潜む闇と蠢く者 6
イリーナのライブ会場へと入る為一旦美咲とアンヌは二人で会場入り口へ、奈美はイリーナの手伝いをするために関係者口へ、ヒーリングベルとレクトアイムは会場外から中を見る為にベストポジション探しへ。
美咲はわざわざライブ前に購入しておいたイリーナのTシャツにペンライトを両手に持って準備万端、アンヌは周囲にいる同じ格好の男女に囲まれてファンの不思議を知った。
何故この人たちはペンライトを持っているのだろうと心底不思議に思え、首を傾げながら心の中で「きっとこれが正装なのですね」と若干否定しずらい思考へと辿り着いた。
それを遠くから眺めていたレクトアイムとヒーリングベルは会場を上から眺めながらある意味竜でなければたどり着けないベストポジションへと移動している。
すると隣にスタスタと歩いてくる四足歩行の羽の生やした真っ赤な竜ダルサロッサが現れ、レクトアイムの隣に陣取りすとんと座り込む。
「あら? いらしていたの?」
「まあな。子守を頼まれてしまったのでな。何やらギルフォードはギルフォードで問題が起きたらしくて、事件で京都中を走り回っているよ」
「なら子守をしていたらどうなのかしら? 私やレクトアイムのそばまで近づいてくる必要性を今のところ感じないわ」
「お前達が私に話があるのではないのか? それに子守ならほれ……あそこに二人がやってくれている」
レクトアイムとヒーリングベルは指さす方向へと目を向けると、アンヌと美咲のすぐ隣にギルフォードの妹であるレインがツインテールをアンヌに作ってもらっている光景があった。
レクトアイムとヒーリングベルはダルサロッサの方を見ながら視線のみで「押し付けましたね?」と訴えた。
あろうことかダルサロッサは仕事を放棄する為に押し付けたという現実がやってきた。
「あなた。与えられている仕事を放棄してアンヌ達に押し付けましたね……」
「別にいいだろう。人が見ているほうがいいに決まっているだろう。街中を小学生が歩き回るなんて」
レクトアイムが「なら家に居ればよかったでしょうに」と伝えると、ダルサロッサはため息を吐き出しながら「仕方が無いだろう?」と告げた。
「行ってみたいと昨日の夜からずっとしつこくてな。ついにはイリーナだったか? そこに連絡を取って席を確保してもらう始末だ。全く家で大人しくできると思ったのにな」
「出歩くことが出来たのですから良しとしなさい。あなたエアロード達と違って基本アウトドア派でしょう?」
「まあな……だからと言って意味の無い運動なんて御免だ」
フンと鼻息を漏らすダルサロッサに向けてレクトアイムは……
「どうせお金をもらっているでしょう?」
「………まあな」
ヒーリングベルが「だったら黙っていたら良いでしょうに」と冷たい目を向け、ダルサロッサは「楽しみだな」と言いながら目線を合わせようとしない。
しかし、ダルサロッサが小さな声で「ところで」と言った所で会場の方へと目を向けるヒーリングベルとレクトアイム。
「これは何をする会場なのだ?」
そこには心底呆れた顔をしたレクトアイムとヒーリングベルがいた。
「で? 何の用事なのだ?」
「実はですね…」
レクトアイムが代表して語りだす。
先ほどのカールという人間成らざる存在とこの街で起きている出来事を。
「フム……それは今ギルフォードが追っている案件にかかわりがある事かな?」
「そういえば何か言っていましたね。あの少年は何をしているのです? わざわざ妹を放置してまで……」
「何やらここ数日失踪者が相次いでいるらしくてな。それの捜索の背後に妙な組織じみた痕跡を発見したとかで警察と一緒に捜索しているよ。避難民の建物が重点的に襲われているらしい」
京都はクライシス事件の影響で中心部が吹っ飛んでしまい、その周辺も殆どの家が倒壊している状態で多くの人は未だに避難場所で暮らしている。
ガイノス帝国が建てたそれなりに頑丈な建物が並んでいる区画があり、現在そこでは失踪者が相次いでいる。
「しかし、その女……人では無いのなら恐らく『不死の軍団』とかいう組織のメンバーだろう。前の戦いの際にボウガンとかいう男とメメントモリとかいう機械の男性がそれっぽいい会話の中にその名を呟いていた」
「フム。その言い方だと流行り更にその前、海洋同盟の戦いの時にはカールが居たことになりますね。私は知りませんでしたが……」
「まあ鈍感なエアロードはともかくシャインフレアとシャドウバイヤが気が付かなかったのかと言われたら疑問だな……あの二人は基本気が付きそうだが」
「そうですね。興味が無かったのか……それとも寝ていたのではないですか? あれは闇竜とはちがう意味で面倒な性格をしていたはずですし…」
実際当時のシャインフレアは普通にジュリの鞄の中で寝ていた。
「ボウガンは吸血鬼……メメントモリは機械……キューティクルとかいう女は悪魔……カールは天使だな」
「断定できる理由は?」
ダルサロッサの言葉にレクトアイムが尋ねる。
「その話を断定的に聞いた限りだがな。何かしらの呼称はあるだろうし、吸血鬼にアンドロイド、悪魔とくればな……それに変装能力と認識干渉などの能力に土地に近い範囲で駆ける術式の広さ………とくればな」
「まあ、悪魔やアンドロイドや吸血鬼ではないでしょうね。しかし、土地に干渉しているのでしょうか?」
レクトアイムの疑問にヒーリングベルが「それ以外の何か…」と呟いた。
「不死の軍団が通信妨害をする上で必要な事ですか……もしかしたらそれこそが美咲が術にかかっている理由なのかもしれませんね。この後少し聞いてみますか。記憶を探る事が出来れば一番なのですが…」
「無理な話だな。闇竜ならともかく……」
竜にも得意と不得意が存在する。
しかし、レクトアイムがヒーリングベルに「あなたは出来ませんか?」と尋ね少しだけ考える。
「探る事は出来ませんが………記憶を表面化させることぐらいなら。まああまりしない方が良い手段ですが」
「それはそうだろう。人の頭の中を弄る行為と同じだ。やらないで済むのならそれでいい。まあ、焦っても仕方が無いだろう」
「気楽ですね……この街の水面下で何か異常が起きているかもしれないのに……、レクトアイムも何か言ってください」
「言っても無駄そうな気がしますけど……」
ダルサロッサは横に隠していたジュースに刺さっているストローを加えて飲み始める。
ダルサロッサの喉に炭酸の弾ける感触がやってきて一気に蚤んでいく。
「プハァ! うまい。人間は大したものだな……こんなおいしい飲み物や食べ物を作り出すとは」
「食べ物って……!? あなた!? こんな場所に食べ物を持ってきたのですか?」
「良いだろうに……ここは天井に比較的近いし……バレん」
ダルサロッサにヒーリングベルが「匂いが漂ってきたらどうするのですか?」と追及する。
「匂いの比較的しない料理だから問題ないだろう……美味しい。このりんご飴だったか?」
「良いですが……食べカスを落とさないように」
レクトアイムが忠告を出しているとダルサロッサは食べカスに気を付けながらポジションに気を使い始める。
「しかし、あなたは一緒に行かなくてよかったのヒーリングベル」
「ええ。普段から一緒に歌うわけではないですし、私は気が向いたら歌うだけです。それに………今日はイリーナが呼ばれたライブですからね。私が邪魔をするわけにはいかないでしょう」
レクトアイムは「そんなものですか?」とライブ会場へと視線を移す。
そこでは今か今かとライブの開始を待ちわびる人で熱気が集まっていた。