辿り着いた未来 3
帝都行の列車の中ではしゃぎ回っている奈美、その反対側の席で微笑みながら窓の外に広がる景色を眺めている母。
列車の中に備え付けられている小型のテレビでは帝都で行われている七夏祭と呼ばれるお祭りの様子が映されており、奈美はそれを見ながらはしゃぎ回っている。
「奈美。いい加減テンションを落としたら? その調子だとついてから持たないわよ」
「だって! 楽しみなんだもん!」
海や万理の様子はソラから送られてくる手紙で良く知っていたし、自分が今度女学院に入学するという事を含めてある程度は理解していた。
あの後海が士官学校に通えるまでに精神的にも回復し、新しい家族ともうまくいっていることも、万理も今の家族とうまくいっているという事も。
それだからこそ出来る事なら早く会い、できれば早めに話をしたい。
「早く着かないかな……」
「あと………三十分は掛かるわね」
寝起きの状態で俺は眠気を覚ます為キッチンへとの廊下を歩き、階段を下りてキッチンへのドアに手をかけた所である音に気が付いた。
俺は何かを忘れているような気がするし、それが何なのか分からない。
ドアを開こうとドアノブに手を伸ばしたところでドアが向こうから開いてしまい、俺の体はキッチンの方へと倒れていく。
そのまま何か柔らかい感触が右手に、それが女性の胸なのだと分かった時、俺の眼前にはジュリの真っ赤な顔が存在していた。
なんか昔もこんなことがあったような気がしたが、それ以上に罪の意識が素早く俺に行動へと移させた。
素早く土下座をし必死にジュリへと謝罪をこう。
「い、いいから……! 私も悪いから」
「いいえ。私はけっして許されないことをしました。どうか罵倒してください」
「? ソラ……何をしている!?」
キッチンから出て俺に土下座を辞めさせようとしているジュリと、キッチンに入ろうとしている父さんが接触し再び揉みくちゃな状態で倒れていき、父さんの両手はジュリの胸を揉んでいる。
心のそこから殺意が湧き出し、今すぐにでも父親の首を絞め殺したい気持ちで一杯になるのだが、そんな事をしている場合ではないので止めておく。
すると、父さんは俺以上に綺麗な土下座を決め、これまた懐かしいと思わざる終えないほどだった。
「あ、あの……! 私も悪かったですから! 二人共やめてください!」
「いいえ。私達は決して許されないことをしました。どうか罵倒して下さい!」
エアロードとシャドウバイヤが後ろでドン引きしている事すら俺と父さんには気にならなかった。
少しだけ時間が経過し皆で食事をしている最中の事、ジュリが気になっていたことを急に訪ねてきた。
「そういえば今日の予定はどうするんですか?」
「? 特に考えていないんだよね。父さんが何か考えているみたいだけど……」
俺の隣で楽しそうにパンにジャムを塗る父親の姿は珍しいほどにきっちりとした私服で、ある意味気持ち悪い。
まあ、そんな事を言えば父さんの機嫌が際限なく悪くなるだけなので決して言わないけど。
普段だらしない所ばかりを見せている父さん、今日母さんに会えるとあってはしゃぎ回っていることだろう。
ポケットの中に婚姻届ぐらいなら仕込みそう。
「ジュリを南区中央駅まで送ったら母さん達と合流する手筈で良いんだよな?」
「「そこには私達もついて行くだよな?」
「勝手にしてくれ……どうせ駄目だって言ってもついてくるんだろ?」
「「勿論!!」」
なら聞かないで欲しい。
勝手についてくる癖に、駄目だって言っても勝手についてくるのだから聞くなという話だ。
「だったらそろそろ出た方が良いよね? あと二時間で開会宣言と同時に七夏祭が始まるわけだし」
「そうだな。ねえ、そろそろその気持ち悪いニヤニヤ笑いを止めてくれない」
駅前でジュリと分かれ奈美と母さんを待っていると駅の中から奈美の奇声に近い声が聞えてきた。
