潜む闇と蠢く者 10
カールの視界に気が付くことなくアンヌ達は走って追いかけていくが、女性陣の足ではどうやっても追いかけるのには時間が掛かって仕方がない。
追われていると気が付けば相手は逃げる手段を変えるだろうという事は誰でもわかり、それ故に焦りながらも足り出していく足を止めることなんて出来なかった。
しかし、視界に気が付いたのはダルサロッサ、上から感じる視界に気が付き何度も上を見上げては確認している。
青空にある一羽のカラスが飛び回っていることに気が付く。
「あのカラス……我々をつけ回しているな。お前達の言っていたカールとかいう女かもしれん」
「迎撃しますか?」
「どうだろうな……絶妙な距離感を維持しているし、正直当たるとも思えん上に下手に足を止めるわけにもいかんだろう」
「そうですね。しかし、相手素早い乗り物に切り替えたら困りますね……こちらは走る以外に移動手段がダルサロッサが走る以外に有りませんからね」
「やらんぞ。何故そこまでして疲れることをいなくてはいけないんだ?」
頑固として断るダルサロッサだが、しかし実際の所それ以外に解決方法があるかと言えば存在しなかった。
心の中で大きなため息を吐き出すと、前を移動していた集団が車に乗り込むのが見える。
高級そうな車に乗り込み走り出していくその車に飛び乗れないかと諦めずに走っていくが、追いつけるはずも無くあっという間に移動して行く。
「このままじゃ……美咲が」
「奈美ちゃんが……」
「ダルサロッサ……」
レクトアイムがそういうと忌々しそうな顔をするダルサロッサだが、そんな彼女たちの前に一台の車がやってきた。
ワゴンタイプの安物だったが、その運転席にはイリーナが海洋同盟の時に見かけたバウワー、助手席にはガルスが乗り込んでいた。
「お嬢様。このような場所でなにを?」
「ガルス! 私達を乗せてください! 美咲と奈美さんが連れ去られてしまったのです」
その声を聴くとバウアーの目ががらりと変わり、アンヌの方を真剣な面持ちで見ながら「乗れ」と告げる。
アンヌ達がワゴン車に急いで乗り込むとバウアーはシートベルトをかける暇を与えないまま勢いよく走り出す。
「どうしてお二人が一緒に?」
イリーナがおでこをぶつけながらもそう尋ねると、簡潔にガルスが教えてくれた。
資産家の男性の家に事件調査のためにやってきたのが刑事として働いていたバウアーだった。
その後ガルスを一旦会場まで送ろうとしていた所で偶然発見したという事だったが、その辺は本当に偶然だったらしい。
「バウアーさんは刑事さんをしているんですか?」
「ああ。あの事件の後に警察のお偉いさんから誘いがきてな。本来は東京で働いているんだが、どこもかしこも人手不足だからな……本部からの応援役として京都県警に来ているんだ。それより、あんた達も面倒ごとに巻き込まれているんだな」
あんた達という言葉に全員の脳裏に『ギルフォード』の顔を思い浮かべた。
「そういえば仮設住宅の被害者が出ているって噂ですけど……」
「ああ、今ギルフォードが直接追っているよ。俺も追おうと思ったんだが、刑事としての立場もあるしな……これでも結構忙しいんだ」
「そういえば先ほど事件現場を見ましたけどあれもカールという女性の見せた罠なのでしょうか?」
イリーナが素朴な疑問として口にすると、レクトアイムが「罠の可能性が高い」と指摘した。
するとバウアーが考えるような素振りを見せながら推理を披露する。
「だろうな。事件は全部西側で起きているからな、ギルフォードも西側で動き回っているはずだし、犯人が一人しかいない以上東西で移動しながら犯行をする理由が今の所見当たらない。無論犯人が複数人居る可能性が高いが、今の所犯行は全部西側の集合仮設住宅地で行われている」
