それでも前を向いてみよう 4
他人の不幸を楽しみに生きてきたキューティクルからすれば人間が必死になるという完成はよく理解しているつもりだが、そこには命に不幸になって欲しいという気持ちが存在している。
だから目の前にいるギルフォードが必死になって自分に襲い掛かってくるという感性を理解しているつもりだが、彼の必死という気持ちに籠っているのは生きることへの必死さではなく単純な怒りだった。
だから本当の意味ではキューティクルは理解できておらず、こうしている間もギルフォードが襲い掛かってくるという状況が理解できなかったが、ギルフォードからすればキューティクルの不気味さは今まで感じたことが無いほど。
怒りを表現しているが、その心の奥では不気味さを払拭したいという感情が存在している。
ボウガンはまだ『元人間』であった分まだそこまでの不気味さを感じなかったが、彼女の場合完全に人間なのかどうかすら分からない。
そこに知れなさを前にギルフォードは速やかに決着をつけたかったが、キューティクルは思いのほか戦いを楽しむつもりであり、長引かせようと意図的に動き回っている。
しかし、ギルフォードは確信しつつあった。
キューティクルは間違いなく魔物達をコントロール下にいれており、適度にコントロールを行っている。
そして、黒い玉は武器であると同時にキューティクルにとっての目でもある。
その都度攻撃を仕掛けてくるたびに黒い玉は必ず三つは彼女の近くに残っている上、彼女の周囲で死角を無くすように配置されている。
ギルフォードが攻撃をお見舞いすると、彼女はどんな死角と思われる場所からの攻撃を回避または防御してしまう。
まるで周りに目が付いているように回避してしまうのだ。
死角を潰しながら移動して距離を詰めようとするが、魔物がその進路を妨害するように攻撃を仕掛けてくる。
そう思うとギルフォードは攻勢に出れない。
絶妙な距離感がお互いの間にあり、それをキューティクルはそれを維持しようとしている。
戦いの中でキューティクルはふと不自然さに気が付いた。
普段ならこれだけ戦えば大体の人間は精神的にブレていくものだし、何よりも心の隅っこでも諦めそうになる。
しかし、ギルフォードは諦めるどころか闘志が燃え上がっている。
困難を前にして立ち向かおうとする人間の意識が本当の意味でよく理解できないし、何よりそんな人間を見たことが無かった。
永遠を生きるような存在からすればそもそも、有限の中で生きる事しか出来ない命を理解する方が難しいと判断していた。
しかし、それこそがキューティクルと他の不死の軍団のメンバーとの根本的な違いである。
人間を理解したいメメントモリ。
人間に近い存在であるからこそ人間を理解できるボウガン。
人間から信仰を受ける対象であるからこそ人間が理解できてしまうカール。
しかし、そんな彼らと違いキューティクルは人間を模しているというだけで、生まれから育ちまで全てが人間とは程遠い存在である。
だからこそ人を本当の意味で理解したいわけでもなく、人間が理解できるわけがなく、人間の理解から程遠い存在でしかないキューティクルは一番人間から遠い化け物だった。
(なんなの? どうしてこれだけ実力の差がはっきりしながらこの男は真っ直ぐに襲い掛かってくることが出来るのだろう?)
キューティクルは分からない。
ソラやギルフォードのような存在からすれば目の前にある壁は乗り越える。
それは本人達からすればそれ以外に生き残る方法が無かったり、そういう性格だったりするからだ。
ギルフォードの場合は生き残るためには目の前にある壁は乗り越えるしかなかったし、ソラからすれば壁は常に目の前に有りその壁を乗り越えるしか皆を守る事が出来なかった。
そういう人達からすれば目の前にある壁にぶちあった時、どうやって壁を乗り越えるのかをすぐに考えてしまう。
(おかしい……いつもなら)
そう考えている間に隙を作ってしまったキューティクルへと炎の玉を放出するギルフォード、炎の玉を黒いシールドで打ち消すが今度は左右に分かれるように炎の斬撃がやってくる。
(またこの攻撃……バッカみたい)
炎の斬撃斬撃攻撃をジャンプで回避するが、今度は真上からやってくる斬撃攻撃をシールドで防ぐ。
(こんな攻撃に意味なんてあるわけぇ?)
しかし、彼女は気が付いていなかった。
視界の殆どを塞いでしまった彼女は正面から迫りくるギルフォードにまるで気が付かず正面のシールドを解除してしまう。
だから眼前に迫ってくるギルフォードへの対処に一歩遅れてしまい。
ギルフォードは双剣に込めた火力を最大まで高め、最大の一撃がキューティクルを襲うと一番の爆撃がキューティクルの姿を隠す。
ギルフォードは一旦距離を取って構えなおすと爆炎の中から悪魔のような姿へと変貌したキューティクルが姿を現し、火傷の痛みに耐え凌ぐキューティクルは目を大きく開いて睨みつける。
「ふざけんなよぉ! この下等生物がぁ! 手加減してやっているのが分かんねぇのかぁ!? てめぇ程度のちっぽけな人間を殺すの何て時間が掛からねぇんだよ!!」
完全にキャラが崩壊しており、素のキューティクルが曝け出されてしまっている。
(こっちが素なんだな)
「人間なんてなぁ! 俺様の望み通りに動く人間であれば良いんだよぉ!!」
「キャラ付けや一人称が変わっているぞ」
「だからなんだよぉ! この姿をさらしたんだ! ぶっ殺してやる!」
周囲をまるで考えない一撃をお見舞いしてやろうと両手に最大値まで自分の力を集めてぶつけようとするが、それにいち早く適応したギルフォードはその攻撃を遮ろう炎の斬撃をお見舞いする。
流石に火傷を負っている身で攻撃を喰らいたくないと判断したキューティクルは攻撃を回避するが、その隙に距離を詰めたギルフォードが再び最大火力の一撃をお見舞いした。
「ふざけんなぁ!」
攻撃を喰らう瞬間にそう叫んでいた。
手ごたえがあったがその前に爆炎が上がる中何かが立ち塞がったような感じがしてしまっていた。
すると真上の階からキューティクルの怒号が聞えてきた。
「ふざけんなぁ! お前なんかいなくても何とかなったんだよぉ!」
「俺にぶつかるな。それに何とかならなかった。死ななかったとは言え、敵に捕まっていた可能性は否めない。それに……」
ボウガンがキューティクルを回収していたようで、脇に抱えていたキューティクルを下ろしながらドスの強い目つきでキューティクルを睨みつける。
「俺はやり過ぎるなと言ったはずだ。それを無視して強大な一撃をお見舞いしようとし、その上楽しんでいる間に状況が見えなくなる。お前達に命じた命令はあくまでもこの計画が上手くいくように誘導することで、それ以上は命令されていなかったはずだ。そこまでして不死皇帝を怒らせたいのか?」
今までギルフォードが感じたことがないほどの殺気を放つボウガン、それに対してキューティクルは明らかな怯えを見せている。
「一旦引け。実験が成功するまでは俺が時間を稼ぐ。先にカールと合流しろ」
キューティクルは最後にギルフォードを睨みつけてからその場から瞬間移動で姿を消した。
まるでそれと入れ替わるように上の階からボウガンが降りてきた。
「交代だ。そういえば吸血鬼としてお前と戦うのは初めてだったな」
「関わらないんじゃないのか?」
「仕方がない。うまく役を演じることも出来ない馬鹿野郎でな。それに……俺個人としてもお前を見極めたかった」
ボウガンは両手を開きながら呟いた………「俺を失望させるなよ」と。




