千羽鶴の願い 5
ソラとエアロートとシャインフレアの三人だけが部屋から出ていき、カールは取材をしたいと室内に残った。
「で?お嬢さんはどうして室内に残ったのかね?」
「ジェノバ博士は星屑の英雄について知っていますか?」
「その話は本人に聞くのがよかろう。何故儂に聞く?先ほどの少年に聞けば済む話じゃ。何か聞きにくい理由でもあるのかの?」
言いにくかった。
あの辛そうな表情を見てしまったら、その表情の奥にあった背景を本人に聞くのがどうしても怖くなった。
表情からジェノバ博士は何を察したのか、小さく「やれやれ」と呟きながら椅子に深く腰掛ける。
「儂が知っている話はさほど多くは無いぞ。それでもお前さん達よりは知っておるじゃろうがな。お前さんはクーデター事件について知っておるか?」
「あの革新派が起こしたクーデター事件ですか?確か主戦派と一緒に十六年前にある事件を引き起こしたとか?向こうの世界の三十九人が犠牲になったとかぐらいなら……」
「そうか。ならあの少年が四十人目というのは知っておるかね?」
カールは生唾を飲み、ペンを握る右手に汗を掻き始める。
ジェノバ博士の言う四十人目という言葉の意味、その先を聞くのが途端に怖くなっていった。
「あの少年は三十九人の同級生であり、彼らが選んだ英雄。三十九人は星屑の英雄であるソラ・ウルベクトを覚醒させる為の生贄に選ばれたとかの。それぐらいの話じゃよ。あの少年は辛い事、苦しい事を背負いながら生きておるんじゃよ。お前さんの同情心なんて望んでおらんじゃろう」
「………普通の人間なら耐えられないでしょ。何故あの少年は他のお友達と共にああやって生きられるんですか?」
「さてな………儂にはその辺は分からんよ。それこそ本人に聞くことが一番早かろう。儂はこれ以上深入りするつもりも無いしな」
ジェノバ博士は不意に立ち上がる。
「そろそろ去ってはくれんかな?お前さんがこれ以上儂から聞きたい話も無かろう?儂から聞いた話なら勝手に記事にしてもかまわんよ。どうせ軍の奴らが勝手に調べ上げるのじゃからな」
カールは追い立てられるようにホテルの客室から出ていった。
「………こんな話記事に出来るわけ……」
そう呟きながらカールはトボトボとホテルから出ていくために歩き出した。
ソラがホテルのロビーまで降りる為にエレベーターに乗り込もうとした所で、エアロードが通路の影に置かれている植木鉢をじっと見つめ始める。
「どうしたんだ?近くで食べ物食べるって約束だろ?」
「そこの物陰に三人ほどいるぞ。多分レクターとジュリと奈美じゃなかろうか?」
ソラは聞こえるようなはっきりしたような声で「そこに隠れている者達。出てこないかね?」と尋ねると、レクターを皮切りにジュリ、奈美の順番で崩れ落ちてい。
「で?どうしてここにいるんだ?」
「えっと………レクターさんが気になるから追いかけようって!」
「ちょっと!裏切らない!奈美ちゃんだって気になるって言ってたくせに!!」
レクターと奈美が小声で喧嘩し始め、ジュリがソラの近くまで近づいていく。
「本当はね二人が怪しいって話をし始めて………私が監視役ならって付いてきたの……」
(監視役と言い始めた人間に心当たりがあるな…………エリーあたりだろうけど)
ソラは大きくため息を吐き出し、エレベーターのボタンを押す。
「もう用事が終わったから帰るぞ……近くで食事をするけどお前達もついてくるか?」
「?そういえばソラ君。そちらの竜は?」
「ああ、光竜シャインフレア。ある理由からこの後食事を奢る約束をしてしまってな。ついでにエアロードも食べるといい始めるから」
「私の方がついでなのか!?こっちがついでじゃないのか?」
「あなたの日ごろの行いの悪さでしょ」
ソラ達は取り敢えずホテルから出ていこうとする。
