東京決戦 8
東京駅から伸びる一本の根の中を進む事一時間ほど、周囲に見てきた気持ち悪い粘液に包まれたような人間達。
それはカエルの卵の中に包まれている人間に見え、学生達や軍の整備士なんかも表情を歪ませる。
そんな中、興味津々に突き回っているレクター、ガーランドはまるで気にもしないで警戒態勢を維持しながら進んで行くだけ。
ジュリとイリーナが下の方からそっと覗き込み、中で体育座りの状態で眠りについている人間、中には犬や猫や鳥なども包まれている。
「これってただ捕まえているわけじゃないですよね?」
「多分だけど。命を吸い取っているんだと思う」
中には時折動く生物までもが存在しており、抵抗している生き物も存在している。
中から「助けてくれ!」という声が聞えてきそうで怖くなるジュリとイリーナ、ある士官学生が助けようと持っていたナイフで外袋を切り裂こうとするのをガーランドが大声で制止する。
しかし、その制止より前に生徒は外袋を切り裂いて中にいる男性を外に出してしまう。
最初こそ感謝している風だったが、途端に苦しみだした男性は素早く蜥蜴とカマキリを混ぜたような魔物へと変貌してしまう。
助けた生徒は唖然としながも尻餅をついた状態で怯え始める。
ガーランドが素早く反応し大剣を魔物目掛けて振り下ろす。
「この繭袋は外から強引に破壊すると中にいる人間を魔物に変えてしまう。助けるなら木竜を倒すしかない」
生徒は塵になって消えていく魔物を方を見ながら涙を流し、ガーランドは戦闘へと歩いていく中、不気味な音が聞えてきた。
それはまるで繭が中から壊されていくような音で、その音の方をそっと見つめる。
後方に存在していた繭が次々と解放されていき、中から魔物が次々と姿を現す。
「全員走れ!」
ヴァースはイリーナを右脇に左にはジュリを担いで先頭を走り始め、レクターは素早くガーランドと共に後方にまわって魔物の相手をしながら逃げ出し始める。
目の前に見えた大きな寄せ集めの門を皆が力を合わせて開き、ガーランドとレクターが中に入っていくのを確認しながら門を急いで閉じた。
全員が息を吐き出しひと段落下中、目の前に広がる大広間のような空間に圧倒されるばかりだった。
周囲の壁や床こそ木で出来ているが、柱から広大な空間に圧倒されてしまうが、それ以外にもいくつか同じような寄せ集めの門が存在している。
「おそらく此処が根の集合場所なのだろう。ならここの何処かに出入り口があると思うが………あれだな」
ガーランドが指さした先には明らかに他の門とは違って明らかに頑丈にできており、その前にまるで守るように巨人サイズの化け物が見張っている。
その間にも多くの騎士や獣のような魔物が徘徊しており、今はまだ接近していないから何もしてこないが、これ以上接近すれば戦闘になるのは間違いない。
「この状況で下手に接近すれば戦いになるだろうし、今の戦力で突破することは難しいな。何よりソラが居ない以上突破力が無いのが辛い」
「そうですね。ソラ君がいてくれれば色んな突破パターンがあったかもしれないのに……」
しかし、ここを突破しなければならない以上は、現状の戦力で挑むしかない。
ガーランドは戦闘に参加するメンバーと守護にまわるメンバーに振り分けながら突破作戦を開始した。
俺はエアロードとシャドウバイヤを開放し一旦息を吐き出していると、エアロードは捕まっていた苛立ちをその辺の根っこに蹴る形でぶつけていた。
無論そんな事で異変が起きるわけがなく、予想以上の堅さを誇る根っこの前にエアロードが痛みで悶え始める。
そんな姿を哀れな視線で見守ることにした。
「そんなショボい攻撃でどうこう出来るわけがないだろう。それよりここからどうやって移動する?」
「歩けば二時間以上だと思うけど。できれば飛んでいきたい」
「目立つぞ。木竜に迎撃されるのがオチだ」
