ビヨンド 4
ホテルに帰って来た俺達を多くの生徒と教職員とガイノス軍の人達が出迎えてくれた。
中でも父さんは複雑そうな表情で俺を見守っており、俺は取り逃がした悔しさからか、それとも全く違う所から来る感情なのか父さんの服を涙で濡らす。
母さんも俺の背を優しく撫でてくれる。
「敵を取り逃がしたのが悔しかったのか? それこそ気にするな。お前達が無事に帰って来たことが大事なんだ」
「……違うんだ。俺は知らなかった。この世界にあそこまで不幸な人間がいたなんて、万理や海が何を想い、何と戦っていたのかさえ」
悔しいのだろうか、これは悔しいという感情なのだろうか?
分からない、色々な感情がせめぎ合いながら複雑な感情を作り出している。
勿論その中には悔しいという感情だってあるのだろうが、色々な想いが心を過り涙に変わっていく。
「分からないんだ……王島聡と戦わなくちゃいけないって分かっている。でも、よく見れば彼だってある意味被害者だ。でも、同情できないし、倒さなくちゃって想いに違いはない」
「だったら……」
「だから……分からないんだよ」
周囲に気まずい雰囲気が流れるな中、上の階からエアロードとシャドウバイヤが降りてくる。
「ソラ。聖竜が今直ぐある場所に来て欲しいそうだ」
「……それって今しなくちゃいけない事か?」
「ああ、今すぐできる事でもある。お前の部屋に行くぞ」
俺はそのまま連れられるまま自分の部屋に一人戻っていく。
複雑な感情は何も変わらないまま、萎えてしまった感情を奮い立てることもできないまま自室のドアを開く。
エアロードとシャドウバイヤがベットの上に飛び乗り、俺をベットの上に誘う。
何々? 俺今から厭らしい事でされるの?
「私とシャドウバイヤの間に入れ。そうすればお前の意識を聖竜の元へと連れていく」
「それってゲートを付かないって話? そんな方法があったの?」
「特殊な状況なのは確かだ。エアロードと私が揃っているこの状況だからこそお前を連れていく事が出来る。最も、お前の同意を得られればだが。だが、これだけは言える事だが、お前の今必要な話が聞ける。それだけは真実だ」
だったら行くしかなかった。
落下するという感覚は何時まで経っても慣れるものじゃない。
エアロードとシャドウバイヤも同じように落下しているのだが、この二人は慣れた素振りを見せているから大したものだと思う。
その内広い場所に出た。
ウユニ塩湖を彷彿させる場所で、違いがあるとすればどこまでも水平線が見えるというだけだ。
限界が見えない。
うまく着地するとエアロードとシャドウバイヤが体を大きく変えていくのだが、何故いまさらそんな事をする必要があるのだろう?
「何。ここは本来の姿が映し出される場所、私達からすればこれが本来の姿というだけだ」
「ていうか……ここどこ?」
エアロードの方を見るがよく考えるとこの馬鹿にそんな説明ができるとは思えないので、俺はシャドウバイヤの方に尋ねる。
「ここは世界の起点。よく見てみろ、海の色が二色混じり合ったように見えないか?」
「緑? 青? まあ、そんな感じに見えるけど?」
「本来であればここは世界の起点というだけあり、その世界の色が映し出される。しかし、今現在二つの世界は一つに繋がっている状態だ。それも原因は『竜達の旅団』が一つになっているのが原因だ」
俺の中に宿る『竜達の旅団』は二つ合わさっている状態だとは聞いたが、まさかそんな複雑な状況に陥っているとは思わなかった。
「世界の起点であれば誰にも盗み聞きされること無く話が出来るというのでな。ほら……来たぞ竜達だ」
俺が真上を見上げると様々な竜達が降りてくる。
聖竜を筆頭に機械で出来た竜事機竜、ウミヘビのような竜まで様々な竜達が降りて来る現象は説明しずらい。
「良く集まった。皆よ。今、世界は危険に晒されている。そして、この状況を打開できるのはたった一人、目の前にいるこの少年のみ。このままいけば世界は木竜の世界樹によって閉ざされることになる」
「せ、世界樹? なんだよそれ」
