潜む闇と蠢く者 3
帝都と呼ばれている首都での暮らしを奈美とイリーナは語って聞かせてくれた。
ガイノス帝国という皇光歴の世界で最大の国家、その最大の国家の首都は東京都と同じ大きさの面積を誇り、そこに一億の人間が集まって暮らしている。
東西南北の区画に分かれておりさらにそこから新旧市街地に分けてあり、新旧市街地の間には大きな壁が隔てられており、これは都市が増設された際の名残、旧壁と名付けられた壁。
それぞれ東西南北の区画には用途があり、北区は高級住宅街で海の自宅であるガーランド宅もそこにあり、奈美達の言えば南区にそんざいしてありこちらは一般向けの住宅街と新市街地は澄みやすいようにショッピングモールなどが立っている。
東区は重要施設などが多く点在してあり、役所なども全てここにある。
西区は旧都市部の名残が強く残っており、その分半スラム街と化していた。
そして帝都の中心は帝池という名の湖クラスの池が存在しており、その中心に大きな帝国のシンボルである帝城が綺麗な白と青色でそびえたっている。
そんな話を聞かせるとアンヌはその光景を思い出す。
広い帝国でも帝都クラスに歴史を持つ町は珍しく、これは西暦世界でも珍しい事だが、首都が二千年以上に渡って変わることなく存在しているのはガイノス帝国ぐらい。
それだけ長い歴史を持つ国であり街でもある。
「すごい街だね。こっちだとそうはいかないから」
美咲が本気で感心したような声を出す。
「でしょ! でもねお兄ちゃんが言うにはそれは逆に帝都を移動できないほどに激しい戦乱の時代が続いたってだけみたいだよ。帝都の北は険しい山々で天然の肉食獣が生息しているから侵入しづらいらしいし。各地で広がる戦乱の所為で帝都以上に安全な場所が存在しなかったんだって。だからこそ帝都は常に外からの外敵から身を守る為に大きな壁を造ったって」
「なるほど……そういえば帝都で泊めさせてもらった時にそんな話を聞きましたね。帝国の歴史は侵略を防いできた歴史だと。いまだかつて外敵にのみではあるけれど侵入されたことはまるでないって」
美咲は今度も声を漏らしながら感心する。
「だったら帝都っていう街は戦乱の時代で唯一侵略を受けなかったってこと?」
「うん。だからこそ高い壁が今だに無傷で残っているんだって。でも住んでみると大変だよ……私の家は南区の方でも帝城前だから帝城前広場を通らないと中心地へと向かう事が出来ないんだけど……観光客が多くてトラムに乗るのも一苦労。乗れてもギュウギュウ詰めの状態になるからね。あれじゃ人間の詰め合わせだよ」
そこまで言って美咲とアンヌはイリーナの方を見ながらふと湧いた疑問を尋ねる。
「イリーナは学校には通っていないのですか?」
「え? 私? ええ、と言っても学籍だけなら女学院に……でもライブなんかが忙しくて基本は参加できないんです。時折参加していますよ」
「そうなの! せっかくイリーナを強引にでも学校に通わせようとお父さんを唆したのに!」
「あれ……奈美が言い出したんだ。私初めて知った」
「え? 教えなかったけ? お父さんに上目遣いで見て頼み込んだんだもん」
イリーナも初めて知る真実を前にして少しだけ引く。
そして娘に極甘なアベルにため息が出てくるイリーナ。
「共和国との戦争時はどうだったのでしょうか? 私は分け合ってその時の事はあまり知りませんが…」
「え? えっと大丈夫だったって聞いたけど。でも、内部で色々と動きがあったんだっけ? 詳しくは知らないけど」
その辺の事情は奈美やイリーナにも知らない所。
アンヌは「そっか…」と言うと特に興味があるわけでもなくそっと流す。
「でもそんなに皇光歴の世界って戦争ばかりだったの?」
「うん。魔導と呪術が争ってきたんだっけ? 竜が存在するから魔導や呪術って呼ばれる『異能』があるんだって」
