悪意ある悪戯 8
獣人族の男と交戦している最中、花畑にいたはずの人物が真直ぐ何の迷いもなく近づいてくるのが分かった。
単純に実力者だからなのか、それともただの馬鹿なのかなのはこれから判断する所だが、実力者かあるいは策のある人物なら少々手こずるかもしれないと内心不安に思いながらもそれを顔や口には絶対に出さない。
最もそれに意味があるのかと思えば無いというしかないが、この場合は相手が手を組むというのは実に嫌な策である。
しかしここに到着するのには時間が掛かるだろうし、その前に倒してとんずらをこきたいところだったが、目の前にいる獣人族の男はそれを許してはくれないようだ。
一旦距離を取って場所を移動したいところだが、背中を見せた所でそのまま切りかかってきそうな感じがしてしまう。
別段一瞬の油断が命取りになるような状況でもないが、ここで下手に油断しているとこの後に支障が出る。
油断せずにかつ迅速に片づけるのが適切だろうと判断、剣を改めて低めに構え相手が攻撃してきたタイミングのみに意識を集中。
全身からオーラでも放つのではないのかと思われるほどの集中力、それは相手に俺自身が異様な雰囲気に包まれていることを暗示させるが、そんな事は俺にはもう既に気にならなかった。
最大の一撃をカウンターに決めて、俺は周囲の環境を常にエコーロケーションで確認しつつ、敵の動きに全神経を集中させた。
『重撃応用技。集中の極み』
エコーロケーションで常に周辺環境を頭に叩き込み、敵が間合いに入ってきたと判断すれば脳を経由せず体が全自動で攻撃に入る応用技。
これを持続させられるかが実に難しい所で、初めて使った時は二分しか持続できず、師匠の攻撃にまるで反応できなかった。
この修行を俺はこの数か月ずっと毎日続けてきた。
獣人族の男はじっと動かずに堪えているが、俺の目的はまるで別の人物。
今の俺なら師匠の境地の一端に入り込めるだろう。
「て、敵は全部俺がたおすぅ!!」
間抜けな声が俺と獣人族の男の耳もとへと辿り着き、獣人族の男は後ろからやってくる男からの攻撃を避ける為一旦俺から距離を取り、間抜けな声の主……基どこかの軍人出身者は両刃直剣を俺めがけて振り下ろそうと真上へと構える。
獣人族の男はきっとこの間抜けな男を利用して攻撃する算段を立てたのだろう。
実際間抜けな男の後ろから俺に隠れるように走ってくるのが感覚で分かり、俺は間抜けな人物の攻撃を皮膚に当たるスレスレまで引き付けそのまま当たる寸前に攻撃に切り替えていた思考や体勢を強制的に変化させ、後ろへと大きなバックステップに変えた。
二人は間の抜けたような顔、振り下ろされる攻撃に、攻撃をどこにやって良いのか分からなくなる獣人族の男。
バックステップを繰り出したときの思考を更に変化させ、左足に力を込めて一瞬のような、それでいて刹那の時間の中俺は零距離で思いっきり剣を横に振った。
『重撃斬撃強化。竜撃無の型………零』
竜撃で唯一何の属性も持たない『無の型』、これは師匠でも知らない俺が独自に編み出した型。
横なぎに振るう際全身の筋肉を魔導の力で連動させ、瞬発的に本来周囲の環境を操作する竜の欠片や魔導機の力を全身の筋肉を操作に変え、それを本来人間出せない力まで強引に引き出す。
その為一瞬以下の刹那のような時間でこそ発揮できる一撃。
使うタイミングを見失えば大きな隙にもつながる危険な技、これをどうしてもこの他界中に試してみたかった。
俺が後ろを振り返ると倒れる二人の頭上に『失格』と書かれていた。
「………今のは?」
失格になっても喋る事は出来るらしい。
「………さあね」
俺はここで答えることはしない。
それも又勝負だろう。
ガーランドは見たことの無い技に首をかしげた。
「今の技はなんだ? ただの斬撃技じゃないぞ」
これを知っていたのは修行の最中見ていたジュリだけだった。
「確か竜撃無の型の『零』だったはずです。こっそり見つけたらしくて。その名の通り零距離でしか発揮できない技だった言ってましたよ。刹那のような時間の中で人間を超えた力を発揮することが出来る技だとか……」
