悪意ある悪戯 9
海と奈美が席を一旦外したのち五分後にはソラは草原地区が見える場所まで移動していた。
草原の見えるエリアだが、よく見ると所々に岩などの凸凹した場所が見えるが、その岩の上に座ってソラを睨みつけるような細めを向けてくるジャル。
そんな睨みに怯むソラではなく、むしろ睨み返しながら歩き近づいていく。
「君がここに来るのを今か今かと待っていたよ」
「そう思うのならそっちから近づいてくれば良かったんじゃないのか? 両剣使いのジャルさん………」
「そうか………バルト内紛での出来事を誰かから聞いたんだな」
楽しそうに岩から飛び降りると、ジャルは地面に突き刺していた両剣を取り出した。
柄の両サイドから伸びる両刃の剣、取り扱いが難しく西暦世界では実現していない武器だが、皇光歴の世界では完成させてしまえるという利点がある。
服は灰色のロングコートに動きやすそうな長ズボンとコートの中に簡単なシャツを着ており、とてもではないがその服が防御性に優れているとはソラは思えない。
「バルト内紛……か。懐かしいな。沢山殺したよ………それこそ数えきれないほどにね」
「あんたも殺した分だけ快楽を得るとかそういう気持ち悪い人間? そうなら……少しばかりアンタとの接し方を変える必要性があるけど」
「……誰だい? そんな面白い人間は…是非知り合いになりたいものだな」
真剣に言っているのなら本気で軽蔑できる話だが、その薄ら笑いが本心なのか、それとも偽りのものなのかはソラでもまるで分からない。
しかし、その真っ赤な瞳の奥にあるのはソラでもはっきり分かる………怒りの炎。
「何にそんなに怒っているんだ? 初めて会った時からずっと聞こうと思っていたんだ。俺に挑発したり、悪意のある悪戯を仕掛けてみたりと正直俺を嫌っているんじゃないかって思っていたけど。その内心には俺を蹴落としたいという気持ちは感じられなかったんだ」
ソラの素直な気持ちである。
「アンタが本気で妨害しようと思えば他に方法なんていくらでもあるんじゃないのか? それこそ悪意なんてレベルじゃないほどにさ。それこそ……バルト内戦であんたが悪童と呼ばれるほどに」
「………! アハハ! アハハハハ! アハハハハハハ! そうか………そこに気が付いたのか……? そうだな、銃撃の助言………いいやもっと大きなところかな? あの内紛は極秘裏に終わったからね。身内ですらあまり知らないほどにね」
「そうらしいな。あんたは内紛を終わらせる仕事を周辺国から受け、それをイミナルミィの仕事とて片づける為………『ある人物の殺害』に及んだ。それも秘密裏に……。一つ聞かせてくれ。あのやり方はお前の好みだったからか?」
ソラの睨みはきっと会場にいた誰もが背筋をゾッとさせるもので、実際会場ではそれだけで凍り付くような気持を味わった。
それはきっとその視線を向けられているジャルこそが一番受けている感覚だろうが、彼はそれ以上に楽しんでいるように思えた。
全員の心臓の鼓動が速くなり、ソラが握る剣の柄の部分に怒りから滲め出る汗が付着していき、ジャルは嬉しそうな顔へと変貌していく。
「……………ああ。その通りさ」
会場の全員が悲鳴を上げそうなほどの一撃をソラはジャルへと叩き込むが、ジャルはそれを両剣で受け止めて見せた。
至近距離で睨み合う二人、その姿は宿敵とか天敵なんて言葉では語りつくせないものがあった。
実際見ている多くの人はその二人の姿をこう捕らえた……………化け物VS化け物と。
「最初に会った時からどうも気に食わない雰囲気があったんだが………どうやら全てが気に食わないらしい」
「お前は聖人にでもなるつもりかね? それとも………本気でお前は人が救えると思っているのかぁ!?」
