最後のチャンスを自分に 11
突然目の前に現れたその黒い人のような存在、身長は約百六十メートル前後とそこまでの高さではないが、なんというか黒いという特徴以外に目立ったものがない。
というか、そこに視認できるまで存在を……何より俺達は今になってもエコーロケーションで感知できていない。
そこに立っているというだけなのだろうが、存在を認識できないし存在を立体的に見ることが出来ないという異彩を放つ存在。
あれが……無?
全身の神経が危険信号を放つが、それ以上に恐怖からか体が上手い事動かない。
しかし、全身が「動け! 戦え!」と叫んでおり、俺は恐怖を押し殺して星屑の鎧を呼び出し身を包んで本物の緑星剣を呼び出して斬りかかろうとする。
無に当たろうという時に攻撃がすり抜けてしまった。
いやすり抜けたというよりはまるでそこに存在していないかのような手ごたえで、俺は拍子抜けしてしまうが、無は体が発光すると俺は師匠が俺の体を強めに掴んで後ろに飛ぶ。
大きな爆発と共に無の周り半径五メートルが消し飛んでおり、俺と師匠は転がりながら地に伏していた。
全身に痛みが走るが、爆発のダメージを俺は咄嗟に召喚した太陽の鏡で防ぎ、師匠は大剣を召喚し相手に向ける。
「あいつ! まるで手ごたえがない!」
「気を付けろ。あれはあそこに見ているというだけで、存在はしない。しかし、お前は存在しない存在を斬る手段があるはずだ」
俺は首を傾げて真剣に悩んでみたが、まるで見当がつかないので師匠に向かってキョトンとしながら見つめてみると、師匠は激しいほどの大きなため息を吐き出す。
どうやら多少失望させたらしいが、この程度で俺の師を降りる人ではないので気にしないことにし、俺は本当にまるで見当がつかない。
そんな特殊な力を期待されても困る。
俺の竜の欠片はあくまでも異能の極端な耐性を鎧や剣という形で貶めている者で、竜の欠片はそこから派生した力を持っている。
しかし、あんな存在しないモノを斬る力は無いと思う。
「ソラ……完全に存在しないならあれはなんだ?」
優雅に存在しているその無をジッと見つめるが、そう言われればその通りだと思った。
あれはなんだろう?
「完全に存在していないわけじゃないが、普通の攻撃手段が通用しないのは確かだ。しかし、お前は違うだろう? 普通ではないモノを斬る力がある」
「異能殺し……じゃああれは…」
「完全にそうだと断定できるわけではないが、普通ではないという事は異能の可能性が高い。私が陽動になる……試しに切ってみろ」
俺は改めて緑星剣を握りしめ、無を強めに握りしめる緑星剣の剣先を確かに向け、支障が走り出したタイミングで俺も走り出す。
師匠の行動を常に先読みしながら師匠が敵の攻撃を大剣で捌き、一旦後ろに引いたタイミングで俺は緑星剣に『異能殺し』を付与してから斬りつけるのだが……無は俺の攻撃は『避けた』のだ。
俺は避けたという事に驚いたが、それは逆を言えばこの無が避けなくてはいけないような攻撃が出来たという事だ。
その時無の頭の天辺が口のように開き、そこから無数の光が弾丸のように打ち上げられ、俺と師匠を襲う光の雨となる。
俺と師匠は一旦バックステップで距離を取り、光の雨の攻撃を俺は太陽の鏡で受け止める。
そんな時だった無に向かって炎の柱が無数に渡って襲い掛かり、こっちにまで襲い来る熱風に俺は心当たりがあった。
「これが……無。妹のいるこの街を滅ぼさせない!」
「ギルフォード!? どうしてここに?」
「こいつの出現を聞いてな。他にも来ているぞ」
そう言われると光の弾丸が無に向かって放っているケビン、影を操って無に攻撃を加えるジャック・アールグレイの二人が現れた。
「ソラ手伝います!」
「私は仕事だ。あと私の部下を殺されてはかなわない」