バウアーの推理を聞いて安心したような、それでいてどこか痛まれない気持ちになるアンヌ。
自分があの時離れていかなければこんな事にはと思ってしまうが、そんなアンヌにレインはそっと左手に触れながら笑顔を向ける。
「おい。車が五台に増えたぞ……」
舌打ちしてしまうバウワーだが、それにレインが左から二番目の車に指を指した。
「あそこから力の流れを感じる」
バウアーは躊躇なく一台の車を追いかけていき、建物と建物の隙間にその車は容赦なく突っ込んでいき通行人をひき殺すのではないかと思うほどの勢いを見せる。
バウワーは通行人に道を開けるようにと叫びながら突っ込んでいくと、これまたイリーナが疑問を抱いてしまう。
「普通警察の人が乗る車にワゴン車って聞いたことありませんけど」
「クライシス事件の後で車不足なんだ。使える車はなんでも警察車両として活用しているのが現状だ」
納得の話ではあるがサイレンを鳴らしながら走っていくワゴン車は正直かっこ悪いと思ってしまう一同。
すると右に曲がった所で左隣から思いっ切り一台の車がぶつかってきて、窓ガラスからアサルトライフルを構えた男性が銃の引き金を引く。
バウアーは弾丸に当たるわけにはいかないとブレーキを踏んで銃弾から回避し、再び車のアクセルを思いっ切り踏むが、進行ルートを邪魔するように車が立ちふさがった。
「どうやっても邪魔をするつもりか………誘拐されて連れ去れたとあっては警察の名折れなんだよ」
ハンドルを思いっ切り切って車を回避しつつ前へと再び出ていく。
同じときカールは舌打ちをしながら次の策を実行する。
スマフォを操作しながら次の指示を出し、前から突っ込む為に別に移動させておいた車を進行ルートへと乗せていくが、突っ込んでいく直後に炎の槍が空から飛来して車を転倒させた。
「これは炎竜の仕業=面倒。ボウガンがきちんと引き付けていない=責任重大」
頭の中でいくつも存在する作戦を組み合わせては解体し、新たに組み合わせていくという作業を繰り返し、次の作戦を実行する。
本番の作戦に支障を出すわけにはいかなかったが、こうなれば魔導兵に直接戦ってもらうしかないと天使型の魔導兵を送り込む。
カールからの指示が飛んでくると後ろを追いかけていた車から一人の女性が車の上に着地した。
その顔を真っ直ぐワゴン車の方を向けると背中から天使の片翼が現れ、無表情な顔のまま右手を真っ直ぐにワゴン車に向けて光の矢を放つ。
バウアーはヤバイと思考を動かして本能のままハンドルを横に切る。
先ほどまでワゴン車が居た場所から閃光と衝撃波が飛んできた。
「あんなものを直撃したら笑えないな……あれがカールとかいう女なのか?」
「いいえ。しかし、その力の片鱗を持っているようですね。素早く排除した方が良いでしょう」
問題は排除する方法だった。
普通の方法が通用するわけがなく、ヒーリングベルやイリーナの力は本来こういう戦闘には向いていないし、ダルサロッサはそもそもやる気を見せない。
アンヌが覚悟を決めるのに時間がどうしてもかかってしまった。
美咲や奈美を助けたいという気持ちに偽りは無いし、その為なら何でもできると自分に言い聞かせても戦うという行為がどうしても怖く感じてしまう。
手先が震えてしまうし、自分の口から「戦う」という言葉を吐く事すらできない。
しかし、このまま美咲を誘拐されてしまうのは絶対に嫌だと気持ちだけが先走ろうとする。
「出来るよ……アンヌお姉ちゃんなら出来るよ」
レインからの言葉とアンヌ以上にまっすぐな瞳と気持ち、下手をするとアンヌ以上に覚悟を既に決めている。
アンヌはソラの事を思い出してしまう。
もしかしたらソラもこんな気持ちだったのだろうか?