「どっちがお前なんだ? 会った時や今のようなチンピラのような姿がお前なのか、それともさっきまでの紳士的な姿がお前なのか………どっちだ!?」
お互いに弾き合い距離をとると、ジャルはチンピラのように見えつつもその奥にあるどす黒さを決して隠さない笑い声でソラに突っかかってくる。
「両方だよ! 使い分けているわけでもないけどねぇ! 楽しいだろ!? 紳士的な態度を見せた後の『騙したな』という顔がさぁ!!」
「貴様はとことん下種な人間なんだと分かったよ。どうやら手加減する必要もないらしいしな」
ソラは剣先を真っ直ぐにジャルの方へと向け、鋭い睨みと共に声を発した。
「お前は容赦なく、一片の余地なく叩きのめす!」
バルト内紛。
ガイノス帝国の大陸とは別の大陸にある小国がバルトであり、そのバルト内で起きた内紛をバルト内紛と呼ぶ。
ソラは昨日のうちにどうしても気になってしまったことを調べてしまった。
ある人物に頼んで調べてもらったソラ、そこに予想以上にどす黒い背景があった。
バルトという国はその昔から特に価値のある輸出品など存在しないし、海辺に面しているからと言って海産物が有名という訳でもない。
曲がりなりにもこの国が成り立ってきたのはこの国が貿易都市としての一面が存在したからだったが、バルト内紛の二年前に山中の鉱山で見つかったある鉱石が特殊な性質を持っていたからだった。
その性質とは特殊な波長の電磁波を浴びせると強力な熱エネルギーを生成するという点である。
それを使った最新鋭の兵器産業にバルト国は手を付けてしまった。
そこに目を付けたのが周辺国。
向こうの大陸では最大国家帝国と二番目の大国である共和国が戦争状態、そんな中に熱エネルギーを使った兵器。
所謂ビーム兵器を開発されてしまえば帝国や共和国がどう動くかなんて嫌でもよく分かる。
この状況で出てきた金儲けの種。
それを見逃す周辺国ではない。
バルトという国のある大きなマルト山を巡っての戦いは周辺国の代理戦争となってしまった。
それもそうだろう。
周辺国とすればいくら金もうけの種だからと言って直接周囲の国々に喧嘩を売りたくない、だからこそバルト国内で争ってもらおうと考えた結果起きた内紛。
しかし、内紛自体が予想以上に長引いてしまい、周辺国の金銭的な消費が予想以上になっていくと、さすがに困った事になってしまったという訳だ。
そこでイミナルミィの出番。
傭兵企業のような組織に複数の路線から依頼が同時に舞い込んだ。
それも全く同じ内容の依頼。
内紛を終わらせて欲しいという内容。
考えれば勝手な話であると周囲は思っただろうし、何よりイミナルミィとしては依頼料の多さで引き受けたが、それが無ければそもそも引き受けなかっただろう仕事だったのは確からしい。
その中で依頼を受けたのがジャルだった。
しかし、その依頼を彼はたったの二か月で終わらせて見せた。
しかし、そのやり方は非道なやり方だったことは確かで、戦場でひとしきり暴れながらも情報収集を行ってどうすれば戦いを終わらせることが出来るのかを考えた結果、ジャルは鉱山に集まっている勢力を鉱山ごと破壊するという事だった。
それも、当時鉱山で採掘をしていた作業員たち百人以上が犠牲になってしまったが、この結果バルト内紛は鉱石が採掘出来なくなるなるほどに追い詰められてしまったのは確かで、その結果バルト内紛は集結することになった。
その後バルト国内のマルト山の旧鉱山跡地では今でも慰霊碑に花束が献花されている。
しかし、誰も知らない。
この事件がたった一人の男の最低な気持ちから連なる事件なのだとは………たった一人の男を除いて知らない。
殺しに愉快さを見出したジャル、この時からイミナルミィはおかしな方向へと向かって進み始めていた。




