古都京都 1
聖女アンヌという女性を詳しく知る人間なんて数えるほどしかいない、そんな彼女がこれから語る英雄譚は『血のクリスマス事件』の始まりに過ぎない。
世界中にいる人達が、二つの異世界を挟んだ大きな事件はたった五人の集団が引き起こした。
京都を包む大きな焔は業火となって燃え上がり、ニューヨークで大乱へと発展し、最後にはアメリカを包む内戦へと突き進む。
これはその始まりの英雄譚、聖女と呼ばれた少女が友人と共に防ごうとした英雄譚であり、たった二日間の間に起きた出会いと……別れの英雄譚。
微笑む未来があればよかったと誰物が思い、友人は最後まで聖女の幸せを願っていた。
幸せにその一生を過ごして欲しい、誰だって同じことを想い過ごすのだろう。
その友人は最後までその願いを胸に、聖女も同じ願いを抱きながら戦ったのだ。
これからは語る英雄譚は、ソラが居ないばかりに失敗した英雄譚。
二人の英雄が挑み、負けた……それだけの英雄譚なのだから。
業火に包まれた英雄譚、それをまずは聖女に語ってもらおう。
地獄を見る覚悟はあるかい?
ここから先は辛く悲しい英雄譚が続く。
五人の英雄達が不死に挑み、多くの別れと悲しみが大戦へと突き進むための英雄譚。
さあ………地獄を突き進んでみようじゃないか。
不幸と悲しみの先にある小さな希望を探す英雄譚が始まった。
聖女と呼ばれた私アンヌの人生は決して真っ当とは言えず、決して幸せ何て言葉を使う事は出来ないけれど、でもこうして自由に旅をすることができるという事は幸せだと思えてしまう。
こうして生きている事は多くの人の命と覚悟があって起きている奇跡で、その奇跡の為に多くの人の軌跡が存在する。
私は『サブジェクト』と呼ばれていた子供達の生き残りであり、その生きた証なのだと自分を言い聞かせて生きてきたつもりだ。
しかし、実際に生きてみるとこれまた難しく、こうしている間も自分を責めたくなる感情がどうしても存在してしまう。
罪悪感というのは一生の付き合いになる。
辛い事も悲しい事も胸に秘め、忘れないように閉じ込めておく。
笑顔が大切だとこの二か月ほどの旅で知っていった。
日本という全く知らない土地だというのにガルスはいつだって私を支えてくれたし、品行方正なレクトアイムという竜はいつだって私の力と向き合ってくれた。
私の中に眠る『神』と呼ばれた力、それは今だに私の中で居座っている。
小さな欠片のような力で、しかし何も考えずに放置すれば災いになりかねない力もやっとの思いでコントロールする事が出来た。
新幹線に乗って東京から出発し京都を目指しているが、外から見える景色を見ているだけであっという間に時間が過ぎていく。
窓の外の景色に目を向けていると、私の膝元で眠りについていたレクトアイムは小さく声を漏らして寝返りをうつ。
優しく背中を撫でてあげると更に気持ちい良さそうに声を漏らしていく。
それを愛おしく思いながらも私は夕方を迎えようとする新幹線の中で二人っきりだった。
ついてくるはずのガルスは先に京都で宿泊先の手続きや異世界交流の会場のチェックをしている真っ最中、夜に到着するこの新幹線を降りた所で合流する予定なのだが、最後の最後まで自分の心配ばかりをする彼は心配性なのではないかと疑いが残る。
私だって出来るのだという事をハッキリ教えるべきだと思い、ちゃんと乗るための手続きを打った。
そ、それは勿論東京駅の中を迷子になったり、あれこれ見て回っている間に出発時刻が近づいてきてレクトアイムに怒られたりしたけど。
き、きちんと乗ることもできたし問題なし。
東京は近代的な街並みだったけど、その前に立ち寄った北海道という土地は大自然をそのまま触れることができた。
