エピローグ:まだ知らぬ者達よ
結局英雄譚なんてものはその個人が語るべきことで、いつかは俺の行く道も誰かに語る英雄譚になるのかもしれないし、師匠がいつか自分で英雄譚を語る日が来るのかもしれない。
では英雄譚とは何だろうと少し考えてみてもまるで答えなんて出るわけがなく、でもこれだけは言える。
聖女アンヌの英雄譚はサブジェクト達が残す英雄譚であり、アカシこそがその英雄譚を知る唯一の存在かもしれない。
彼女がこれから歩む道のりは彼女とガルスが共に歩く道でり、いつかその未来がどこかで俺と共に交わる日が来るのかもしれないと俺はベットで横になっている状態で俺はふとそんな事を考えてしまった。
そう言えば不思議な人だったなとすれ違った男性を思い出してみる。
ジェイドという名前の男性だったが、父さんが言うには会ったことも無いと言っていたし、本当に不思議な人だったなと思う。
ウルベクト家にかかわりがあるようだったし、それでいてそれ以上は踏み込もうとはしない絶妙な距離感を維持しているように見えた。
そう言えばエアロードに聞けば何か分かるのかもしれない。
「なあエアロード」
「zzz」
「寝ていましたか……シャドウバイヤは奈美の部屋だしな……明日になったら忘れていそう。まあ、気になる程度だったしいいか……でもジェイドって名前は聞き覚えがあるんだよな」
何だっただろうかとふと記憶を探ってみると誰かに言われてことがある名前だった気がすると思いだす。
誰に言われたのだろうと考えていると、記憶の隅っこの方に大師匠の顔を思い出した。
「そうだ。初代『撃』の継承者がそんな名前だったんだ。まあ、偶然だろうな。しかし、会った事が無いのにどこか懐かしい感じがする人だなと思ったし…」
こういう事ってあるんだなって思いベットの上で少し考え込んでみる。
このまま眠ってしまえばいいやと思いながら俺は眠りに落ちていく。
あれから未来を見るという力は全くなくなり、干渉は終ったのだろうと思うと少しだけ寂しく感じてしまう。
寝ている間に見る夢っていうのは不思議なもので、よく覚えていないくせに曖昧に記憶している時がある。
だから俺は不思議な夢を見てしまったと確信したこの感情すらも忘れてしまう。
一面が青空を反射しているほど綺麗な水面が広がっており、水平線の向こう側までが真直ぐで何もない場所。
前に来た事がある様な気がするが、あれは特別な場所だったはずだし、ここは夢にしてはハッキリしすぎているような気がする。
すると後ろに誰かが立っているような気がして、振り返っているとジェイドと名乗っていた男が背中合わせで立っている。
どうしてこの男なのだろうかと不思議に思っていると、ジェイドは振り返って俺に向かって右手を伸ばす。
なんだろう。
この手を取ってはいけない気がしてつい後ずさりをしてしまう。
伸ばす右手とその表情は無表情に近いのが恐怖心を育てていくような気がして、これが何を伝えたいのかまるで分からなかった。
なんだろう。
この男には俺が知らなくてはいけない秘密があるのだろうか?
ジェイドは右手を下ろしてゆっくりと口を開いた。
「ここに来れるのだな」
その言葉だけは気迫を感じて俺は目を覚ました。
目を覚ました?