「異能……私よく知らないんだけど…アンヌが使う力は魔導? それとも呪術?」
美咲の素朴な疑問に答えたのはレクトアイムだった。
「アンヌが使う力は魔導ですね。そしてヒーリングベルやイリーナが使う力はどちらかと言えば呪術に該当する力になります。基本的に魔導と呪術の大きな違いは魔導は使える人間に制限がある上、万能になれば威力が低下しますが、呪術は誰でも使えることが多くその代り肉体や精神面に問題がきたします。最も生まれてそういう才能を持っていれば話は別ですが」
「だったら魔導の方が良いってこと?」
「一概にそういうわけでもないですよ。生まれ持った才能という点では呪術にだって大きなアドバンテージを持っていますし、デメリットをデメリットとして考えていない人からすれば簡単に手に入る呪術は確かに魅力でしょうし」
実際革新派はその簡単に手に入る呪術による戦力で帝都内でクーデター事件を引き起こそうとしていた。
しかし、それも又ソラ達の前に敗れ去る事になる。
魔導と呪術の話にヒーリングベルも参加する。
「結局の所で才能がある人は魔導を使った方が良いでしょうし、そういう才能が無い人がどうしてもそういう力が欲しいのなら呪術にすべきという事です。ですがはっきり言えば異能に関わらないで済むのならその方が良いですよ」
「え? どうしてですか? 万能そうに見えますけど」
「………万能に近くなるが故に力に溺れる者は少なくありません。それに力に飢えを感じている人間からすればそのように万能の力は妬みの対象です。結局の所で皇光歴の世界に争いが絶えなかった理由の一つには間違いなくこの『異能』が存在していたからという事はあるでしょう」
異能には誰もが憧れる。
しかし、一昔前までは『魔導機』なんて道具は存在しなかったし、魔導は竜が与えてくれるものが殆どで、一部の人達はその異能を隠して生きてきたという真実もある。
人と異なる力を見せびらかす事に恐れを、それを手に入れたいという人にとって魔導の力を有する帝国はある意味羨ましい存在。
呪術で加速していく感情に逆らう事が出来ず結果戦争いう道を突き進んできた皇光歴の世界。
「異能を見に宿せば安からかな人生とは行かないでしょう」
「そっか……なら無理にとは言わないかな。別にそこまでして安らかな人生が欲しいわけでもないけど、でも平和に暮らせることが一番だもんね。好きな人と結婚して、子供を授かって、そうやって幸せをかみしめながら人生を全うしたいな」
美咲の言葉にイリーナは感動して力強く掴んで迫る。
「できますよ! 私応援していますね!」
「!? ありがとうアンヌ。でもアンヌも見つけてね……幸せな人生っていうものを」
最後に「友達としての約束」と言うとアンヌも照れながらハニカミ、それを見ていた奈美はイリーナの両手を掴む。
「私も祈ってる……イリーナが幸せな人生を掴んでくれるって」
「奈美ちゃん……もう感化されたんだね。でもありがとう。奈美ちゃんの方はもう少し落ち着いた方が幸せな人生を送れると思うけど」
いつも余計な事を言ってはトラブルを拡大させることがある奈美、よく考えて発言しないから余計に問題を引き起こす。
イリーナはそういう一面をよく知っている為、ここでちゃんと忠告しておく。
しかし、そういう感情に常に疎い奈美はよく分からないという顔をしていた。
「………こんな幸せが続けばいいと思うだけです。ですが」
ヒーリングベルはついそんな言葉を呟いたが、それにレクトアイムが「ええ」と同意する。
「あのカールという女性を想うとどうしても不安になりますね。できればダルサロッサと合流したい事ですが…」
ヒーリングベルとレクトアイムはふと時計を見上げると時計の針は十時を迎えようとしていた。