東京決戦 10
俺はジュリとイリーナと共にスカイツリー下まで戻ってくると、イリーナは唯一木の根が張っていない列車のホームを見上げる。
どうやら電車が停まっているようで、そこに何かがある事は間違いないらしい。
「そこにいるんだな?」
「はい。でも……木竜と王島聡は間違いなくこの上です」
「分断したって事だよね? なら今誰が呪詛の鐘を持っているんだろ」
「…………俺とエアロードとシャドウバイヤはこの上で戦ってくるからその間に呪詛の鐘を取り戻して追いつてくれ。できればついて行きたいが……」
「ソラ君は戦う事に集中して、相手がだれか分からないけど。この状況でまともに動かせる人がそう簡単に居るとは思えないから。たぶん大丈夫……」
「いざとなれば私も戦えるから大丈夫です。ソラさんは王島聡っていう人との戦いに集中してください」
ここは二人を信用するしかない。
俺は二人に背を向けてスカイツリーの中へと入っていくと、エレベーターが完全に止まっているようで外にある木の根っこで昇っていかなくてはいけないようだ。
まあ、よじ登るようなら少しだけ考えたが、単純にスロープのようになっている坂を登っていくだけなのでまだ楽な方だろう。
エアロードが唯一不満を言っていたが、中が使えない以上ここを昇っていくしかないし、そんなに撃ち落とされたければ勝手にすれば良いと俺とシャドウバイヤは黙って登り始める。
その後ろから付いてくるエアロード、小走りで昇っていきながら疲れれば休憩するを繰り返していると俺はふと疑問に思ったことを口にした。
「なあ、この世界樹だけど。向こうの世界でも存在したんだよな? なら今はどうしているんだ?」
「昔は帝都の存在していた場所が最終決戦の地だった。あそこで世界樹を造ろうとした木竜と他の竜達の戦いになった。木竜が種の状態になってからは枯れてしまったがな」
「死ぬか種になると枯れるのか……」
「この世界樹は木竜が不死力で底上げした栄養を与える事で根が伸びる。あくまでの人の命は世界樹を大きくするための栄養に過ぎない」
なるほど、そういう仕組みなのか。
ふと足を止めて足元を眺めていると、東京中に火の手が伸びていき、特に皇居一帯は激戦区なのか戦火の炎がはっきりと見える。
あそこで父さん達が戦っている。
世界樹の根っこが東京の大きな街から外へと根っこをゆっくりとであるが伸びているのがはっきりと分かった。
ゆっくりと次第に伸ばしていく。
このまま放置すれば母さんや奈美にも被害が行く、それは俺が容認できない事態だった。
もう一度走り出しスロープを昇っていくと、一番広い空間にでるが、そこには何も存在していない。
道を間違えたのか、それとも隠れた通路がどこかにあるかと探っていると木の根っこがスカイツリーへの道を作っているのが分かった。
「ここの隙間から入っていくしかないな」
俺が先に隙間に剣を差し込んで広げながら中に入っていき、広がった穴をシャドウバイヤとエアロードの順に入っていく。
中は薄暗いが微かな室内の明かりだけが照らしており、俺はさらに上を目指す為案内看板に従って上への道を探し始めた。
「中の方にまでしつこく敵がいるんじゃないかって想像していたけど、さすがにそんな事は無かったな」
「中まで存在していたらしつこいどころの話ではないぞ」
シャドウバイヤにツッコまれてしまったが、確かにその通りで中にまで居たら面倒なことこの上ない。
なんて話していると後ろからエアロードが小さく呟いた。
「なあ、そういう話をしていると大概襲ってこないか?」
その言葉がまるで呪いになったのではと思われるほど目の前にオオカミ型の魔物が物陰から現れる。
俺とシャドウバイヤが同時にエアロードの方を睨みつけた。
余計な事を………。
「何故私を睨む!? 私の所為なのか!?」
そう言う事を言うから出てくるんだよ。
そう思いながら俺は黙って緑星剣を抜いた。
ジュリはイリーナの右手を握りしめながら共に階段を上って駅ホームへと足を延ばした。
駅のホームには電車が止まっており、そのドアが黙って開いている。
