神 7
バルグスは薄っすらと覚醒しつつある意識の中、目の前で自分に怒りを向けるソラ・ウルベクトの姿、そしてその怒りの理由が何なのかがはっきり分からないまま、バルグスは直前の記憶を呼び覚ましていた。
キューティクルと名乗る人物の目の前で自分が化け物に変わっていく光景を、その隣で同じく化け物へと変貌するアベル・ウルベクトを思い出し、次第に意識が少しずつではあるがはっきりするようになる。
そして、自分の中にある記憶が頭の中で繰り返されていくと、ソラの叫び声がはっきりと分かるようになった。
「ふざけるな! それは俺や師匠や父さんへの復讐かもしれないが、そんな復讐にお前の奥さんや息子さんを巻き込むな!」
自分が復讐をしたいと思った切っ掛け、その理由は理不尽な理由で家族が奪われそうになり、その原因が自分の行動だったという現実に受け入れられなかったからだ。
ふざけているとバルグスは今更そう思ってしまう。
自分の行動の責任を取りたくないだけで、嫁や息子を巻き込んだのだと今更落ち込んでく。
何より目の前にいる少年に無意味で理不尽な怒りをぶつけた。
「殺したのも! 人生を滅茶苦茶にしたのも共和国だろうに! それでもお前が誰かを憎みたいというのなら最後まで付き合ってやるさ! でもな……そんな復讐に、筋違いの行動にお前の大切な人を巻き込むな! 何より……今のアンタの姿を見て二人は何を想う!?」
そうだ………全部共和国が悪いのだと分かっていたし、それでも一度信じた道を覆すのが怖かった。
嫌、はっきり言えば……裏切る度胸何てどこにも存在しなかった。
自分の身を案じて結果大切な人を失ったのに、その理不尽な怒りを目の前にいる少年にぶつけたのに、それでもソラはそれを受け入れようとしていた。
ソラにとって理不尽な事でさえもそれでバルグスが立ち上がるきっかけになるなら立ち向かう。
そんなまっすぐさですらバルグスには眩しすぎる。
バルグスの目の前に奥さんと息子が立っているように見え、その二人は蜥蜴の化け物のようになってしまったバルグスを見下ろしている。
『見ないでくれ! こんな………他人の人生を滅茶苦茶にしようとした化け物を…』
見苦しい生き物になれ果て、理不尽で怒りを増幅させて誰かを不幸にした化け物。
身も心も何もかもがこの姿に相応しいと思ってしまう。
『今の自分は君達に会う資格すらないんだ………』
一人心の奥で閉じこもるとソラの声が更に聞えてきた。
「強くあれ! 何より心で負けるな! 父さんに負けて! 師匠に負けて! それでも心で負けるな! どんな時だって這い上がってきたじゃないか、ここまで来たんだろ!? 例えそれが利用するための行動だったとして、それでもあんたは………また立ち上がったはずだ! 自分の心に強くなれ!」
どうしてと思ってしまった。
ソラを貶めようとし、復讐の為に手段を選ばなかった醜い化け物にどうしてこの少年は手を伸ばすのだろうと。
『分からない? 忘れちゃった?』
奥さんがバルグスに語り掛け、息子は優しく微笑む。
『父さんの所為じゃないよ全ては巡り合わせなんだ。なるべくして起きたことだから…』
『『あなた(父さん)は自分を責めないで、自分の信じた道を進んで』』
今更許してくれたことを嬉しく思う。
それがたとえ誰かが仕組んだ嘘なんだとしても、自分が見せる幻なんだとしても。
バルグスは二人に抱きしめて涙を流した。
『お前達を……救おうとしなかった私を……許してくれ』
救おうとしなかった。
手段何ていくらでもあったはずなのに、出来ないと始めっから諦めて、行く人全てを不幸にしてそれでも生きてきた。
死ぬのが怖かったから、でも生きればい来るほど迫りくる自分を迫たいという気持ちから逃げるように生きた。