「だったら低めに飛べば……」
「飛ぶ距離に限界がある。近づくことは出来るが、ある程度は歩く必要があるな。せめて一時間は歩くことになる」
「一時間以上短縮するんだと思えば楽さ。という訳でエアロード。俺達を載せて飛んでくれ。低空飛行でなるべくバレないようにな」
悶えているエアロードに黙って指示を飛ばし、痛みに悶えるエアロードを待ちながら俺達はなるべく移動距離をショートカットする方針で移動し始める。
背中にバレれば隠れる事が出来ないというエアロードの助言に対して、俺達はエアロードの掌に居座る事になった。
「何故私だけが飛ぶのだ?」
「お前が飛ぶのになぜ私が飛ばなくてはいけない?」
奇妙なやり取りを繰り広げるエアロードとシャドウバイヤ。
不満げにしているエアロードに、俺の背中にふんぞり返っているシャドウバイヤという奇妙な流れが存在している。
「あの影を造った目的は何なんだろうな」
「恐らくだが影を造るという過程に意味があったのだろう。経験を共有させる目的か、色々あっただろうな」
「共有?」
「王島聡は戦闘に関しては素人なのだろ? 影の戦闘を共有させることで瞬間的に強くさせたかったと言う所か」
なら今の王島聡は俺に近い戦闘能力を得たという事になる。
しかし、そんな事は俺にとって小さな問題でしかない。
たとえ強かろうと弱かろうと俺自身がやるべきことは変わらないのだから。
「しかし、木の根っこに捕まっているこの繭みたいなものは……」
「命だ。捕まっている命、下手に破ったりするなよ。魔物に変貌するぞ。助けたければ木竜を倒すしかない」
至る所に様々な魔物が放たれており、それも全てが元々が別の命なのだと考えると心が痛む。
「ああやって魔物を増やす。世界樹が作る魔物は全てが木竜の分身だ。逆を言えば木竜を倒せば全ての魔物が消える」
「それしか助ける手段が無いのか……どうしてこんな事を」
俺にはどうしても理解できない部分、この世界が、生きる命がそこまでしても憎いと思う事が俺にはどうしても難しい。
確かに時折どうしようもないぐらいに悪意や憎しみを持っているような悪い人間や命がいる事は事実だし、それ以上に愛しい部分があるはずなんだ。
何よりも木竜にも王島聡にも愛する命がおり、その命が生きた世界にそこまでして憎しみを向けるものなのだろうか?
「だからこそではないのか? 愛していた人や命が居たからこそ、今ここに居ないという孤独感や自分だけが生きているという罪悪感が世界への拒絶感へと繋がっているのだろう」
「それは………悲しいよ」
辛い事だ。
生きていることが辛く、孤独感や罪悪感が拒絶へと繋がってしまう。
「全ての命を愛する事は難しいし、平等も過ぎれば見下しにつながる。そう意味において公平何て言葉は存在しないのかもしれない。誰だって誰かを嫌うものだし、誰だって誰かを好きになるものだし。でも………だから愛おしい世界なんだと思うんだ」
「それを想えるという事はお前は幸せだという事だ。彼らは生きる事の全てが不幸に繋がる。それだけに世界を憎んでしまうのだろう」
俺とシャドウバイヤが話していると、突然エアロードが話に割り込んできた。
「そういえば聖竜が昔言っていたな。木竜は全てを不幸にしてしまうだけに、あらゆる全てが嫌いになってしまう。そんな木竜にとってヒーリングベルだけが愛するべき存在だったと」
「唯一愛した存在……」
王島聡にとっては妹だったというだけだ。
「それを失ったからこそ木竜は世界の敵になる道を選んだという事らしい。全てを不幸にするという事は自分以外の全てを敵に回す事」
「自分………以外を敵に」
「愛も、絆も、信頼も全ては敵で、木竜にあるのは『不幸』という結果のみ」
生きる事が難しそうな存在に見えた。
木竜が何を抱いているのか俺には理解できそうになかった。