「……聞いていない技をよくもまあ、しかもこんな土壇場になって」
「いいえ。この大会中に試したかったと言っていましたよ。し……ガーランドさんには言わなかったみたいですけど」
「何故言わない……やはり嫌っているからか?」
酷く落ち込むガーランドにジュリは優しく声を掛けた。
「単純に言ったら止められるとか考えたんじゃないですか? 本人も言っていましたけど。使いどころの難しい技って言っていましたし」
「確かにね。私が師匠だったら止めているわ。ガーランド君だって言っていたら止めたでしょ?」
サクトさんがさも当然のように尋ねるが、ガーランドは周囲の思いとは裏腹に首を横に振った。
「あいつが開発した技ならよっぽどでなければ首を横には振らんさ。それに聞いた限りでは面白い技だと思うしな」
周囲が意外そうな顔をする……酔っているアベル以外は。
「でも、これで後二人。問題の二人が残ったわね。さてと……森の中からでは二人の詳細な場所までは分からないでしょうね」
定位反響……エコーロケーションはソナーのような要領で周辺環境をまるで3Dマップのように頭の中に叩き込む。
心臓の鼓動を魔導や魔導機の力で変化させ、それが反響した際の距離でおおよその位置を割り出すのだが、このような森林地区では遠くまで届かない。
特にソラは竜の欠片で増幅している為、更に強力になっているが、それでも距離には限界がある。
遠くになると正確性が無くなる為、ソラは障害物が多いこの場所はまるでおおよその距離は分かっても詳細な相手までは分からない。
「ガーランド君としてはどっちが先が良いと思うの?」
「個人的見解で言えば苦労しそうな方を先に選んで欲しいが……どうなのだろうな。両方が自分に有利な場所で戦うつもりになっているし、ソラはこの際どっちが有利とかそういうのはまだ無いからな」
ソラは修行を初めてさほど経っても無い。
その上武器の特性上得意不得意というジャンル分けが難しい。
「竜撃の特徴上どっちでも戦えるからな。案外ベルクトの方が得意かもしれんが。あのジャルという男は私でも情報が無いからな。ただ広い草原では本当の意味で本人の実力が試される」
「ようするに?」
「どっちつかずな返答になるから、私の個人的選択肢で言えば先にベルクトで後にジャルだな。そっちの方が楽そうだ」
サクトが小声で「まあそうなるでしょうね」と呟き、他のメンバーも小声で話すが、結局のところでソラがどう選ぶのかは誰にも分からなかった。
川の近くで一旦休みながらどっちを選ぶのかを必死で考え抜いていた。
この際どっちがどっちなのかを考えるのはこの際無意味だ。
問題なのは俺個人の見解としてどっちが楽なのか……いいや、俺はどっちと先にやりたいかである。
正直に言えば先にジャルと戦いたいという気持ちがある。
とことん俺をバカにしてくれたあの男を先に叩きのめしたいという気持ちと、正直父さんや師匠のやり残しは後回しにしたいという気持ちがある。
あとまあ、二人の凝った時点で第二次予選には進出できるのでどっちかを確実に勝てばいいだけなのだが、正直に言えばジャルに勝ち上がって欲しくない。
ジャルが得意なのは草原、そう考えれば草原から動いていない方がジャルの可能性が高い。
「………決めた。草原に行く」
三十分ほどが経ち、海と奈美は下の売店で新しいジュースや食べ物を購入していた。
その間試合がどうなっているのか知らなかったが、自然とソラが負けるという事は想定しなかった。
だからだろう。
会場の中から声がまるで聞こえてこなかった事に違和感を覚えなかった。
特別観客席に戻ると酔っているアベル以外の全員がスクリーンを見ながら立ち上がり唖然としていた。
奈美と海は何が起きたのかとスクリーンを見ていると、そこにはHPケージ前回のソラがジャルに勝利していた。
しかし……その周りは真っ黒に焦げた草原だった事は二人には予想すら出来なかった。