嵐 5
烈火の英雄は波の打ち付ける音で目を覚まし、入江の先へと足を進めていくためゴツゴツした岩の上を歩いていく。
下の方から微かに聞こえてくる波の音と、大きな岸壁の向こう側から雷の音も同時に聞こえてくる。
岩の階段を下りていき、慌ただしく動く人たちの波を分けて進みながら最後の木製のドアを開けると大きな入り江から嵐が見えた。
「今日一日はずっと嵐らしく、おそらく海都オーフェンスも嵐のど真ん中なのではないかと?」
「アクア・レインはどうだ?」
「へ?アクア・レインですか?嵐の規模を考えれば間違いなく嵐に巻き込まれているはずですが」
烈火の英雄は入り江の中へと戻っていき、浸水対策で大忙しな反政府組織の同胞に向けて大きな声を上げる。
「今日の夜中にアクア・レインへと侵入を試みる。突入できる人間は夜中までに準備を整えろ」
「しかし!アクア・レインに侵入しようにも………方法が」
「あるだろ。アクア・レインに持ち込まれた『列車に積み込んだコンテナ』が存在していただろ?あれの海洋同盟のマークの下には移動式のマーキングを仕込んでいただろう?」
「そうですが、あれは海水の中に浸す必要があります…………それが出来れば文句はありませんよ」
「それについては問題ない。瞬間移動の方法はマーキングの場所さえ感知できれば移動は楽だ。俺の魔導『焔の魂』なら瞬間移動のエネルギーを確保できるしな」
烈火の英雄は作戦を練る為に大きなホワイトボードを用意し、そこに瞬間移動の法則を書き込み始める。
「瞬間移動に必要なのは『点と点までの距離の計算』と『エネルギーだ』だ。これの計算とエネルギーを持っている存在なら誰だって出来る」
「ですが。人間にはエネルギーがありませんよ」
「無いわけじゃないが、人間が本来持っている体内のエネルギーでは圧倒的に足りないのは事実だ。しかし、魔道を有することが出来る人間というのは例外なく体内にエネルギーを持っている」
「そうか!烈火の英雄様が先に向こうに瞬間移動し、コンテナを海に落とすんですね?」
「ああ、嵐で水位が上昇しているだろ。あそこは海上要塞、下の階は浸水しやすく対策を講じてあると聞いている。そして、コンテナのように扱いが雑な物は下の階に置いてあるはずだ」
「それなら………!分かりました。今から突入メンバーを集めてきます!」
「頼む。俺は細かい作戦内容をたてておく」
父さんはひとしきり悩み切り、俺の決意を聞いてからずっと「う~ん」と呟きながら悩み切る。
「お前がそこまでの覚悟なら………まあ俺も…………しかしなぁ…」
「あなた。ソラを信じてあげたら?この子だってあなたが心配するような子供でもないんじゃない?それに頼もしい友達だっているわけだし」
母さんが俺の部屋にジュースを人数分とお菓子をいくつか持って現れるのだが、エアロードとシャドウバイヤは素早く菓子とジュースを横取りした後、レクターと醜い争いを繰り広げながら菓子の奪い合いを開始する。
チョコ菓子が空を舞い、俺の足元まで落ちるのだが面倒なので放置しているとエアロードが俺の足目掛けて突っ込んでくる。
「分かった。その代り!私が付いていくことが条件だ!それ以外では引かないからな!」
「どうしてあなたがそこで意地を張るのかしらね。まあ、お母さんとしてもそれが条件よソラ。父さんが付いていくこと。レクター君やジュリちゃんもついて行くこと。いいわね?それとエアロード君とシャドウバイヤ君もよ」
「「私達も巻き込まれるのか!?」」
「………ついて行くわよね?」」
「「い、イエス。マム」」
母さんの百点満点の笑顔がエアロードとシャドウバイヤの方に向けられ、巻き込まれる事への抵抗を口にしていた二人はその笑顔の前に大人しく従う道を選んだ。
