東京決戦 1
王島聡がどんな人間なのか木竜は三年間で良く知った。
不幸の星の元に生まれたかのように不幸が連鎖的に襲い掛かる少年であり、それはある意味試練といってもいい毎日。
しかし、少年の心が挫けることは無く、いつだってその瞳には反撃の炎を宿らせている。
父親に殴られても、母親に虐げられていても心の中にはいつでも「いつか……」と復讐心が存在しており、その原点にはいつでも「妹の為に」という気持ちが存在していた。
木竜は常に少年を見てきたつもりだ。
妹が殺されたと知った時の少年の発狂した声と歪み切った表情、殺意のままに衝動のままに母親を殺した時木竜ですら衝撃を受けた。
普段は人どころか生き物に傷をつけられないのではと思わせるほどなのに、あの時だけは木竜は黙り込んでしまうほど。
元来呪術に関する竜は形状や性質が変化した程度では死なない、なのでヒーリングベルも二千年間ずっと仮眠状態に入っているだけ。
木竜の願いと王島聡の願いはある意味どんな結末でも今日叶う。
二千年求め続けてきた理想であり、ある意味人生を賭した夢である。
王島聡は今頃作戦の第一段階を完了させた頃だろうか、と考えながらチャージした砲台から四つ纏めて射出する。
木竜と王島聡がソラ達の乗る列車を襲撃しない出来ない理由は二つある。
一つ、エアロードとシャドウバイヤの力で隠された列車を見つけ出し、早く動く列車を的確に狙う事なんて木竜でも不可能。
もう一つは、彼らの目的にソラがどうしても必要だからだった。
王島聡は同じころ、東京駅の制圧を完全なものにしつつ、周辺に存在していた反抗勢力を取り込むことに成功していた。
特に苦労しているわけでもなく、正直に言えばここまでうまく進むと拍子抜けするほどだった。
現在日本橋方面から出ていき、一台のリムジンのような車に乗り込みながら浅草方向に移動し始める。
「で? 首相はどこにいるって?」
「現在国会から十キロの地点に逃げ延びようとしている姿を発見、現在追いかけまわしている最中です」
「安全にスカイツリー前までお連れしろ。怪我をさせないように心掛けろ」
年上相手に敬語を使わない事に多少の罪悪感があるが、今からの作戦に罪悪感を抱いていては実行なんてできない。
今王島聡は世界を相手にしている身であり、例え敵に捕まっても死刑は免れないが、王島聡にはこの世界に今更未練なんか存在しない。
皇居一体が一瞬だけ見え、聖竜が張る薄く見える白い結界、木竜曰く「私が全力を出しても破壊は不可能」と言わしめるほどの力らしい。
皇居の出入り口一帯は激戦区になっているが、東京駅から真直ぐ見える丸の内は特に激しい攻防戦になっている。
傍から見えると面白いぐらい人が吹っ飛んでいるように見え、その中心に誰がいるのかある意味気になってしまう。
「異世界人ていうのは皆あんな風に戦えるんだ。直接対峙はやめておきたいな」
『特に帝国三将はやめて追い方が良いな。あれは人間の限界に辿り着いているような人間ばかり、その辺の軍人が何の策も無く挑めば返り討ちに会う』
「じゃああれも三将とかいう人達の仕業だって思う訳? 木竜は」
『間違いないだろうな。あのレベルで戦える人間はそうはいまい』
木竜からのテレパシーを受けながら戦場への視線を決してそらさない。
逸らしてはいけないのだ。
これこそが王島聡が求めた修羅場なのだから。
俺は眠れぬような寝苦しい夜を過ごし、目を覚ましてはまたベットの中に潜り込むという作業を繰り返す。
結局翌朝の四時に完全に目を覚まし、水でも飲んで落ち着こうとゆっくりと寝室から出ていく。
目の前に見える列車の窓から見える風景はまだ多少の暗さを残しており、もう一時間か二時間で明るくなっていくのだと思うと少しも面白いと思わなかった。