なんか……家族としてすごく恥ずかしいです。
今直ぐでもここで家族の縁を切りたい気持ちが心の底から湧いてくるし、隣の父さんはソワソワしているうえに気持ち悪い。
もう……この親子は。
「待たせたかしら? ごめんなさいね。全てに興味を持つものだから、ここまで連れてくるのに一苦労でね」
「みたいだね」
俺との感動の再会だというのにまるで気が付いていない態度を見るといっその事清々しいうえ、父さんは父さんで母さんとの一か月ぶりの再会で一杯一杯になっている。
なんか……俺だけ除け者なんですが。
「あれに混ざらなくてもいいのか?」
「う~ん。混ざりたくはないけど………」
それはそれで寂しいと思う。
はしゃぎ回る奈美と父さんを母さんが微笑みながらも、その微笑みの向こう側に存在する怒りを滲ませた表情で周囲の空気を凍結させた。
「いい加減にしなさい」
「「はい」」
俺の隣でシャドウバイヤが「すごいな。ある意味ヒーリングベル以上かもしれないぞ。笑顔で周囲の空気を凍結させるとはな」と感心している。
まあ、あの人本気で怒らせたら本当に怖いから。
母さんの「早く行きましょ」という声に続くように項垂れながら後を付いて回る父さんと奈美が非常に面白かった。
北区にある植物公園で行われているのは植物とのふれあいとちょっとした展覧会のような行事で、綺麗な植物公園とその中心に立っている植物記念館は毎年この時期になるとかなりの来場者を誇っている。
初日には植物記念館で行われている虫や動物達との触れ合いとちょっとした見世物があり、人気スポットになっていた。
今までは来たことが無かったが、大した賑わいを見せており入っただけでため息が出てくるほどの人の多さ。
しかし、それですらも余裕があるのだから大したものだ。
そして、北区という事もあり俺はある懸念が存在しており、それはあっさりと目の前に現れた。
七夏祭全日程強制休暇という珍しい命令が下り、絶賛暇であるだろうガーランド一家である。
飛んで逃げそうになったのを必死で抑え、奈美は海との再会を喜んだ。
士官学校に通うようになって少し性格的に丸くなったのか、それとも少しだけフレンドリーな感じになったのか笑う事が多くなった海。
それとも、家族のお陰なのだろうか?
「お前達もここに来たのか……」
ガーランドからの言葉に父さんが無駄に胸を張って答えているのだが、今の話の何処に胸を張る要素があったのかが気になる所である。
まあ、勝手にしてくれていいけどさ。
結局一緒にまわる事になり、適度な施設に入っては回っていると人一倍大きな施設の中へと入っていく。
小動物や昆虫などがその園の中に放たれており、中には海や奈美では見たことがない動物や植物ばかり、基本は生態系を崩さないように放たれているはずだ。
イタチに似ている動物が俺の足元を走り去って行き、ソラをインコに似た鳥が通り過ぎる。
その内海と奈美が珍しさにか奥の方へと姿を消し、空はその光景を見ながらゆっくりと後を追っていった。
「海君が無事で良かった。士官学校はどう?」
「うん。すごく忙しいし、でも結構充実しているよ。奈美は女学院だっけ?」
「そうなの! 本当はね海君と一緒の士官学校が良いって言ったんだけどね。危なっかしいからダメって」
不貞腐れている奈美、父さんが強引に決めたことではある。
「でも………俺の所為で色んな人に迷惑を掛けた」
「気にしないでいいよ! ここなら学校に行っていても楽しいんでしょ?」
「まあね………奈美。俺の言葉を聞いてほしいんだ」
奈美は首を傾げる。
「………好きなんだ。付き合って欲しい」
奈美は驚きと共に口を覆い、涙を流しながら何度も頷きながら抱きしめる。
これ以上は野暮というものだろう。
興味津々のエアロードの尻尾を掴んだ状態で俺はその場をあとにした。
おめでとう。
二人共。