「今あんたはまた負けた! ならまた立ち上がれ!」
ソラの剣はバルグスの心に蔓延る化け物としての心を切り裂いた。
清々しくそれでいてどこか晴れ晴れとした気持ち、抱きしめていた二人は微笑みながら消えていく。
『『いいんだよ……許しても』』
意識ははっきりしていきバルグスはようやく目を覚ました。
バルグスが地に伏して動かなくなったのを俺が確認すると、俺は振り返ってバルグスの様子を確かめようとする。
すると、バルグスは自分の意思で立ち上がり俺は警戒しながら緑星剣を握りしめるが、バルグスの魔物としての顔を見て俺は安心した。
その顔は今までで一番いい顔をしていたから。
「ありがとう。君の心が私を救ってくれた」
「何もしていないよ。お礼ならこの子に言ってくれ。この子が俺にあんたの記憶を見せてくれなかったらこんな行動しなかった」
俺は肩に乗って楽しそうにしている小人を指さす。
「それでもだ。君の心が私を救った」
「………別にいいけど。もうちょっと待てくれないか? レクトアイムっていう竜がいれば人間に戻れるらしいんだ」
「必要ない………」
バルグスは人間に戻る事を拒否した。
俺は驚きながら目をパチクリさせてしまう。
「これは私の罰だ。この姿でいれば私は忘れない。自分の罪を………これは罪に対する罰なんだ。それに………この姿も少しは気に入っている」
優しく微笑むバルグスを見て俺はこれなら大丈夫だなと確信する。
しかし、この場合バルグスは人間なのだろうか?
なんて想像していると隣からレクトアイムの声が聞えてくる。
「一般的に魔物化した人間が強い精神力で自我を保ち同化させた姿を亜人といいます。獣人族も元をたどれば魔物化した人間なのです」
俺は驚きのあまり心臓が口から出るのではと思わせるほどの衝撃を得て、右隣を見るとそこには間違いなくレクトアイムが普通に浮かんでいた。
「いつからそこに!?」
「先ほどですが? そのままでいたいというのならあえて戻しません。それも一つの答えでしょうからね。それに見た所肉体が若返っているようですし、もしかしたら新しいお嫁さんでも見つければ種族を反映できるかもしれませんね」
「それも………いいかもしれないな。君達は助けに来たのだろう? この戦いの間だけでいい……私にも協力させて欲しい!」
深々と頭を下げるバルグスに俺は黙って右手を伸ばした。
そんな風に畏まれると困るし、何よりこれから一緒に戦おうとしているんだむしろ仲間として対等な立場でいたいんだ。
バルグスは少しためらっていたがゆっくりと俺の手を握りしめた。
俺よりはるかに大きな手、鱗の生えていない熱い皮膚越しにでも感じる温かさ。
「こちらこそよろしく頼むよ。これでもあなたの事戦力として期待しているんだ」
「勿論だ。助けられた分きっちり仕事をして見せよう! この体の特徴を掴むまで時間が掛かりそうだが」
体の様子を確かめているという事は、やはり本調子とは程遠いのかもしれない。
「人間時代とは体の感触や感覚が違うから少し困る。特にこの尻尾……操るのに時間が掛かりそうだ」
人間には存在しない感覚だけに難儀しており、取り敢えずと俺達はジュリの様子を見に向かうと丁度作業を終えたジュリと鉢合せになった。
最初こそバルグスに驚いていたが、俺が事情を説明すると直ぐにバルグスに握手を求めた。
バルグスにとってこんな風に対等に接することが珍しい事なのだろう。
「君達はこの施設の最深部に行きたいのだろう? なら簡単だ。先ほどの道を真っ直ぐ進んで行くと大きなエレベーターがあるからそれで降りるだけだ。最も相手が何か策をしているかもしれないが」
「それは行ってみないとな。神を造ろうとする計画……聖女アンヌが犠牲になる前に止めないと……」
俺達はバルグスと共に元の場所に戻る為に移動を始めた。