悪意ある悪戯 6
大会初日。
予め予告されている複数ある会場では、球体型のスクリーンで予選中継が行われており、第一会場と呼ばれている開会式が行われていた会場では第一予選の中継が行われる予定になっている。
予選は四つある試合会場を分割して行われる予定になっていた。
ジュリ達は朝早くに出かけていったソラと違い、多少ゆっくりの速度で支度をしたのちにホテルを出ていくと、既に会場前はもの凄い人通りになっており、その人の多さだけでもソラの妹である奈美はげんなりしている。
その気持ちはジュリにもよく分かるし、右隣でエアロードとシャドウバイヤとポップコーンの取り合いをしているレクターも同じような顔をしていて、海だけは比較的おとなしい顔をしていた。
海がスマフォを弄り始める。
「お父さんが中で席を用意しているから一般客用の出入り口は行って来いって」
「ええ……要人用じゃダメ? あの中を嗅ぎ分けて突き進むのすごく嫌なんだけど」
海に不満の言葉を告げるレクターだが、海は奈美の右腕を掴みながら人混みの中を突き進む。
迷いなく進む海に嫌そうにしている奈美、ジュリはレクターの右腕をしっかり拘束し人混みの中を突き進む。
そんな中、ジュリとレクターは街角で歌っているアイドルを見つけ出した。
「キューティクルちゃんでぇーす! 皆ぁ! 今日は最後まで楽しんでいってねぇ!!」
「「「キューティクルちゃーん!」」」
複数の野太い声が聞えてくるが、ジュリは特に興味なくその場をあとにしていく。
玄関口でパスカードを見せて金属探知機を念の為に通り過ぎ、廊下を歩いていくとエレベーターで特別観客席へと移動して行った。
特別観客席。
高い料金を払う代わりに邪魔されずに楽しむことが出来る席、アベルやガーランド達の師匠が予め購入しておいてくれたらしく、今日から武術大会の全日程はここで見ることが出来ると奈美は興奮していた。
「肝心のアベルさん達のお師匠様は帰っちゃたの?」
「らしいよ。用事は終ったっていていたけど? その後アベルさんとガーランドさんは物凄く嬉しそうだったけど」
その姿を想像できないジュリ、しかしソラからの話で二人が師匠を苦手にしているという話は聞いていた。
「でも、第一予選でソラが負けたらやってきてアベルさんとガーランドさんは素っ裸で宙吊りにしてやるって言っていたから負けたら帰ってくるじゃない?」
二人が怯える理由がよく分かったジュリ。
そんな事を日常的に言われたら誰でも怯えるだろう。
ジュリとレクターが特別観客席のドアを開く、アベルは既にお酒で出来上がっており、ガーランドは椅子に座って球体型のスクリーンをじっと見ている。
サクトは物凄く鬱陶しそうな顔をアベルに向け、アベルの奥さんはアベルを軽くあしらいながら余計なゴミをゴミ箱に捨てていく。
奈美と海は近くのテーブルからお菓子とジュースをもって脇に逃げていた。
「ど、どうしたんですか?」
「娘が彼氏と仲良くしているのが面白くないんですって。あなた達は仲良く見ていなさい。今日から数日は私達も休みだから何かあったら言ってね」
「は、はい。よ、よろしくお願いします」
レクターはお菓子とジュースをもって最前席の1つに座ってスクリーンを見ているが、まだ時刻まで三十分もある事に気が付いてお菓子袋を開ける。
ジュリは近くに甘いお菓子をテーブルに広げ、鞄の中からヴァルーチャを出してやる。
「これは?」
「食べてもいいよ。それとも私と前で見ながら食べる?」
「………そうですね。それも楽しそうです」
ソラは指定された一人用の控室の中へと入っていった。
部屋の一番端には開始時刻をスクリーンが告げており、残り三十分で開始するとはっきりと書かれている。
俺はブレスレットを右腕につけ、問題なく起動していることを確認した後近くのソファに座り込む。
