彼女は聖女と言われた 3
アンヌと呼ばれている聖女はもの凄い睨みを俺の方に向けつつ、レクターの治療の手を決して緩めない。
睨まれても困る上に、勝手にコケて俺にパンツを見せたのはそちらなのだから文句は俺にではなくそっちに言って欲しい。
俺だって別段見たくて見たわけでもないし、さほど好みのパンツだったわけでもないし、それに………なんとなくだけど大人っぽいというよりは子供っぽかった。
「今子供みたいって言った!?」
「あれ? 口に出してた?」
「顔に出してありました! そんな事思っていても顔に出さなくていいでしょ!?」
「だったら読まなければ良い事だろうに……」
俺のその言葉が更に怒りのボルテージが上がったらしく、治療を中途半端にやめて俺の方へと近づいてくる。
それは別にいいし、殴ってきても蹴ってきても対応できるのだが、勢いよく立ち上がったばかりにスカートが大きく捲れて再び真っ赤なパンツが見えてしまう。
しかもこれまたタイミングが悪くレクターが目を開けたタイミングである。
レクターの眼前には真っ赤なパンツがあったに違いない、真直ぐと目をそちらに向けアンヌの真っ赤な顔は一体羞恥なのかそれとも怒りなのか、綺麗なといってもいい回し蹴りがレクターの人中を捕らえた。
ああ、あれは痛い。
ちなみに回し蹴りの時にまたパンツが見えたが、もう何も言わないし顔にも出さない。
息を漏らしながら俺の方をまるで親の仇のような目で見てくるし、その顔は羞恥と怒りで真っ赤になっている。
さて……ここからどうするかと思っているとそれこそまるで気配を感じさせない様に、突然声が階段下から渋めの威厳のある声が聞えてきた。
「先ほどからやり取りを見ていますが、あの少年の言い方も悪いですが、お嬢様の非の方が大きいかと」
「何よ! ガルスまで私にそういうの!?」
白髪の体格のいいガルスという名前の男性、体格の良さで言えば父さんやガーランドには負けるけど、軍人なのだと言われたら信用できそう。
しかし、アンヌという女性の立ち位置から考えれば執事なのだろうが、俺にはどうしてもそれだけの存在だとは思えない。
ここで考えても仕方のない事なので俺は思考を頭の隅っこの方に追いやる。
「私はあくまでも真実を言っているだけです。それに鼻歌交じりに前を見ずに階段を二段飛ばしで駆け上っていく方が悪いかと」
顔を逸らすアンヌとアンヌをジッと見つめる俺。
この女はそんな事をしていたにも関わらず俺に非を訴えていたわけか、どれだけパンツを見られたくなかったんだ?
「そんなに見られたくないのならスパッツなりを穿けばいいだろうに」
「そういう問題じゃない!」
「いいえ。お嬢様そういう問題かと。そもそも私が下の階言ったでしょ? そのような衣服で歩き回ているとこけたときに必ず中が見えると……」
「だって………ガイノス帝国製の飛空艇は商品のラインナップは充実しているから……」
「はぁ………動き回るのなら別の服にすれば良かったではないですか。わざわざ式典参加用のドレスに身を包まずとも」
「着替えるのが面倒なんだもん」
ガルスという男性は物凄い大きなため息を吐き出し、彼女の右腕を強めに掴みズルズルと引きずっていくが、その際にアンヌが俺に向ける目は明らかに敵意と見てもいいだろう。
俺はレクターを無視してそのままエアロードとシャドウバイヤを連れて下の階に降りていった。
「全く。あれほど気を付けて欲しいと言ったのに…」
「だってあの男がぶつかってくるから」
「ですから。お嬢様が前を見ずに二段飛ばしで階段を上っているからああいう事になるのです」
自分の部屋の中へと連れていき、ガルスは直ぐに近くの椅子にアンヌを座らせると服に汚れがないかどうか、他にも目立つ傷が無いかどうかだけを確かめ安堵の息の漏らす。
