修行完了より 0
十月ともなるとガイノス帝国首都は寒波で雪が降りそうな気温をしており、俺はそんな中動きやすい上下の服装を着ながら肉食動物が蔓延るような山道、しかもそこを夜中の薄暗く明かりも無い道を駆けずり回っている。
首都から北に進んだ場所にある北の山脈、そこは標高三千メートルの山々が多数存在しており、しかも険しく急な山である為風の激しさは立ち止まっていると吹っ飛ばされそうだ。
師匠であるアックス・ガーランドの指示で夜中の肉食動物が蔓延る様な場所で、あくまでも寒さを凌げる程度の上下の服、緑星剣を片手に握りしめながら走り回っている。
二日後に控えている……イヤ、もしかしたらもう翌日と言ったほうがいいかもしれないが、大会の最終チェックをしている真っ最中という訳だ。
というか、大会のチェックの為とはいえ肉食動物が蔓延る様な場所に放り込む師匠である。
まあ、あの人に師匠なんて口にしたくないから今でもガーランドって呼び捨てにしているけど。
肉食動物の種類は予めジュリ事ジュリエッタから聞いていたし、種類は狼型と鳥型のみ。
ただ険しい山々と大地が基本的に枯れている場所が多いため、非常に獰猛……らしい。
「あの人は俺をなんだと思っているんだろ」
『話をする元気があるらしいな。何なら今のコースをもう一周するか?』
師匠から無慈悲な言葉俺を襲い掛かってくる。
もう二周走っているのでそれ以上は本当に御免被りたいし、あの人はこういう事では冗談を決して言わないので止めて欲しい。
「冗談止めてよ! もう一周? 体力的には大丈夫だけど流石に肉食動物を相手にするのはもう嫌なんだけど」
『なら早めに帰宅することだ……』
右耳に付けた通信機から結構威厳のある声が聞えてくるが、俺にはその全てが単純に意地悪に聞こえてしまう。
もう一度走り出してしてから三十分ほど、崖がすぐ右に位置する細道に差し掛かった時、まるで悪意のあるように細道の先に狼、崖の向こう側に俺を睨みつける肉食の鳥。
「これガーランドが意図的に配置したわけじゃないよね? さっきここ通った時はいなかったんだけど」
『私が意図的に配置した。お前自体の実力だとこのぐらいしなければ実力を出せんだろう。どのみちお前なら平気だろう。私はここで待っているからな』
あ、あの………クソ師匠!
俺の前任の英雄だか、大戦で人を多く救った英雄だか知らないが、弟子を殺すつもりでいるのではないのか?
帰ったら絶対殴る。
俺は細道をどうやって渡って行けばと考え始めるが、走っていけば間違いなく狼と鳥に挟み撃ちにされる。
狼型は獰猛な牙で噛み付こうとするし、鳥の方は長い嘴と爪で攻撃しようとしてくる。
狼の方は細道でもうまく戦えるだろうし、鳥の方はそもそも落ちる心配が存在しない。
この細道を避けて帰れば間違いなく師匠は『もう一周』と言い始めるだろうし、ここで下手に立ち回ればこれまた『もう一周』と言い出しかねない。
あの人……師匠はこの手の事で冗談は決して言わないし、修行では妥協をしない。
よく最初の弟子は付いてこれたものだと褒めてあげたい所である。
このままだと本当に死にかねない。
この人夏休み中の修行中に吹っ切れたらしいし、あれがあの人の本来の性格というか修行法なのだろう。
一気に走り抜けていくしかないだろうけど、あの戦い方は少し考えた方が良いのは確か。
これ以上近づけば狼の方が近づくし、鳥の方は襲い掛かってくるからその順に戦うべきなのだろう。
しかし、あの人がそんな生易しい難易度を設定するとは思えない。
ここは一気に駆け抜けながら戦うしかない。
心に「行くぞ!」と叫び、俺は走り出していく細道に入る前に狼が襲い掛かってくる上、細道に入れば鳥型が襲い掛かってくる。
前と右側から襲い掛かってきたタイミングで俺には鳥型が足場に見えてしまった。
この二周類の肉食動物は決して仲がいいわけじゃない。
