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竜達の旅団≪ドラゴンズ・ブリゲード≫~最強の師弟が歩く英雄譚~  作者: 中一明
サブジェクト・レクイエム《下》
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それでも前を向いてみよう 7

 ガルスにとってアンヌはただのターゲットに過ぎなかったが、共に過ごしてい内に彼女に感情移入していくようになった。

 ガルスの国にとって家に仕えることは当たり前の事で、家ごとの争いには常に命を懸けなくてはいけない。

 家ごとの縄張り争いは当たり前で、家ごとに従えている者達は多く、ガルス達からすれば当たり前だったが、そんな本家で急に預かるようになった子供を懐かせてから殺して欲しいと頼まれた時はどうすればいいのだろうと困惑していた。

 近くの原っぱに散歩に行ったり、川まで連れていったり、家の中で本を読んであげたりと共に過ごしていくようになっていくと少しずつ目の前にいる女の子が兵器には見えなかった。


 兵器として引き取られた女の子は他の誰よりも普通な子を求めていた。


 誰かを殺すような兵器として生きてきた少女は、窓の外で楽しそうにはしゃぎ回っている子供を羨ましそうに見て、近づいて行っても怖がられるだけ。

 人と違う力を持っていると誰からも怖がられることをガルスは知っていた。

 執事をするようになってから様々な事を学んでいく。


 お茶の淹れ方、部屋の掃除や炊事洗濯などまで様々な事を学んで身の回りをしていくとアンヌの女の子らしさを知っていくのだ。

 服を畳もうとして失敗してしまうアンヌ、お茶を入れようとしてガルスに怒られるアンヌ、本を読んでもらおうと必死にしがみつくアンヌの姿を見る度に何度もガルスは心の思った。


「こんな子が兵器だなんて嘘であれば良いのに……」


 目の前にいるアンヌがただの女の子に見えてしまい、優しく接しようとし、自らの力に恐れ嘆き、いつだって友達が出来ないことに嗚咽を漏らす。

 繊細で心から人を思いやれる子供を前にガルスは、涙を流すアンヌの目を見つめてこういった。


「前を向いてみましょう……もしかしたら何か良い事があるかもしれませんよ」


 その言葉を告げた時アンヌは驚きながら、涙を流しながらも笑顔を作って頷いた。

 元気を取り戻したような気がしてしまったが、逆だった。


(こんな女の子に私が癒されたいたんだ……殺し合いをするために生まれ、家に仕える事を絶対に生きてきた私にあなたは温かい心を教えてくれたんだ)


 だからこそ、だからこそ生きていて欲しいと思ったし、何より裏切った時に死にたくなった。

 あの少年はそれでも助けようとしてくれたし、何よりアンヌがたった一人、当たり前のように接してくれた普通という言葉を教えてくれた。


 人と接することが出来なかった彼女が、初めて普通に喧嘩をしたのだと後から楽しそうに話してくれたのが少しだけ妬ましかったのだ。

 誰も、ガルス自身でさえも普通に接することが出来なかった。

 でも、今なら出来る。

 きっと普通に彼女の理解者に成ろうと努力することができると確信していた。


(お嬢様………前を向いてみましょう………この世界は簡単な事で普通を得られることが出来る。でも、それはきっと自分から動かないと得られない。あの少年はその普通を与えてくれた。あとはお嬢様が一歩前に出るだけ)


