最後のチャンスを自分に 3
露楼のガクトという名前を俺はよく知らなかったが、その名は師匠は知っていたようで、ガイノス帝国一帯ではそこまで有名ではないが、師匠が修行と向こうの大陸の情勢調査を兼ねて訪れていた際に聞いた有名人。
武術集団である『露楼』の中でも有名なガクトという細身の大太刀を使いこなす男がいると、そしてあまり表情に出さないその男は露楼という組織の所謂エースのような存在のようだが、この露楼という存在ただの武装集団では無い……と思うだろうが普通の武装集団でしかないこの露楼。
師匠は訳がありこの露楼に接触はしなかったらしいが、戦う事に対してどこよりもストイックな考えを持っているらしく、戦いで利益を得ようとはまるで思わないらしい。
それ故にかなりの気難しい人たちが多く、師匠も尋ねようとしたのを諦めた。
元々はガイノス帝国の辺境の地で生きていた一族が争う事のみに武術を極めようとすることに呆れ、去っていた者達が作った集団で、それ故に外見がかなり帝国人によく似ている。
ガクトが使用する大太刀は射程が長く大剣ほどの重さは無いが、日本刀などと比べると重量は増す。
その為『切る』という過程をトコトン突き詰めた日本刀とは違い、多少は『叩く』という過程を得ている。
長い大太刀を軽々しく扱うガクトという男、今回の大会のダークホースの一人。
ガクトが扱う大太刀の射程内はもはや『死の領域』と言ってもいいだろう。
使用ならあの領域の中で戦う事が出来るだろうが、まだ師匠の領域に入れていない俺が無暗に入れば間違いなく一撃で倒されるだろう。
だからこそ背中を嫌な汗が噴き出していき、俺はその汗を感じる暇もないほどに一歩先にある死の気配と必死で戦っている。
師匠とガクトの静の死闘はきっと頭の中でいくつものやり取りがあるに違いないが、周囲にいる人間からすればただ二人が黙って立ち尽くしているようにしか見えない。
先に動いたのは師匠、大剣を縦に握りしめた状態で音もなく正面に一歩踏み込み死の領域に入り込むと、ガクトは師匠を横なぎに襲い掛かるが、師匠はそれを体勢を低くして回避、足元を吹っ飛ばすかのように横なぎの一撃を繰り出す師匠。
ガクトはその攻撃をバックステップで回避するが、その瞬間に俺が師の領域に入り込んでしまう。
バックステップで死の領域から逃げるかと考えたが、それをすれば相手に隙を見せることになると気が付き、俺はあえてダッシュして相手との距離を詰める。
まずは相手の攻撃を確実に回避する事だけを考え、ガクトは背中から襲い来る俺に対して大太刀を縦に斬りかかろうと降りかかるが、俺はそこではまだ動かない。
縦に振り上げたから取って横に動けばフェイントに引っ掛かりそうだと判断。
実際男はあえて突っ込んでくる俺に対して何を想ったのか、後ろ姿ではまるで分からなかったが、一秒ほどの間を開けた状態で俺に向かって斜めに斬りかかろうとするが、この距離では横なぎに振れないのだろう。
男は俺が突っ込むのを辞めなかった事で予想していた行動がとれなかった。
俺は斜めからくる攻撃を避けようとはしない。
俺の目的はあくまで師匠が最大の一撃を放つ為の隙を作る事、緑星剣に風の斬撃を集めていき、相手の斬撃に俺の斬撃が丁度真ん中でぶつかるように切る。
風の斬撃を纏った緑星剣とガクトの大太刀がぶつかった瞬間、衝撃と斬撃による奇妙な音が響き渡り、俺の体は弾ける風の衝撃で後方に吹っ飛んでいきそのお陰で相手の攻撃から逃げることに成功した。
その隙に師匠は容赦なく大剣をガクト目掛けて叩きつけると、小さな小岩などが俺めがけて吹っ飛んでくるので俺はそれを緑星剣で叩き切る。
「ふざけんな! 斬るのは良いとして! 俺に被害が来るような斬り方をするなよ! 小岩でもダメージだぞ!?」