「それこそが木竜と王島聡が企てている恐ろしい計画だ。世界樹は命を飲み込みながら星を飲み込み大きくなっていく。命という命を飲み込んで大きくなるその姿はまさしく世界樹」
「なんでそんなものを」
「彼らの不幸体質に原因がある。不幸体質。これはいるだけで周囲を不幸にする異能というべき体質。自らが望んだ事とは別の結果を呼び寄せてしまう。あらゆる現象から身を守る皇帝一家とはある意味逆の異能だろうな」
聖竜の言い分を聞きながら俺は王島聡を思い出す。
彼は自らの不幸を嘆き、その上で不幸が妹を殺したようなものだった。
「彼らの不幸が世界をいずれ滅ぼすという事は分かり切っていた事だった。木竜と王島聡はこの不幸に自らなりの答えを見つけたのだろう。それこそが世界樹。全ての人を犠牲にして完成した世界樹の中で王島聡と木竜だけの世界を作るつもりなのだ。そこでは己が不幸になることは無いだろう」
「その代りにそれ以外の全てが不幸になる世界」
「そう言う事だ。この事態を鎮圧すること自体は簡単だが、開いては呪詛の鐘を持っている」
「でも、あれは直接聞かせないと……」
「音声に入れておいたデータでも十分だ。お前はおかしいと思わなかったか? どうして自衛隊や警察が呪詛の鐘があの町にあると思ったのか」
「データの販売元に辿り着いたから?」
「そう言う事だ。それがあの町だったという事だ。これがアメリカで結成されたノアズアークにも知られていたということは?」
「アメリカ……ううん。世界中にもう呪詛の鐘のデータが分かっているという事?」
「そう言う事だ。あとは王島聡の命令1つで人々は争い、醜い化かし合いが始まるという事だ。これは王島聡の防衛策でもある」
「防衛策?」
「世界樹を完成させるのには時間が掛かるからな。いくら日本政府を抑えたとしても諸外国が許さないだろう? その為の呪詛の鐘なんだ」
念入りに計画されていた事だった。
おそらく俺達がノアズアークと争う事も計画に入っていたのだろうし、下手をすると俺達が来ることも計画の内。
「これを一人の少年が考え付いたとは思えんから、計画の大部分は木竜事『ヒエルギー』が考え付いたんだろうな」
シャドウバイヤが俺の隣でボソッと呟く。
ちなみにエアロードは難しい顔をしながら黙って頷いている所を見ると恐らく話しの難しさで黙り込んでいるらしい。
「でも、どうやって復活したんだ?」
「木竜の種を二つに割る。それを海につければいい。海のプランクトンや海水を吸い上げて大きくなっていく。割る所は呪詛の鐘を使えば簡単だっただろうな。回収もな。元々革新派は日本政府との繋がりがあったはず。王島聡とテレパシーで話が出来たのならその辺も簡単に考えが至ったはずだ」
自らが不幸だから故に周囲を不幸にしてしまう王島聡、それ故に世界を滅ぼしてでも妹にもう一度会いたいという願いがそうさせたのだろうか?
「これも……王島聡を不幸にしたのも木竜の願いだったのかな?」
俺のぼそりと呟いた声に答えたのは聖竜だけだった。
「それは無い。木竜は我々竜の中で珍しく恋をした竜だ。しかし、竜であるがゆえに声は実らない。それだけではない自らの呪い故に愛した人を不幸にするといあまりにも残酷な結果。木竜もまた不幸に振り回された者という事だ」
だからこそこんな計画に歯止めが効かなかった。
というかその愛する者にも心当たりが出来た。
ヒーリングベル。
「どうすればいいんだ? どうすれば俺は……」
「殺せ。二人を殺してやることでしか救う術はない。というより本人達はそれを望んでいる部分がある。その為に我々がいる。ここにいる全ての竜がお前の決戦に手助けをしよう。ソラ・ウルベクト。お前はこの世界に何を望む?」
俺は何を望んでいるのだろうか?
堆虎達すら利用したこの国に、この世界に俺は何を望んでいるのだろうか?
分かっているんだ。
「どれだけ憎んでも、どれだけ恨んでもここは俺の生まれた国で、育った国だ。救いたい」
「それがお前の願いか……いいだろう。ここにいる竜全員でお前を支援しよう。人と竜、世界と世界を繋げる時が来た! 今こそ人に力を貸そう!」
止めよう。
王島聡と木竜を!