定しにくいものがった。
自分がカールの立場なら間違いなく排除することを考えるだろうとアンヌは考え、ある意味その理由を達してしまった。
「私……強くなりたいです! 美咲も助けて……レクトアイム達も助けたいです!」
「勿論私もそのつもりでこの精神体になったのです。この状態であなたの中に入りこめばある程度異能の上達が良くなるでしょう。しかし、根本的にあなたの異能はいわゆる『原石』の状態です。成長させようにも……私では」
ヒーリングベルでもアンヌの異能を成長させることは出来ないという真実を前にアンヌは俯いてしまう。
そんな時イリーナが魔導の原石という状態を尋ねた。
「魔導の原石とは真っ白な状態の異能の事で、厳密にはアンヌには癒竜から受け継いだ癒す力があるのですが、それ以外は全くの真っ白なんです。逆に言えば本来は何年も使って成長させるのですが……」
今回はそのような時間は存在しない。
急速にでも強くなる必要がある。
「聞いたことが有ります。ソラさんでさえ竜の欠片を成長させるのに一年をかけたって」
「ええ、それも与えられた異能ですらそれだけかかるのです。アンヌのように真っ白な異能ならなおさらです」
「どうすれば一気に成長できますか!? 何でもします!」
「とはいっても方法は一つだけです。先ほどカールがしたように竜を道具に変えてリンクさせる。この場合………『ユニゾン』と言いましたか。これは契約とは全く違う力なのですが……その場合は私達竜の竜結晶が貴方の力を引き上げてくれます。最も今現状で危険なユニゾンをしてくれる竜何て…」
危険なという部分にレインが反応し、ヒーリングベルが説明用としたとき間に入ってきたのはシャドウバイヤだった。
影の中から現れてアンヌの前に浮かび上がる。
「カールは強制命令という術式を使う。自分で武器化している場合、最悪の場合自力で元に戻れなくなる。武器化……非生物化は異能に対する耐性を下げてしまう。私でも防ぎきれない。特に不死者となった存在なんて想像もしたくない」
「そこに居たのですね………シャドウバイヤ。私はあなたに頼めません」
「いや……構わん。最悪は私ですらも敵に回る可能性があるが………現状を打開するには彼女は確かに未熟だ。私がその対象に成ろう」
「シャドウバイヤさん……ありがとうございます! 必ず守り切ります」
「それはあそこで気絶している彼女に行ってやれ。私達竜は最悪粉々にならない限り元に戻ることが出来る可能性がある。しかし、言っておくがいくらユニゾンしたとしてもお前自身が成長させたい形を想像できなければ意味はないぞ。覚悟はあるのか? 全てを失う覚悟を決めろ。試練に一人で立ち向かう覚悟をな」
アンヌは真っ直ぐに見つめるシャドウバイヤの目を見て黙って頷いた。
「もう逃げません! 私は立ち向かいます!」