明らかに誘っているこの状況だが、イリーナは中から明らかに呪詛の鐘の存在を感じており、ジュリがイリーナの前に立つ形で一緒に入っていく。
二人が中に入って事を確かめたタイミングで出入り口が勝手に閉じていく。
「電車は走り出さないですね。単純に閉じ込めただけなんでしょうか?」
「多分だけどね。私達を逃がさないためなのか、それとも別の狙いがあるのか」
「私の近くにいてくださいね。私の近くにいれば呪詛の鐘は効かないはずです」
「ありがとう。さっきはごめんね。引っ叩いて」
「いいんです。私の方こそ全然判断できずに。ヴァースが命懸けで連れていってくれたのに、私はそれを無駄にするところでした」
二人で話していると前方車両からスーツ姿の中肉中背の男性が歩いてきた。
イリーナはニュースなどで見たことがあるその姿、ジュリは一度だけ見たことのあるファンドとそっくりな顔立ちに驚きがあった。
しかし、ジュリは素早く思考を切り替え頭の思考を最大限まで引き上げた。
(ソラ君やアベルさんの一例があるから、この場合この人とファンドさんはおそらく世界を挟んだ同一人物。という事は……)
「あなたがいたから二つの世界が繋がったんですね?」
「………そう言う事になるのかな?」
「直衛敏行内閣総理大臣。どうしてあなたがこんな所にいるんですか?」
イリーナの素朴な理由、本来なら国会議事堂にいるべき人物であり、今の時間帯なら総理大臣官邸にでもいるべき人がいま目の前にいる。
ジュリも初めて出会ったこの国のトップ、しかし、その男の顔は苛立ちと恐怖にまみれていた。
「私も好きでこんな場所にいるわけではない! あのガキ………従わなければ私が殺されるんだ! この鐘も……元々は私が持っていた物だったのに!」
「そ、それは………」
「そうだ。十六年前この鐘が私の元に転がり込んだこと自体が奇跡だった。ファンドと共に計画を実行し、オカルトサークルを唆してテロ行為に走らせつつそれを鎮圧することなんて私には造作もない事だった。なのに………袴着とかいうあの男!! そうだ! 全部あの男が悪いんだ! 私の事を調べ始めて……おかげで一時的に呪詛の鐘を遠ざける必要が生まれたんだ!」
「あ、あなたがソラ君のお父さんを! そんな理由で!?」
「私にはこの国を支配するだけの権利がある! どいつもこいつも私に命令しやがって……!」
「「あなたにこの国を支配する権利何て無い!!」」
ジュリとイリーナは同時に叫んでいた。
「あなたはそんな理由でソラ君の家族を痛めつけ、その上こんな状況になるまで放置していたんですか!? 仮にもあなたは一国のリーダーなのに!」
「お前のような異世界人に何が分かる! 一国のリーダーなのだ! この国の国民は私の言う通りにする義務がある!」
「そんな義務はありません! 一国のリーダーはこの国の代表としてこの国の顔としての義務と責任があるんです。国を想い、国を愛し、国に尽くす事が出来ない人にこの国を動かす権利何て存在しない!」
「この小娘が………!」
イリーナを引っ叩こうとするのをジュリが庇う。
ジュリの体が座席に叩きつけられ、イリーナがそっと抱きしめる。
「お、お前に何が分かる! どいつもこいつも私をバカにする! だから私が支配して見下してやると決めた! 見ろ………この道具さえあれば誰もが私を見上げるんだ」
「そ、そんな………借り物の力に頼って手に入れた力なんて……本当の力じゃない! 本当の力は努力して、多くの人の繋がりで出来上がっていくんです」
「あなたの力は他人が与えてくれる力。それをまるで自分だけの力のように扱う。それは……許されない事です」
「お前達のような小娘に何が分かる! 女は………男の奴隷になってお世話でもしていればいいんだよぉ!!」
イリーナは怒りと共に立ち上がり直衛敏行に殴りかかろうとするが、それを直衛敏行は右手で受け止めながら思いっきりイリーナを殴った。
「お、お前のような小娘が……勝てると思うなよ!」
「放しなさい……」
その声は誰よりも優しく、誰よりも怒りに満ちた声だった。
ヒーリングベルは二千年ぶりに復活を遂げた。