この二か月に満たない様な月日の中で色々な場所を訪れ、その場所にいる人達と交流するという目的は達することができている。
余計な事をガルスに喋らないようにしなければと心に閉じ込めておき、前の方からやってくる荷台を抱えた女性を止める。
女性にコーヒーを注文しお金を払って購入してから一口だけ飲む。
息をホッと漏らしてまた外へと顔を向ける。
そう言えばと東京駅で買っておいた駅弁なる食べ物を開く。
時間的にも丁度いいしとおもい駅員さんのおすすめの駅弁を開いてみる。
冷めても美味しく出来ているという駅弁はとても美味しそうに見え、タマゴなどの食材で色とりどりの食材が入っている。
食べ始めるとレクトアイムも匂いで起きたようで、私はレクトアイムと一緒に駅弁を食べながら京都の町へと急いで行く。
一人の少女は京都の駅へと降り立った。
夜行バスなど使うんじゃなかったと後悔しながら、固まった体を伸ばしてほぐしスマフォで時刻を確認するとまだ十二月二十二日の六時半だと分かって頭を悩ませる。
夕食をどうしようとふと悩む。
「まあ、お祖母ちゃんの家に行けばなにか……無いよね。そもそも祖母ちゃんが亡くなったから帰ってきたわけだし」
帰って来たかったわけではないが、家を管理して欲しいと頼まれてしまった彼女、二十代前半の夢や恋を追いかける年頃としては悩ましい決断だった。
しかし、やりたいことも無い、大学に行っても特に何かを学ぶこともしないと突っ込まれたら反論する術など存在はしなかった。
誰かと付き合っているわけでもなく、ただ観光地である京都に住めば何か変わるかもしれないなんて思い帰ってきたが、もう約一年も放置されている家にこれから向かうと思うと少しだけ憂鬱な気持ちになってしまう彼女。
「忍狩 美咲………これから京都の地で頑張ります」
まるで諦めから漏れ出る言葉に自分で呆れてしまう美咲、グズグズと悩んでは後悔している。
古都京都の街並みを駅前から眺めてみると、やはり日本を中心に起きた崩壊事件は今だ尾を引いており、都市部の中心は更地の状態。
「分かっていたけどね。歴史的文化財や建築物も殆どは無くなったって話だし。これなら来るんじゃなかったかな」
また後悔。
と自分に言い聞かせて歩き出そうと思った所でどうやって祖母の家に行けるのかとスマフォで地図を開くと急に通信環境が乱れたのか通信できなくなってしまった。
「ちょっと! こんな時に!」
不満の声を漏らしていると周囲から同じような声がドンドン聞こえてくる。
この状況が自分だけではないと分かると少しだけ安心してしまう。
しかし、それなりに発達した都市の中心で通信が乱れる何てあるだろうかと少し考えてみるが、よく考えてもそんな事素人である自分が分かるはずがないと割り切って困った顔を造る。
すると、隣をガタイの良い大きな体の執事服の男が通り過ぎた。
「お嬢様がそろそろ到着する時刻ですね。ホテルの予約も済みましたし……お嬢様がご機嫌を損ねないようにあらかじめ…」
「へぇ……ああいう執事がいる人ってまだいるんだ」
見たことも無いような人間が通り過ぎると、駅前に見慣れないポスターや垂れ幕が見える。
垂れ幕には『異世界交流』と書かれており、日付は明日と明後日の二日間。
「十二月二十三日と二十四日って思いっ切りクリスマスイブなんですけど。そんな時に異世界交流とか……ていうか、あんなことがあったのに異世界交流なんてする気起きるよね」
東京を中心に時代なダメージを受けた『崩壊事件』は異世界からやってきた『木竜』と地方出身である『王島聡』が引き起こした事件と報道されている。
その実態を知らない人間からすればこんな交流をバカバカしいと感じてしまう。
「まあ……私には関係ないけどね」
そう言いながら彼女はスマフォの通信状態が元に戻るまで近くで待っていることにした。