「その程度斬れないでどうする?」
「こんな状況でも修行みたいな状況やめてもらえます!? これ試合だよ!? 言っとくけどダメージを受けて回復する手段無いからね!?」
苦情を述べても師匠が聞くわけがなく、一番高い場所に上がると双眼鏡で南の方をジロジロと探し出す。
俺としては小さな足場、強いて言うなら足一本分ぐらいしかない狭さの場所で立ち尽くし、そこで周囲を見回す事が出来るのか不思議でならない。
まるで猿みたいな人だなぁと思う。
「今師匠に向かって猿みたいとか思ったか?」
超能力者みたいに心を読む師匠に俺は黙って首を振る形で拒否を示す。
「どうやら周囲十キロ圏内に人はいないようだな。都市部まで降りたか……ソラそろそろスキャンの時間だろ?」
師匠に言われてふと思い出す。
本選では予選以上に広く、定期的なスキャンが行われるのはそうでもしないと最悪接触しない場合が生じる為だ。
俺はブレスレットの機能で周囲に3Dマップを呼び出し、スキャンのタイミングを今か今かと待っていた。
そして、西から東にかけてスキャン結果が映し出されると俺はあまりの光景に声を失ってしまう。
師匠が「どうした?」と声を掛けてきた俺は小さく呻き声に似た声質で呟いた。
「………南方面は全滅。というか、開始一時間で半数が全滅している」
師匠が急いで飛び降りてきて俺のマップを確認すると、南の方に集中していたチームが全滅、生き残っているのは山脈で散っている俺達のような人間と、まるで都市部に集中している人間だけだ。
「……これがパーフェクトソルジャーの実力だろうな。南側は一時間で全滅させられたか。失格者の集まりが南中央に集中しているからな。恐らく南から北に行くために中心に移動したところで混戦になったか」
「だね。南は都市部を経緯しないと出られないから、そこでパーフェクトソルジャーの餌食になった。でも、まだ都市部は被害が出ていない所を見ると…」
「パーフェクトソルジャーを迎え撃つ為に都市部に集まっていて、パーフェクトソルジャーはそれを知っている為に一旦様子見と言った所か。それと……西の方ではまだ戦闘中だな。二組ほど強い面々がいるな」
「共倒れ………は期待できそうにないね。北の山脈一帯の人間は少なめだけど」
「降りたんだろうな。山脈は足場が割るからな。すぐに降りたがるだろうと思ってここで向かうと決めたわけだしな」
師匠は再び元の位置に戻りながらパーフェクトソルジャーを探し始める。
俺は3Dマップに表示されていたスキャン情報が消えたのを確認するとそっとマップを閉じ、周囲を見回す。
北中央目指して複数の橋がかけられており、どうやらあれを伝って行けばたどり着けるらしい。
「で? どうする? パーフェクトソルジャーと戦う? それとも西側に一旦向かう?」
俺としては西側に向かった方が良いような気がするが、師匠の事だから中央に行ってパーフェクトソルジャーと叩くとか言い出しかねない気がする。
「中央に行くとか言い出さないよね?」
「いや……やめておこう。あの状態ならまだ三十分ほどは膠着するだろうし、なにより少しあの戦いの結果を見てみたくなった」
師匠にしては真っ当な意見を言うものだと感心した。
「西に向かう?」
「ああ、西側の戦力を戦いて一旦中央の戦いを静観する。できれば誰とも鉢合わせにならないように移動したいな。ソラ。3Dマップを開いてくれ」
さっき言って欲しかったと思いながら3Dマップを開くと近づいてくる師匠、俺は「真っ当な事を言うね」と尋ねると師匠は小刻みに震えて答えた。
「………負けたら裸にされたうえで周囲に晒されるからな。これでも必死だぞ」
「だったら俺に小岩を飛ばすみたいな事を止めてよ!」