悪意ある悪戯 5
大会は明日という事で今日は早めに休むことにし、大師匠に憤慨していたレクターや今回の武術大会やスポーツ大会に参加予定がまるでない海と奈美はもう少しこの辺りでデートすることにしたらしい。
俺はジュリと一緒にホテルまでの道のりへとつき、二人で他愛のない雑談をしながら帰っていると、これまた見知った顔が目の前に立ちふさがった。
ていうか、この程度なら迂回すればいいだけなのだが、目の前にいる派手な髪色の如何にも女性ヤンキーみたいな女が、逃げたら後ろから指すと言わんばかりの顔で睨んでくる。
「あんた……顔貸しなよ」
「嫌だけど」
断っておいた。
顔を貸せと言われた「はい」と答える奴がいれば間違いなく馬鹿か、もしくは単純にどんな状況でも勝ち目のある様な化け物だけである。
相手の女が目をパチクリさせながら唖然としており、俺の左隣にいるジュリが申し訳なさそうな顔をする。
「貸せって言ってんでしょ!? 英雄とか言われているらしいけど、アンタ如きにこんな手段を使いたくないんだけどぉ」
「じゃあ使わなくちゃ良いんじゃない?」
「うっさい! 死ね!」
「死ねって言って死ぬなら世の中苦労しないからさ。ていうかヤンキーってそうやって自分の思い通りにならないと我儘言うけど。馬鹿なの?」
顔面が真っ赤に染まる相手の女、イミナルミィの男と一緒にいた女だろうがどうやら男の方と違って馬鹿らしい。
こんなの相手にする方が馬鹿らしい話で、俺は無視して通り過ぎようとすると、女は肩に下げている鞄の中から短剣を取り出し俺の方へと向ける。
「馬鹿にすんなよ。これでも武術の腕はイミナルミィの中では結構上なんだけど? 武器を持っていない奴を殺すの何て簡単よ!」
俺は緑星剣を呼び出して彼女の喉元に突き付ける。
俺は武器はよっぽどの状況でもない限りは呼び出しに制限何てかからないし、何よりそんな短剣より片刃直剣の方が射程が長いに決まっているだろう。
やはり馬鹿なのだろうか?
そんな人間を相方にしちゃう辺り意外と追い詰められた組織だと推測する。
「その辺にしろ。マルマリー。今のお前ではその男には勝てないよ。それに、ここで殺せば大会開催中に問題が起きるだろう」
「で、でも………ジャル」
「私の言う事が消えないのか?」
一台の高級車から現れたのはイミナルミィの男で、どうやら名前はジャルというらしく、マルマリーという女を引き取りに来たらしい。
ていうか結構な高級車だと思うのでイミナルミィという組織は結構裕福な方なのかもしれない。
「それに……あの盲目の男が睨んでいる。やめておけ」
この男はあの時の盲目の男が俺達を見ている事に気が付いていたらしい、一キロほど先で俺達というか俺を睨んでいる。
師匠や父さん絡みで俺を逆恨みするのは止めて欲しい。
ジャルという派手な男はマルマリーを連れて車の中へと入っていき、車は研究都市の中心目指して走り出す。
俺は後ろを見て物陰に隠れている盲目の男をジッと見ていると、あの時の男は物陰から消えてしまった。
「イミナルミィって有名な組織?」
「向こう側の大陸にある有名な武術集団の事?」
ああ有名なんだ。
ちなみにヴァルーチャはジュリの鞄の中でお昼寝中らしいし、エアロードとシャドウバイヤは母さんについて行ったらしい。
「簡単に聞いたけど。勝つ為なら手段を選ばないんだっけ?」
「うん。でも単純に強いっていうのもあるよ。勝つ為に手段を選ばないってだけで、強さだけでも普通に強いはずだよ」
「傭兵企業みたいな組織?」
「近いかな。結構広範囲で活動しているけど、帝国は民間でもそうでなくても傭兵っていう職種をかたくなに嫌がっているから知らない人は多いけどね。まあ、そもそも帝国人に喧嘩を打ったら政府が喧嘩を買うから」
分からないでもない。