食堂車両へと歩いていき、フラフラと足元がふらつくがイマイチ頭が覚醒していないようだ。
食堂車のキッチンへと入っていき、水道を捻って水をコップに注ぎそれを呑んで喉を潤す。
大きくため息を吐き出し、そっと遠目に外の景色に目を向ける。
「東京……旅行でも行った事無いんだよな。小学校の修学旅行は京都と奈良だったし。こんな形でなければな。落ち着いたら家族で旅行でも行ってみたいな」
コップをそっと置き、キッチンから出たタイミングとジュリが入ってくるタイミングが完全に重なってしまう。
驚きからジュリがこけそうになり、俺は素早くジュリに手を伸ばす。
しかし、体勢が悪かったのか俺とジュリはそのまま一緒に倒れてしまいそうになる。
ジュリを守ろうと素早く抱きつき、身体を捻って回避する。
「だ、大丈夫!? ごめんね。私が驚いてしまって」
「いいさ。それより怪我がないか? 庇ったつもりだけど」
「大丈夫だけど、ソラ君こそ大丈夫? 作戦に支障が出るレベルの気がが無いと良いけど」
特に体が痛む様子も無いから大丈夫だと思う。
というか列車の床にひかれているカーペットの見える赤い布が非常に柔らかくむしろどうすれば怪我が出来るのか分からないレベルだった。
「ごめんね。誰もいないと思って………」
「ジュリも寝れなかったのか?」
「ソラ君も? 作戦が始まるんだって思うと中々寝れなくて」
俺もある意味同じ気持ちだった。
ソワソワしたりして全然寝れそうにない。
「実感がわかないんだよ。今でも…実は堆虎達はまだ生きていて、俺は皆で笑っていられる未来があるんじゃないかって。でも、いくら寝ても起きれば現実に戻るんだ」
今この瞬間も実は全部夢で、起きれば皇光歴の世界になんて行っておらず西暦の世界で俺は普通に暮らしているんじゃないのか?
想像するだけなら自由とは言うが、こればかりは俺が堆虎達の事を負い目に、万理や海の事を理解してやれなかったと苦しみ、王島聡の苦しみを分かってやれなかった事への後悔。
歯車がどこかで噛み合っていればどこか違う結果があったんじゃないのかと想像してしまう。
「………『もしもの未来』を語る事は無意味だ。いつだって時間は前にしか進まないし、後悔や罪悪感で時間が巻き戻ったりしない。昔ガーランドさんやサクトさんが教えてくれたの。アベルさんだってそうだけど、あの人達は後悔しながらも前に進もうとしているからすごいんだと思うよ。ソラ君っていつだって後悔して立ち止まって、苦しむたびに表情を歪ませる。優しいんだよね。好きだよそう言う所も」
「ジュリ」
「でもね。堆虎ちゃんも救えなかった人達はソラ君がそんな風に苦しんでいる姿を見ても誰も嬉しくないと思うの。私の立場ならきっとこう言うな………「笑顔で前に進んで欲しい」て」
そうだ。
俺は生きた証を貰った。
そして、それをマントに刻みつけたはずなんだ。
これから多くの人を救う為に一本の剣になると。
時間は戻らない、どれだけ悔やんでも死んだ人間が許すといってくれるわけでもない。
それでも、死んだ者達から「託した」と言われてしまった以上、俺にはその先を歩く権利があるはずなんだ。
「そうだよな。俺は託された。星屑の鎧がその証なんだよな? それに、あそこに行って、俺がジュリや父さん達に出会えたことはどれだけ不幸を重ねても感じる事が出来るほどの幸福なんだ」
ジュリの手を指しく握りしめ一緒に立ち上がる。
「乗り越えよう。どれだけ不幸をまき散らされても、皆で乗り越えよう。俺は一人じゃない」
「そうだよ。皆で乗り越えるの。一緒にね」
ビヨンド………超えていこう。
皆でなら出来るはずだ。
太陽が昇れば決戦が始まる。