ケビンはともかくジャック・アールグレイの方は少しぐらい可愛げが欲しい。
「少しぐらい可愛げのある事は言えないのか? ギルフォードの方がまだ可愛げがあったぞ」
「お前は天敵にそんな事を気にしているのか? そこのお嬢さんに可愛げがあるのかと問いただしたくなるがな」
「あなたのような人間よりましです。そもそも部下がいなかったら助けに来なかったのですか?」
「フン…その男の事だ逃げているだろうに。ソラ……お前の攻撃が相手に通用するのならこの事態を解決できるかもしれない」
ギルフォードと会話をしている傍らでケビンとジャック・アールグレイが言い争いに似た何かを繰り広げており、俺とギルフォードは完全無視を決めて作戦を立てていた。
無の周りが多少歪んで見える。
俺は師匠に「あれは?」と尋ねた。
「………マズイな。この辺り一帯を消し飛ばすつもりかもしれん。そろそろ決着をつけないとヤバイな。遥か昔は国そのものを消滅させたほどだ」
「やろう……ジャック・アールグレイだけは帰ってもいいぞ。どうせ大統領から金をせしめるんだろ?」
「そうなのですか?」
ケビンが物凄い睨みをジャック・アールグレイに向け、ジャック・アールグレイの方は「やれやれ……これだから首輪の掛かった犬は困る」と皮肉を込めたメッセージを送る。
このやり取りにいい加減飽きたので俺が真っ先に走り出そうとするが、ギルフォードが真っ先に動き出し始めた。
「さっきの手順でやるぞ。俺達が奴の気を引く。あいつがどんな形で周囲を認識しているのか分からないが、目視では無い事は確かだろう」
すると今度は師匠までもが走り出し始め、それに続けとばかりにケビンとジャック・アールグレイが走り出し始める。
何か俺だけ置いてけぼりを喰らった気持ちになり、急いで動き出し始める。
光の弾丸。黒い刃の斬撃攻撃。両腕を鞭に変形させた攻撃などあまりにも多彩な攻撃方法が俺達に向かって襲い掛かってくる。
周囲に散開し、ギルフォードが炎の槍を連続で相手に向け、ジャック・アールグレイは影を使った攻撃で相手の視界を潰しにかかる。
しかし、やはり無に視界は無いようで、俺の位置がばっちり分かってしまっている。
どうやって周囲の状態を認識しているのかと思わせてくれるのだが、師匠は竜撃土の型を使って周囲に足場を作っていき、俺とケビンはその足場を移動しながら相手のスキを伺う。
多彩な攻撃を掻い潜っているとドンドン周囲の景色が歪んでいくのが見えた。
もう時間があまりない。
「ソラ! 私に策があります! 合図を送ったら突っ込んでください」
ケビンの一声に俺は黙って頷き、ケビンからの合図を待っているとケビンは両手を前に突き出し、掌から攻撃性の無い光を放ち始める。
ケビンが「今です」という言葉を合図に俺は突っ込んでいき、ギルフォードとジャック・アールグレイと師匠が相手からくる攻撃を捌いてくれ、俺の血路が開かれている。
どうやら敵はケビンが放った光によって錯乱させられているらしく、俺の正確な位置がつかめていない。
俺は『異能殺し』を纏わせた状態で緑星剣を縦に斬りつける。
無は断末魔を上げながら収束し消えていった。
俺が疲れ切って地に伏しているとジャック・アールグレイはパーフェクトソルジャーの中から赤い石を探し出して取り出す。
「これが原因だな。全く……禁忌をなんだと思っているのかね」
その赤い石を黙ってギルフォードの方に投げ、ギルフォードはその石を炎の槍で破壊する。
「俺の方に投げるな。それに……」
「あなたが言いますか? あなたは金もうけの為なら禁忌を破りそうですが」
「ケビンに同意。ギルフォードや俺なんかはそれでも一線は守るけどお前は守りそうにないよな」
ジャック・アールグレイは「失礼だな」と呟きながら立ち去ろうとする。
師匠はどこか浮かばない表情を浮かべていた。