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竜達の旅団≪ドラゴンズ・ブリゲード≫~最強の師弟が歩く英雄譚~  作者: 中一明
サブジェクト・レクイエム《下》
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それでも前を向いてみよう 10

 あのサブジェクト達が暮らしていたあの場所、その部屋の隅っこで体育座りをしている少女を見つけ出した。

 俺は何を見ているのだろう?

 きっとサブジェクト達の記憶が神の演算処理能力と合わさった結果見せている幻、神に自意識があるのか正直さだかではなかったが、こうしてみるとAIの処理能力とサブジェクト達の虐げられたという想いが神のあの性格を作り出したのかもしれない。

 理不尽な現実と毎日死と隣り合わせの現実を前にして、それでもサブジェクト達は笑顔で毎日を過ごしていた。

 いや、笑顔でいなくては過ごす事すらできない中、そんな理不尽な現実を前にして毎日を恨みながら過ごしていた人間がいた。


 部屋の隅っこで睨みつけながら、理不尽な現実を前にして自分は何をすればいいのか分からず、ただ言いなりになっているという真実。

 皆が笑顔で過ごしていたという理由がまるで理解できず。

 恨みで胸が一杯になってどうしようもないぐらいに心が押しつぶされそうになるが、そんな暇も無いぐらい毎日が嫌になっていた。

 壁一面に刻まれるおかしな絵、それが何の意味のない絵だって事ぐらいは知っていたが、だからこそ中に入る事が嫌だったのだ。


 実際記憶の中にいる俺でもはっきりそう感じるほどにアンヌは睨みつけていたが、だからと言って周囲に当たる事は出来なかった。

 サブジェクト達は毎日を楽しく過ごす事で少しでも気が楽になっているようだ。

 すると俺の肩で大人しくしていた小人が悲しそうな声を発し始め、子供のアンヌに向かって手を伸ばそうとする。

 しかし、分かっている通りこれは仮想の世界でしかないので触れる事も出来ない。


 そんな時、一人のサブジェクトが急に歌い始めると突然皆が楽しそうに歌いだす。

 『星の行く末』を歌い出すのだが、アンヌの表情は一段と険しくなるが俺の肩にいる小人も一緒に楽しそうに歌いだす。

 アンヌがどんな気持ちで過ごしていたのか分からないが、少なくとも楽しくはなかったのかもしれない。


「楽しんで欲しいという気持ちがサブジェクトたちにあったのかもしれないな」


 サブジェクト達は楽しんで欲しかったのかもしれないし、小人達が俺の足元にドンドン集まっていき俺を道案内していく。

 部屋のドアを潜っていき、今度は研究都市で行われていた戦闘実験の最中での出来事だったが、彼らは死ぬ瞬間にすら笑顔で死んでいった。

 決して皆を恨んでいたわけじゃない。

 いずれはこうなる運命だったのだと受け入れられない現実でも受け入れ無いといけない真実、それでもアンヌだけは違った。

 殺す度に心を痛め、殺さないと生きることが出来ないのに、死んでいったサブジェクト達は笑顔でアンヌに託していった。

 アンヌはそれが受け入れられなかった。


 生きる為に必死になっている状態でも、アンヌ以外だけは違っていた。

 生きることをどこか消極的に過ごし、一分一秒を大切に生きてきたつもりだったが、アンヌだけは違った。

 一分一秒でもとにかく生きたかった。

 毎日を苦しみながら過ごし、とにかく生きる事だけが自分の存在の証明だった。


 最後の一人を殺した瞬間……アンヌは壊れてしまった。


 竜のような咆哮を上げてとにかく暴れ回ったアンヌは化け物のように見えてしまう。


 小人達はごっつい鉄の扉へと案内していき、俺はそのドアを開くと記憶を無くしたアンヌが兵器として売り飛ばされていた光景だった。

 部屋の天井から吊るされているシャンデリアと本棚には金のかかった難しそうな本以外にも絵本なども入っている。

 赤いカーペットや金で装飾されたテーブルに高級そうな椅子、その椅子に座って本を読んで過ごしていたアンヌは何かを思い出そうとしているように見えた。


「………前を向かないんだな」