大会指定のAR装置搭載式の武器のスイッチを押すと、仮想の片刃直剣が姿を現し、それは俺がイメージする緑星剣へと作り出す。
「切る事も出来ない仮想の武器………」
これ出来れば仮想化された体力ケージが消費され、それを全損すると敗北する。
簡単な勝負内容ではあるが、仮想空間が実体化したその場所ではあらゆる環境が再現され、その環境の全てが武器もにも防具にもなるのだという。
少し前に師匠がテストケースで付き合った時はその再現度の高さからため息が出たらしい。
そこはある意味本物を作り出す事が出来る。
いずれは仮想戦争を再現し、兵士の訓練に役立てたいと各国は訴えているらしい。
「……自分がどれだけ強くなったのかなんて分からない」
そんな事誰にだって分からないし、簡単には答え何てでないのだろうが、俺からすれば自分が強くなる方法を探す方が難しいと思う。
結局のところで一瞬で強くなる方法というのは非人道的な方法になるし、たとえ一瞬で強くなれたとしてもそれは生きるという事を蔑ろにする行為なのだ。
コツコツとひたむきに強くなるために努力するしかない。
そうやって強くなる。
『撃』の流派は二千年以上に渡って続いてきた流派であり、長年祖先が試行錯誤を繰り返してきた。
あの大師匠は『竜撃は『撃』がたどり着いた一つの答え。極みかもしれない』と言っていた。
しかし、俺にはそんな自覚は無い。
「………強くなるにはコツコツと……だよな。分かっているさ。焦りは心に隙を、心の隙は闇に魅入られる。闇は…………人でなくなる元になる」
だからこそ必死で努力し、必死で足掻き続け、必死に歯を食いしばって生きていくしかないんだ。
あの時の事をずっと後悔している。
堆虎達の事も、王島聡の時も、木竜の時だって俺は「自分が強ければ」と何度もそう持った。
だけどそんな方法は存在しない。
そんな未来はあるわけがなかった。
強ければ何かが変わったかもしれないが、過去を想っても過去が変わるわけがなく、過去を見て変えられるのは未来だけだ。
時間は前にしか進まないし、願えば時間が後ろに戻るわけでもない。
醜く足掻き、何度も後悔しながら進んで行く。
強くなったと自覚する為に、これから戦う。
初めて自分の為に戦うんだ。
強くなったと自覚する為に戦いだ。
目の前のスクリーンにはあと五分で開始すると告げられていた。
ジュリはお菓子を食べているヴァルーチャの背中を優しく撫でてやり、スクリーンには先ほど歌っていたアイドルが映されている。
「皆さぁん!! キューティクルちゃんでぇす! これより武術大会第一予選を開始いたしまぁす!」
聞きなれない名前にジュリはさほど共興味を抱かなかった。
時を同じくしメメントモリは研究員用の白衣を着こみ、顔を一般男性に良くありがちな顔立ちを再現する。
「さて………神降ろし計画の全容を教えてもらおうか」
不敵な微笑みを浮かべながらメメントモリはある実験室へと入っていく。
そこではこの武術大会の全会場のモニタリングが行われていた。
「お前は?」
開会式で白衣の老人の後に挨拶をしていた特徴的な前髪の『アルゲルト』と呼ばれていた男が睨みつけてくる。
「こちらの配属になったメメントモリと申します」
アルゲルトが疑いの目を向けるが、メメントモリはポケットの中に持っておいたカールから渡されたある道具のスイッチを押した。
するとアルゲルトはメメントモリを疑いなく受け入れてしまう。
「そういえばそうだったな。今度から遅刻するんじゃないぞ」
メメントモリは開いている席を見付けて座り込む。
目の前には参加者の感情のバイタルが映されており、それが大会開始前という事もありあまり変動がない。
(なるほど。中々面白い実験の用だ。しかし、これでは当面は退屈だな。いっその事………いや止めておくか。この計画の詳細だと最終的には………)
メメントモリは誰にも気づかれないように悪い微笑みを浮かべていた。