「本当に気を付けてください。式典用のドレスなのだと注意して歩いてくださいと何度も言いましたよね? だから私はもう少しセキュリティの高い飛空艇にしようといったのです」
「こっちの安いしその分早くたどり着けるって言って同意したのはガルスでしょ?」
コーヒーを作りながらガルスはマグカップをわざわざ用意し、マグカップにコーヒーを注ぎながらゆっくりと口を開く。
「部屋で大人しくしているといったでしょう? もしあの少年以外に見られていたらどうするつもりなのですか?」
「…………ごめんなさい」
「もういいです。コーヒーです」
ブラックコーヒーをアンヌに差し出し、アンヌはそれを受け取り一口だけ飲む。
「しかし、お嬢様もゆくゆく縁がありますね」
「? どういう事?」
「よりによって星屑の英雄と接触するとは」
「!? あれが!? もっと紳士的で大人しくて! イケメンだとばかり!」
「それはお嬢様が勝手に抱いている理想像です。あと、少々盛り過ぎかと」
アンヌはボソッと「あれが……星屑の英雄」と呟いた。
「お前はゆくゆく縁のある男だな。トラブルという縁がな」
「あれは向こうの不注意もあると思うんだけど?」
そう言いながら俺は売店で適当なジュースとお菓子を購入しそれをエアロードとシャドウバイヤにふるまう事にし、適当なベンチに座る。
「あのガルスっていう男性結構体鍛えていたけどさ。たかが執事にあのレベルが必要なのか?」
「お前はどう思ったのだ? 私達竜には人間の細かい差など気にならんしな」
「…………武人? 軍人みたいには見えたけど、逆を言えば性格というか俺への対応は執事に見えるかな」
なんて言っていると向こう側からジュリが手を振りながら、眺めだった薄茶色の髪を後ろに結び、服はフリルの付いたスカートに寒さをしのぎながらも綺麗という言葉を内包した服を着ている。
問題は………ジュリが片腕に下げている鞄に海竜ヴァルーチャがいるように見える。
海洋同盟の戦いからもう数か月が経過するが、全く見なかったのだが。
「ソラ君も下に降りてきたの?」
「………うん」
「どうしたの? 呆けているけど」
「………いつから海竜を飼う事に?」
ヴァルーチャが俺の方に向かってまるで失礼と書いたような顔で俺の方を見てくる。
「私は人間に飼われた記憶などありません。彼女と契約して力を貸す代わりに、一生中を与えてもらっているだけです」
「ヴァルーチャよ。それを飼われるというのだと思うが?」
シャドウバイヤの最もなツッコミをヴァルーチャは完全に無視。
ヴァルーチャ。
海竜と呼ばれウミヘビのように見える海竜で、水の捜査と記憶に関する能力を有しており、前の戦いでは念のためにジュリと組ませておいたのが、いつの間にか消えたいたと思っていたのだが。
「ジュリの家で飼っていた?」
「うん。ヴァルーチャが嫌がるから」
俺とシャドウバイヤが「何故?」と尋ねると、ヴァルーチャは「エアロードは馬鹿にするでしょう?」と答える。
エアロードは「失敬な!」と突っ込むが、俺とシャドウバイヤは「なるほど」と納得してしまった。
「ふうん。何でまた一緒に住むことにしたんだ?」
俺からの問いに言い難そうにしているが、その理由はその後にジュリが言って見せてくれた。
「私の作ったお菓子が気に入ったらしいの」
俺は嫌な予感が心の奥から湧いてくるし、まるでそれに答えるかのようにエアロードとシャドウバイヤの目が輝いている。
それはまるで飢えているハイエナを彷彿とさせ、ジュリに期待タップリの目を見せるが、ジュリが申し訳なさそうにする。
「御免ね。さっきヴァルーチャにあげたからもう無いの」
エアロードとシャドウバイヤはヴァルーチャに鋭い睨みを向けるが、本人はどこ吹く風と言わんばかりに表情を涼しげにしている。
なんか………もう好きにしてくれ。