俺達は歩いて三十分のレストランの中へと入っていくと、外の席の1つに座って俺から時計回りでジュリ、レクター、奈美、シャインフレア、エアロードの準備座りこむ。
取り敢えず、二人の竜にはおいしそうなパフェを選んでやった。
「奈美は何を食べるんだ?」
「う~ん。でも夕食もあるしなぁ……ここで食べたらなぁ」
レクターは特に気にした様子もなくメニュー表からチョコレートパフェを選ぶというKYを発揮してくれる。
この男は俺が奢ると調子に乗って。
「そういえばさっきサクトさんがいらっしゃてね。アベルさんが休めるようにって変わってくれたんだって」
「じゃあ父さんは?母さんの所にでも?」
「うん。デートの続きをするって意気込んでいるけど」
ならいいか。二人の時間を邪魔するのもあれだしな。
「そういえば。さっきの話を続きじゃないけど………あの槍を造った海竜は今でも海洋同盟にいるのか?」
「いいえ。今は向こうの世界の東南アジアにいるはずですよ」
俺の表情が「なんでだよ!」と突っ込んでいる。
なんで竜が向こう側に住処を構えているんだ。こっちに帰ってきなさい。
「珍しくも無いぞ。何人かの竜は未だに向こうで遊んでいるようだしな」
「帰ってこいよ。旅行感覚で向こうに残っているんじゃなかろうな?」
「まあ、私達竜からすれば世界を行き来することはさほど難しい事ではありません。エアロードが出来るように私にも簡単にできます。こっちより向こうの方が居心地がいいと感じてしまうのは仕方ない事でしょう」
シャインフレアは羽を折りたたみながらやってくるであろうパフェに心を向けており、エアロードに至っては想像して口から涎を流している。
俺は食事をする気にもならないので俺はアイスコーヒーを注文、ジュリはアイスカフェラテを、奈美に言った手はオレンジジュースを注文する。
テーブルの上に置かれた大きなガラスのパフェ瓶、入れ物の大きさだけで七十センチはありそうだ。
もう見ただけで胸やけがしそうな気がする。
「よくそんな食べ物食べられるよなぁ………」
一周回って感心すらしてしまう中、奈美は何を思い出したのかポケットを探り始める。
「お兄ちゃん!子供達からお兄ちゃんにこれを渡してほしいって」
そう言って突き出される右手の下に俺の右手を広げる。
俺の右掌に落とされたのは手のひらサイズの折り鶴だった。
「教えてくれたお兄ちゃんに「ありがとう」って。あの子達本当に感謝してたよ」
「あの千羽鶴はどうしたんだ?」
「ソラ君が折ってた?あれなら大学前に供えたよ。子供達みんなでね」
俺は小さく「そっか」と呟くのだが、何が「そっか」なのか俺自身がよく分かっていない。
千羽鶴の願い事、俺が何を願うのか。
(堆虎達なら何か分かるのかもしれない。堆虎達なら教えてくれるのだろうか?)
俺に託して死んでしまった彼女達、俺が英雄として歩く上では語らずにはいられない。
「生きるって難しいよな」
「?何いきなり。どうしたの?」
「いや、時折思うんだけど。生きるって事が難しいって思う時があるんだ。命って簡単に失われるし、今を生きる事に一生懸命になる人間だっているわけだろ?」
紛争地での少年兵なんて西暦世界でも別に珍しくも無い。
今を生きる事が難しいというのは俺だってよく分かる話だ。
「少年兵とかよく聞くね。戦場でしか生きられ無い人とか、病気で明日を生きることが分からない人だっているって聞くもんね。奈美ちゃんもそれぐらいは聞いた事あるんじゃない?」
「うん。でもどうしていきなり?」
何故だろう?
堆虎達の事を思い出したからだろうか?それともドラファルト島の話を聞いたからだろうか?
いや、違う。
烈火の英雄の言葉はきっと心に残っているからだ。
「お前がそんな言葉を口にするな!」
その言葉が何を意味するのか俺はずっと悩んでいる。