 彼女の毎日を見ているといつだって下を向いて、遠くの何かを見て過ごしており、ガルスと話す時でさえ彼女は心から前を向いているわけじゃない。

 生きるための行動だったのだろうが、それは同時に彼女自身をいつだって精神的に追い詰めてきた。

 前を向くことがどうしてもできず。

 いつだって後ろめたく感じて生きてきた。

 忘れても心では決して忘れないで生きてきたのだろうが、だからこそ心の隅っこでサブジェクト達が死んでいるのに自分が生きているという後ろめたさが存在している。


『前を向かないのは前を向くのが怖いから。前を向いて生きていると自分が幸せになる度に何時だって問いかけが来る。「幸せでいいのか?」と』


 俺の目の前に神が舞い降りた。

 まるでアンヌの語り部を務めるような彼女の言葉、しかし俺はそんな彼女に逃げることは決してしない。

 あの神こそがアンヌが作り出した偽りの姿でしかないのだから。


「いつだって前を向いて生きていたはずだ。逃げたってなにも変わらないし、後ろを向いて生きたって死んだ人が生き返るわけじゃない。死んだ人たちが「前を向いて」と言われたら俺はこの命が尽きるまで前を向いて生きるだけだ」

『大切な人が死ねば苦しみ、いつだって足を引っ張ろうとする。大切な人との時間が忘れられず、だから繋がりを否定したくなる。怖いから前に足を踏み出す事も出来ない』


 その気持ちは分かる。

 堆虎達を失った時、俺は足を止めて苦しんでしまったが、それでも皆は俺の背中を押してくれた。

 周囲にいるサブジェクトの小人達は否定的な意思を覗かせる。


 そうだよ。

 生きた証を未来に託すことは決して不幸じゃないし、その遺志がある限り彼らの絆は途絶えることは無い。

 俺は自らの右胸を強く叩く。


「生きた証がここにある限り………意思が消えることは無い! 意思は遺志となっても心に残り、その遺志は次の世代に託されるはずだ!」


 俺は神に近づいて行きまっすぐ右手を伸ばす。


「だから……帰ってこい! アンヌ!」


 目の前にいる神の正体は否定したいという感情が表になったアンヌ本人だ。


 否定したい気持ちは分かるし、そうやって逃げたいという気持ちだって理解できるが、それで何かが解決できるわけじゃない。


「苦しんでも……どれだけ悲しくても……時に足を止めてしまってもそれでも最後には前を向いて歩くんだ! 俺達意思を受け継いだ者は…!」


 アンヌは俺の伸ばした手を取ろうとするが、その瞬間彼女の体を黒い無数の手が伸びて連れ去ってしまう。

 AIと死んでいった研究者達の悪意がアンヌを手放したくないという想いが思念という形を取っているのだろう。

 小人達の案内の元俺は神の存在の中心にたどり着いた。


 真っ暗な空間の中心に強い光を放った球体がアンヌを捉えており、俺は小人達と共にアンヌを連れ出そうと試みる。


「わ、私は…! もう!」

「黙っていろ! 俺が助け出すって決めたんだ! ガルスと約束した! あの男はアンヌとの未来を望んでいるんだ!」


 アンヌは驚きの顔になりそのまま涙を流しそうになっていく。


「私………私……」

「良いんだよ! 望みを言っても! ここにいるサブジェクト達はそれを口にしてほしいって願っているんだ。アンヌが生きたいって願ったから彼等は生きた証を託したんだ! だから………君の願いはなんだ!?」


 緑星剣で彼女の体に蔓延ろうとする存在を斬り落としていき、小人達はアンヌを俺と一緒に引き抜こうとする。

 アンヌは涙を流しながら、今間起きた思い出を胸に、記憶を一つ一つ思い出しながら自分の望みを口に出した。


「生きたい! どれだけ悲しくても……どれだけ苦しくても……生きた証を胸に私は生きたい!」

「放せ……! お前達が掴んでいい存在じゃない!」

『何故理解できない!? ここで私を否定すれば……未来は!」

「未来を白紙なんだ! 俺達生き方で未来が変わっていくんだ! お前が勝手に未来を……決めるなぁ!」


 俺はアンヌをサブジェクト達と共に助け出した。


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