アクア・レイン攻防戦 2
アクア・レインのレベル五区画、自販機が並ぶエリアの前で仁王立ちするケビンはコルという帝国独自の硬貨を握りしめ必死に悩んでいた。
「このコーラのような飲み物は流石の論外ですね。炭酸系は軒並み駄目だとして………この紅茶っぽいのはどうでしょうか?え?これ紅茶っぽいのに炭酸系なのですか?」
独り言をブツブツと言いながらコインを右掌で転がし、何度も何度も思案して無難な缶コーヒーを購入しようとコインを入れ、そのまま缶コーヒーを取り出す。
プルタブを開け、ブラックコーヒーを口の中に入れて味を楽しむ。
「向こうのブラックコーヒーより少しマイルドな感じでしょうか?しかし、こうしてみるとここが異世界なのだという実感があまりもてませんね」
魔導と呪術が争い続けてきたこの世界、皇光歴の世界は何度も何度も争いが起きては沈静化している。
その流れの中で帝国が生み出した兵器は時代の流れを変えた。
「魔導機。超常的な力を個人でも発揮することが出来る道具。あのレクターという少年が高い戦闘能力を見せていたのもこの魔導機があるからなんですよね。この技術がアメリカに無い限りは………」
戦力差は埋まらないだろう。
実際レクター一人にアメリカ兵が十人で掛かっていってもかなわないだろうというのがアメリカ軍の結論でもある。
一士官学生に負ける。
これは正直な話あっていい事ではない。
「色々な魔導機を見てみたいものですね。ついて行けばよかったでしょうか?」
今更ソラという少年について行かなったことを心のどこかで後悔しているケビン。
「不思議な少年でしたね。どこか………儚さを感じさせるのに力強く、真直ぐな堅い意思を持ち合わせた」
「そうでしょ?ああ見えてもそれなりの修羅場を掻い潜ってきた子よ」
ケビンは隣から語り掛けてくる声に驚きしかなく、隣に立つ綺麗な女性を足のつま先から頭のてっぺんまで確認した後にその人物がサクト大将であると視認したところで敬礼をしそうになる。
「こんな所で敬礼しなくて結構よ。それにしても……ソラ君ったらまた一人攻略しているのかしらね?フフ。昔のアベル君みたい」
「攻略?何の話ですか?」
「こっちの話よ。まあそれは良いとして、あの子は下手をするとその辺の一般兵よりよっぽど修羅場を掻い潜ってきている人間だからね。資料室の新聞でも見れば大体の話は分かるんじゃないかしら」
「私は少しだけなら聞いたことがあります。異世界間を救った英雄とか、そんな風に祭り上げられていましたね」
「そうね……それも間違いではないんだけど。彼はね。身近な人の死を目の前に、その人達から生きた証を託されたの。それは普通に生きる事よりよっぽど難しい事よ」
生きた証を胸に突き進むことを選んだ少年。
その話は決して新聞で描けることではない、誰にも語らない物語であり、同時に少年にとって苦しい決断でもあった。
「どんなに辛くても、どんなに苦しくても、どれだけ困難が目の前にあってもソラ君が挫折することは無いわ。それはあの子なりの覚悟」
「それは………一人の人間が背負うようなことではありません」
「そうね。だからこそみんなで苦しみを分かり合い、楽しいという感情も分かち合っているんだと思うわよ」
だからこそ多くの人は彼を助けたいと思うのだろう。
アクア・レインのレベル一区画、地下倉庫区画では誰も無いはずの石畳の廊下をコツコツという靴音が鳴っていた。
息を漏らさないように、なるべく音を響かせないようにしているが、それでも最低限の音が鳴っているのは歩いている人間が隠密行動に長けていない証拠である。
真っ赤な髪が特徴の若者、烈火の英雄は一つ一つの部屋のカギを開けながら中を確認して回る。
大きな地下フロア、水がいたるところに広がっており、その広さはかくれんぼをすれば間違いなく行方不明者が現れるほど広い。
水路と陸路で作られている構造は海都オーフェンスの街並みに似ているが、薄暗い廊下に、小さな明かりが周囲に不気味な明かりをともしている。