もう何百年前の戦争の話だが、遠くの国に旅行に出かけた夫婦がその国の人間に殺さたというだけで戦争になったほどである。
報復というレベルをとうに超えているのはたしか。
「だったらやっぱりあの女は馬鹿という話になるけど?」
「そうだね。こんな所で帝国人を殺せば大会を中止してでも戦争になるかもね。それが英雄と呼ばれている人間ならなおさらだと思うよ。でも……あの男の人は気を付けてね。ジャルって名前が確かなら………だけど」
ジュリはどうやらジャルという男に心当たりがあるらしい。
「ジャル………武器は多分両剣だと思う」
「両剣って柄の両端に刃が伸びている剣だっけ? でもあれって実用性が難しいからって実在しない武器だと思………、ああこの世界だと魔導機があるからそういう実用性の低い武器が存在するのか」
「うん。最近出回るようになったらしくて、特に向こうの大陸では普通に販売されているから。あの男は向こうの大陸でも有名な両剣使い。ある内戦で特にその名前が有名になったの。名前だけなら歴史の授業でも乗っていると思うよ」
ジュリが口に出した『バルト内紛』は俺でも知っているほど有名な世界史に登場する戦いであり、バルトという国で起きた内紛であるが、詳細は知らない。
「バルト内紛で最終的にイミナルミィが介入したことで戦力バランスが崩れてしまって終わったの。で、その戦いで多くの兵士を殺しまわったのがジャルって名前の男だったはずだよ。両剣使いで右に出る人はいないって聞いたよ」
「あのバルト内紛か……確か海岸沿いだっけ?」
「うん。最後の戦いは海岸線で起きたって言われているから。私も良くは知らないけど。当時の資料でもあれば良いんだけど。帝国は無関心だったから映像も無いの」
まあ、他国の内戦何てそれでなくても興味も関心も抱かないだろう。
元々帝国は共和国との戦争で大忙しだったわけだし、他国の内紛や内戦なんてそれこそ見もしなかったが、それでも世界史の教科書に乗るぐらいだから有名な戦いだったのだろう。
奈美に話せば両耳を覆うだろうけど。
最近帝国史だけでも頭が一杯一杯になっている奈美だ。
「無いなら仕方が無いさ。両剣なら師匠に言えば………あっ!」
俺は顔全体で「しまった」という気持ちを再現し、そっとジュリの方を見ると呪炉の両目はまるでおもちゃを与えられた子供のように輝いていた。
「ジュ……ジュリ?」
「ソラ君………ガーランドさんの事一人の時は師匠って呼んでいるだね」
「止めてくれ! もう殺してください! 恥ずかしいから黙っていたんだ! 頼むから誰にも言わないでくれ」
ジュリは言いたいという気持ちを顔全体で表しており、俺は周囲に誤魔化すための材料を探し出す。
そして俺は近くの大きな公園にクレープの屋台が出来て居るのが見えた。
「あれを奢るから勘弁してください!」
俺は必死に頭を下げて黙ってもらうことにした」
近くにある木製の円形のテーブルとそれに合う椅子に座り、ジュリはイチゴのクレープ、そして密かに聞いていたヴァルーチャにはバナナのクレープを奢った。
ちなみに話を聞いていたらしく、黙っていてもらう代わりに奢る事を約束した。
ジュリ曰くヴァルーチャは約束はきちんと守るらしいので安心してもいいだろう。
俺は甘いのは苦手なのでジュースを自販機で購入して自分のテーブルまで持ってきた。
「どうして隠すの? 堂々としていればいいじゃない?」
「あの人は……」
「師匠は?」
「あの人は嫌……」
「師匠は嫌?」
意地悪である。
もの凄い意地悪を受けている気がする。
「………師匠は嫌がるだろ?」
「何で?」
ジュリとヴァルーチャは心からの疑問と言わんばかりの表情を浮かべる。
「だって………俺が弟子だし。俺を弟子にして良かったって言わなかったから」
あの人は何も言わない。
師匠は………俺を弟子にして良かったって言わないから。