狼型がこの細道に簡単に入ってこないのは、崖の向こう側で鳥型が居たから……有体に言えばこの辺は鳥型の縄張りでもあるからだ。
今この二種類の肉食動物は縄張り内で俺という餌を取り合っているが、もしあそこで俺が中途半端に戦いを挑めば間違いなく狼と戦っている最中に鳥から攻撃を受けたし、中途半端な覚悟で戦っていたら怪我をしただろう。
何事も中途半端な気持ちではいけないという事だ。
時に思い切った決断が己を救う時がある。
鳥の背を足場にする形で俺は狼の飛び込みの攻撃を回避し、同時に鳥の背中を緑星剣で切り裂きつつツッコんでくるもう一匹の鳥の攻撃を縦斬りの要領で切り裂いていく。
落ちていく鳥型から大きく跳躍し、緑星剣に風の力を掴ませつつ大きな刃を作り出す。
「竜撃。 風の型…………風見鶏!」
風の刃を狼の群れ目掛けて横なぎに飛ばすと、狼の群れを一撃で斬り飛ばす。
竜の一撃を略し竜撃、略したのは師匠でその理由は「長い」と言われ、攻撃型と防御型に分ける必要性は存在しないと怒られた。
竜撃と名前は略し、属性を各型に分ける方法に分けることにした。
ゴールまで走り抜けるだけと走り出し、ようやくの思いで走り抜けた先は山の山頂近くにある人里が集まっている場所の門前。
そして、俺やレクターが夏休み中に修行していた場所である。
その門前にガイノス軍の制服を着た状態で腕時計をチェックしている二メートル近くの大男、オールバックの黒髪のガタイの良い男性こそが俺の師匠であるアックス・ガーランド本人である。
「まあ、及第点か……今日はこれで終わりだ。明日の予選第一試合はお前が担当するんだ」
「……予選は二回あるんだっけ? それぞれ一人ずつ参加して本選だっけ?」
「ああ、第一予選はお前が、第二予選は私が直接担当する。予選会場や本選会場や戦場に対する詳細は一切伏せられる」
「それが重要だよね。まあ竜撃はいかなる環境下でも百%で戦えることが出来るけどさ」
「それだがな………竜撃はなるべく使うなよ」
師匠から突然のように告げられる言葉に俺は驚きながら前のめりに尋ねる。
「な、何で!?」
「重撃は黙っているか、最悪目立つ技術を避ければバレないが、竜撃は技術の向上術ではなく単純に威力の高い技だ。一つ一つを見せればそれに対策を講じられる可能性が高い」
これは大会だし、バレれば最悪対策を講じられる。特に予選第一試合でバレれば間違いなく本選で対策を講じられるだろう。
「そう言う事だ。重撃は使っても構わんが、竜撃はなるべく使うな。使ってもギリギリまでは伏せて戦え。使うとしてもなるべく風の型か水の型にしろ」
「どうして?」
「炎の型や雷の型は環境に左右されやすいし、光の型と影の型や幻の型はバレれば間違いなく対策を講じられる。それに対し風の型と水の型は最初っから対策を講じられている可能性の方が高い」
「何でそう言い切れるわけ?」
「竜撃の大元はアベルの牙撃だ。お前のは単純に斬撃に追加しただけの技である分シンプルだが、その分風の型と水の型は脅威とは言いずらい。それが理由だ」
父さんの所為で俺の技の構成がバレている可能性が高いという事だ。
「分かったよ。最悪は風か水に限定して戦う……だったらあれは?」
修行中に俺が思いつき師匠が「面白い」と言っていた戦闘技術、移動術と剣を使った錯覚戦闘。
「………まあいいだろう。知ったからと言ってどうしたという話だし、何よりあれは不完全な技術だ。いくらでも変化の余地がある」
「分かった。こっちも……最悪で良いんだよね?」
師匠は少しだけ考えながら「そうだな」とだけ告げる。
「そろそろ帰るか。私も今日のお昼頃には出発しなくてはいけない」
「………はいはい」
俺は近くに置いておいた着替えやタオルやスポーツドリンクが入ったバックを右肩にかける。
朝日が昇っていき一帯をオレンジ色の光が眩く広がっていく。
大会が近くづいていく中、俺の心の中に嫌な予感を抱いていた。