烈火の英雄がどうやってアクア・レインに侵入するため、瞬間移動術の法則の証明と解き明かした。
膨大なエネルギーを魔導という形で持っているからこそ烈火の英雄はこの場所に辿り着いた。
そこまでよかったのだが、しかし、大きな空間であるがゆえに簡単にコンテナの場所が把握できていない。
誰も来ないことを確認しながら曲がり角で一旦身を低くし、そのまま曲がり角の向こう側を確認する。
小さな街灯のような明かりだけが小さく廊下を照らし、誰も無い事を確認させる。
「早いうちに見つけてしまわないとな………間違いなくこのフロアのどこかに隠されているはずなんだ」
何度目かになる鉄製のドアを手動で開き、部屋の中にあるコンテナを確認しては再び閉じる。
すると、薄っすらとであるが遠くに両開きのドアを発見した。
「そこそこ大きなコンテナだったはずだし、あの部屋の可能性が高そうだな」
そう思って歩き出している間に、何者かの話声が聞こえてきた。
「サクト大将も人使いが荒いよなぁ。あんなコンテナ……誰も使わないって」
「念の為だろ?用心深いんだよ……サクト大将は。ああ見えて修羅場をくぐってきた回数で言えば、軍のトップに入るだろ?」
烈火の英雄は素早く物陰に隠れ、様子をうかがっている。
「サクト大将?あの有名なサクトか?あの女将軍がやってきているのか。それは流石に厄介だな。さて……作戦を変更するか。それとも決行するべきか」
サクトと言えばアベル・ウルベクトやアックス・ガーランドと共に語られる三将軍の一人であり、レイピアと突進系の武術と魔導機の扱いに置いて彼女の右に出る者はいないとすら言わしめる実力者。
このご時世女性軍人何て珍しくは無いが、それでも将軍クラスにまで抜擢されるのは珍しい事でもある。
一個師団で三つの師団を同時に相手して勝利したのは今での語り草である。
戦術レベルで言えばアベルやガーランドが敵う相手ではない。だからこそサクトはアクア・レインの臨時司令官に任命されたという背景がある。
「真正面から挑んだら確実に負ける相手ではあるが……それも戦いようだ。さて…どうやってあの二人の監視をやり過ごすか。侵入すること自体は別に難しくなさそうだ。しかし、目的がコンテナを水路に落とす事となると確実に排除しておいた方がよさそうだな」
そう決断してからの行動は決して遅くない。
素早く腰に装備した剣を抜き、素早くかつ迅速に処理する為ばれないギリギリの距離感を得ようと少しでも前に進む。
遠すぎれば襲うまでに上に報告されてしまうし、近すぎれば逆にバレる可能性が高くなる。
バレるかバレないかのギリギリのラインを見極め、これ以上無理だと判断したのは後五十メートルという距離である。
これ以上近づけばさすがにバレる可能性が高い。
心の中で「行くぞ」と呟くとほぼ同時に駆け出していくその姿はまるで影のようにしか見えず、巡回していた二人の男性兵は呆気に取られている間に連続二連撃、血が流れていき、自然と水路を赤い血で微かに染まる。
烈火の英雄は両開きのドアを両手で開け、中に明かりが差し込まれるとちょうど正面に海洋同盟のマークである『ウミヘビと帆』が描かれたコンテナが置かれていた。
「これだ……こんなコンテナ一つ見つけるのに時間が掛かってしまった。さっさとコンテナを水の中に落としてしまうか」
コンテナを引きずりながら水路の中に落とす為最後の力を籠める。
大きな落下音と共にコンテナが深い水の底へと落ちていく、水面が淡い輝きを放つと水面から突然複数の人影が現れた。
次々と現れる人影の1つ、ボウガンが体中に付いたラバースーツを脱ぎ去り改めて悪そうな表情を烈火の英雄に向ける。
「さて………始めようぜ!烈火の英雄さん!」
「ああ!お前達………気を引き締めろ。ここは海上要塞では最大規模の要塞だ。気を抜けば死ぬぞ」
「「「はい」」」