 ガルスは倒れる中アンヌにそう思って手を伸ばしていた。



 ガルスがバタンと倒れ、ソラが叫んでいるとアンヌの体を借りる形で創造された神は足場の上昇と共に真上に作られた大きな穴へと飲み込まれていった。

 ジュリはガルスへと近づいて行き、魔導機で治療を始める。

 傷は意外と大きく出血も酷い状況だが、それでもジュリからすればまだ助かるレベル。

 治療することに全神経を集中させると、近づいて来たソラが傷口に手を伸ばして同じく治療に入った。


「何をしている? お前はそんな事をしている場合なのか?」

「黙っていろ! 目の前で助かるかもしれない人を見伸ばしたら俺は誰も助けられなくなる」


 決して誰も失いたくないというソラの意思にジャック・アールグレイはため息を漏らした。

 こうしている間も上へと上昇していく神、ゆっくりとではあるが確かに上へと昇って行く。

 今直ぐにでも駆け出していかないと何を仕出かすか分からない。


「この人は十分苦しんだ……もう許されてもいいはずだ。なんで……こうなる?」


 ソラの力で治癒できる範囲はジュリ以上に少ないが、それでもやらないよりましだと思い治療を続けていた。

 その内ジュリがソラに語り掛けた。


「もう大丈夫だよ。私一人でも大丈夫だから」

「放り出せない………」

「ソラ君!」


 ジュリの大きな声でソラはハッと顔を上げてジュリの顔を覗き込む。


「今ソラ君がするべきことは何? 焦って目の前が見えなくなって本当にソラ君がやるべきこと、やらなくちゃいけない事を見失っちゃいけない。この人は私が必ず治すから、ソラ君はアンヌさんを助けてあげて」

「助かるかどうか何て……」

「なら見て……未来を」


 ソラは小声でCSE起動と呟くとソラの中で未来が映し出されるが、ノイズが掛かったような記憶ではっきりしないが、たしかに見えた複数の未来の中にはこの街が吹き飛ぶ未来までが見えた。

 しかし、その中で確かに見えたガルスとアンヌがほほ笑み歩き出していく未来。

 列車でどこか遠くに旅立っていき、自由に生きることが出来る未来。


 白紙の未来をアンヌに与えてあげたい。

 ガルスと一緒にしたいことを探す未来を作ってあげたい。


 まだ未来は確実には見えないけど、それでもそういう未来がまだ作れる。


「ジュリ……頼んだ」

「任せて…!」


 ソラはガルスから離れて真直ぐ神が消えた穴を見上げた。

 魔物達の戦いで周囲が忙しくしている間、ソラとギルフォードは神を追いかけて走り出していき、ジャック・アールグレイは「吹っ飛ばされるのは困るな」と同じように追いかける。


「ケビンさん……ソラ君をお願いします」

「ジュリ………分かりました」


 ケビンは頷いたのちソラ達を追いかけて壁を昇って行く、レクトアイム以外の竜が同じように追いかけていく。

 ジュリがよく見るとエアロードがいつの間にか自由の身になっていた。


「神に勝てると思うか?」


 アベルが何気なくつ呟いた一言にガーランドはアッサリと「知らん」と答えた。


「でも、勝てなければ皆死ぬだけだ。人の業によって作られた存在は人の手で消し去っていくべきだ」


 ガーランドは小さくソラに「任せたぞ」と言葉を贈る。

 レクターや海も戦いながらも最後の戦いへと望む四人の英雄達にエールを送り、バルグスも同じようにただ見守る事しか出来なかった。


 神となったアンヌの意識を救う方法がソラにはまだ分からなかったが、少なくとも簡単な事では無い事ぐらいわかり切っている。

 でも、出来ないと諦めるぐらいなら何としてもここで抗おうとし続けてきた。


 海洋同盟の魔王戦も何度も諦めそうになりながらも戦い抜いた。


 だからレインちゃんを救えたのだと心を奮い立たせて、当たり前を求め続けた少女を救う為今は走る。


 この街での出来事なんてジャック・アールグレイからすれば金もうけの手段でしかなかったし、こうしている今もその過程に過ぎなかった。

 しかし、自分の中に存在している感情はこの街をぶっ壊してやりたい、目的を破壊してやりたいという感情。

 それも腐り切ったこの街を知ったことがきっかけだった。


 レインは何度も兄であるギルフォードにお願いをしていた。

 当たり前を手に入れたいと願っていたアンヌを救ってやって欲しいと、でもそれが難しいとギルフォードは分かっていても救うしかなかった。

 海洋同盟の戦いではソラに救われてしまった。

 今度は自分が救う番だと駆け出していった。


 ケビンは前の戦いでソラの役に立てなかったと己を責めていた。

 肝心の最後の戦いはソラに任せっきりになり、結局の所で自分は安全な場所から見ているだけだった。

 だからこそ今回は一緒に戦おうと決めている。


 四人の英雄達は最上階までたどり着き、神と対峙する。

 竜達は仮想の足場を作り出し、広く作られた何もない戦場こそが研究都市の最後を飾る最終決戦のステージだった。


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