まあ、笑顔の裏にある怒りの波長を感じ取ればだれでも従うだろう。
ウルベクト家の影の支配者である。
母さんの百点満点の笑顔の裏で密かにお菓子争奪戦が終わりを迎え、レクターが独り占めを下という事実だけが残っていた。
そんなどうでもいい状況は良いとして、俺としては海洋同盟をこれからどうしていくのかだ。
「軍はどうするつもりなんだろう?あの外相でも締め上げるの?」
「そうなるな。今頃サクトがその準備をしているところだろう。あまり聞き訳が無いようだと自白剤を使う事にもなりかねないが」
自白剤という言葉に心の奥から軽蔑の言葉が出かけるが、そもそもドラファルト島を歴史から抹消し、多くの人を虐殺したような人間を庇う気にはならない。
俺がジュースで口の中に潤わせ、同時に新しく持ってきたチョコ菓子で口を甘さで満たすのだが、俺の心的には酸っぱい系が欲しい。
「酸っぱい奴は無いのか?甘い奴ばかりだと味覚がおかしくなりそうだな」
「仕方ないわねぇ……」
そう言いながらお母さんはお盆を脇に抱えながら俺の部屋から出ていった。
というか、この父親はまだ俺の部屋に居座るつもりなのか?
「あの………烈火の英雄達は海洋同盟が自分達を狙っているって知らないんですか?それとも知ったうえでそれでも罠の中に入っていったんですか?」
「それについてだが……よっぽどあの外相に恨みを持っていたのだろうが、外相が捕まっている以上反抗してこないんじゃないのか?」
「反抗してきたら?」
「アクア・レインに侵入?それこそありえんな。海上要塞への侵入方法は飛空艇と海中トンネルぐらいしか存在せん。飛空艇の侵入は防衛システムが作動するし、海中トンネルでの侵入はその前に存在するオーフェンス基地を襲撃する必要がある上、いざとなったら海中トンネルを封鎖することもできる」
徹底していますなぁ。
何より船での出入りを禁止している辺りが特にそう思うのかもしれない。
「そ、そうですよね」
ジュリのどこか納得できていない様な表情が気になり、近づいて小声で尋ねてみてもジュリは少しだけ考え込み「多分気のせいだと思う」と言って引っ込んでしまう。
「あ!お父さんもいる!ねえ!ボードゲームで遊ばない?実家から持ってきた人生ゲーム!みんなで遊ぶこともあるかもって持ってきたの」
「そんなものを持ってくるぐらいなら、女学院から出されている宿題でも持ってくればいいだろうに」
「ねぇねぇ!みんなもしよう!嫌な事を言うお兄ちゃんは混ぜてあげません!」
「なら宿題は一人で片づけられるんだな」
「ずるい!それを引き合いに出さないでよ!」
「ソラ!俺の分の宿題も頼む!代わりにやって」
「お前のは他力本願っていうんだよ。宿題ぐらい自分でしなさい」
「だって!俺だけ他の人の三倍は宿題が出てるんだよ!不公平だよ!」
「お前が夏休み前に学校で筆記の課題を無視するからだよ。あれを真面目に提出していたら課題が増える事も無かっただろう?」
「ソラがしてくれないからだよ!」
「その話!担当教官に言い訳として言わなかっただろうな!?」
「言いました!そして普通に怒られました!」
「当たり前だ!後奈美!今顔に「そっか。お兄ちゃんに宿題をしてもらえばいいんだ」という言葉が書いてあるぞ!」
「そ、そんな事思ってないもん!お、お兄ちゃんが宿題をやってもらえればいいななんて思ってないもん」
「奈美。宿題は自分でしなさいよ」
母さんからくる無慈悲な言葉を前にして奈美は言葉のトーンを一段階ほど落とされる。
俺は念を押す形でレクターに「お前もだぞ。自分の力でしろ。見せないからな」と念を押しておく。
俺達のやり取りの目の前で父さんとジュリが人生ゲームルールブックを確認している。
嵐は勢いを増し、止まる事の無い雨風を前にしてどこか不安が心に影を落とす。