不思議な感覚と共に目を開けて俺はゆっくりと時計へと目を向けると、起床時間である六時より三十分前で目が覚めてしまった。
完全に目が覚めてしまい、どうやっても眠たくならない感覚に俺は困り果ててしまう。
しかし、先ほどまで見ていた夢が何だったのだろうと思い出してみる。
なんというか不思議で同時に恐怖を感じかねない様な夢で、思い出そうとすると靄が掛かったようにはっきりと思い出せない。
一人部屋から出ていき洗面所で顔を洗いながらふと窓ガラス越しにジッと自分の顔を見ていく。
やはり思い出せないと頭を捻ってみるが、何をしても思い出せないので俺はこの際気にしないことにした。
歯を磨いて着換えている間にアカシを肩に乗せて食堂へと入っていき先に朝食を済ませてから二人で街中へと繰り出していく。
駅での見送りが今日の午前十時なのでそれまでのジュリを回収してから駅に向かう手筈になっている。
などと思い帝城前広場までたどり着くとジュリが帝城を見上げる形で立っているのが印象的過ぎて声を掛けられなかった。
少し遠目から伺っているとよく見ると右隣にアンヌが一緒に立っており、遠くの方からガルスが走って駆け寄っていくのが分かる。
俺は少しだけ安心して近づいて行く。
「観光案内? それなら昨日墓掃除なんてしなければ昨日案内したのにな」
「ソラ君。うん。十時までだから遠くには行けないけどね。せめて帝城前広場辺りを案内しようと思って」
「ソラさんはやけに早いですね。約束の時間までもう少し有りますよ」
「変な夢というか……怖い夢を見た気がするけどイマイチ思い出せないんだよな。モヤモヤして寝れないしな」
なんて説明しているとジュリが「珍しいね」と微笑む。
「ソラさんはそんなに怖い夢を見ないのですか?」
「そっちじゃなくてソラ君が夢でモヤモヤしたって方が珍しくて。いつもは夢なんて気にしないから。それだけ夢がインパクトがあったて言う事だよね」
「だと思うけど。どんあ夢だったのかと言われたら困る。本当に何も覚えていないんだ」
だから今日は朝からモヤモヤしてしまっていた。
なんて考えているとガルドが持っている新聞の見出しに『十二月に控えている異世界会議について』と大きく書かれていた。
「そういえば俺異世界会議に呼ばれているんだよな。何をするんだろう」
「そうなの? そう言えば海君とレクター君も呼ばれているんだよ。それぞれの師匠であるアベルさんとサクトさんがついて行くからって」
「え? その理屈で言えば俺が呼ばれている理由は師匠が行くからって事になるけど。俺は知らないよ」
「言っていないだけではありませんか? わざわざ言わなくてもついてくるだろうと信頼されているのでしょう? そういうの羨ましいです」
聖女アンヌは心底羨ましそうにしており、その気持ちが俺には少しだけだが分かる。
あんな場所で育てばそういう気持ちを抱いてしまうのは間違い無いだろうし、羨ましいと想ってしまうのだろう。
「これから作っていけばいいんです。アンヌさんにとっては全てはこれからなんですから。これからの事は考えているんですか?」
「はい。ガルスと一緒に当面は日本を回ってみようと思っています。この力を正しい事に活用できるかどうかを知りたいと思っています。レクトアイムさんもついてきてくれると……」
「そうか……楽しい旅になればいいよな」
アカシも俺の言葉に何度も頷きながら同意してくれ、俺はアカシに対して「なぁ!」と言葉を贈る。
「そうですね。ありがとうございます」
「俺も最初のイザコザは忘れないようにするよ」
アンヌは俺との再会を思い出し顔を真っ赤にして俺に向かって早口で言葉を飛ばしてくる。
「あの出会いは忘れらないんです! そもそも口にしないでください! あなたがちゃんとしていればいいだけの話です!」
「あの時は仕方がないという事で決着をつけたろ?」
二人で言い争いをしている姿をジュリは楽しそうに眺めていた。
あっという間に別れの時が訪れた。
レインちゃんとギルフォードはどうも昨日のうちに日本に帰ってしまったらしく、先にケビンとシャインフレアとの別れを告げつつ、十二月アメリカ合衆国のニューヨークで行われる異世界会議での再会を約束した。
そして、アンヌとガルスとレクトアイムとの別れ。
「私は京都で行われる異世界交流と呼ばれる行事に呼ばれているんです」
「時期はちょうど異世界会議と重なると思いますから皆さんと一緒にはいられませんが、会議が無事終わるようお嬢様共々祈っております。そして、お嬢様を助けていただいてありがとうございました」
ガルスが深々と頭を下げる。
「あの時俺が出来ることを一生懸命にしただけです。それに、本当にお礼を言うのならそれはサブジェクト達に言うべきなんです」
「ですが皆さんがいなければお嬢様を助けることもできませんでした」
「そういえばバルグスさんは?」
「朝一で旅立ったよ。同じく獣人として生きていく事を決めた人たちと新天地を目指すんだってさ」
そっちも見送りをさせてもらえなかった。
なんというか皆薄情だと思う。
「そろそろ行きますね」
アンヌとガルスとレクトアイムが列車に乗り込んでいくのを見守り、列車が走り出すと俺とアンヌの目が一瞬だけあった。
「次会う時にあんたの笑顔がちゃんと見れることを祈っているよ」
「………それはそのまま言い返させてもらいます。また逢いましょうソラ」
「また逢おう……アンヌ」
俺達は笑顔でお別れを迎え、俺達は走り出す列車を黙って見送る。
こうして俺達が迎えた長い戦いの1つの終わりを向けたが、この時の俺は知らなかった。
これが始まりに過ぎない事を。
あの時出会ったジェイドと俺がこれから辿る軌跡をまだ………知らない。