ビヨンド 3
衝撃波だったのからすらはっきりとは分からず、俺の体は窓ガラスを割ってベランダの壁に叩きつけられた。
肺の中に入っている空気が全部出ていくのではというぐらいの衝撃、肉体的なだーめじが少なく済み、その結果は単純に星屑の鎧が俺を守った為だ。
ベットに隠れていたのはエアロードやシャドウバイヤのように体を小さく縮ませている木竜と思われる姿の竜、俺が見ていた木竜とは少し見た目が違っている。
それでも、身体を木の根で作られたような見た目と竜のように獰猛な爪を生やした四肢は見間違え用もない木竜そのもの。
「い、生きていたのか?」
「そうではないがな。君達が倒したのはあくまでも私のもう一つの種さ。私は不死という手前種の段階で半分に分ければ本体と副体に分かる事が出来る」
じゃあファンドが飲み込んだのは………。
「君が戦った木竜は副体の方だ。ここにいる私が全てだ。何も驚く事じゃない。ゲートが開いた段階で私はテレパシーをこちらの世界にいる私と同調できる人間に送り続けていた。偶然にもその少年こそが私にとっての同調できる人間で、同時にヒーリングベルを持っている人間だった」
ヒーリングベルという聞きなれない言葉に首を傾げていると木竜は俺のそんな態度に苛立ちを覚えたかのような表情をする。
「ヒーリングベルとは音竜の事だ。そこにある呪詛の鐘の正体だ。君達はそんな事を理解しない、だから勝手名前で呼ぶ。私はそこが苛立たしい」
その言葉はまるで恋する人を侮辱されたかのような感情が込められており、それだけでも木竜に対しての警戒心が最大値まで高めるには十分だった。
レクターは呪詛の鐘の範囲外に出ており、全員が警戒体制のまま固まっている状態、だがそんな中王島聡は万理の本棚から一冊のノートを取り出し音読し始める。
「五月に起きたバス事件の後お父さんが亡くなったと聞いた。母は何も教えてくれず、私はただ混乱するだけだった。でも、ある時偶然にも父の遺品整理をしている中に見知らぬ木の箱を見つけ出してしまった。高級そうなクッションと、片手で使うような小ささの鐘の形をした隙間、でも中には何も入っておらず、私は最初それを不思議そうに見ているだけだった。だって、父親はこんな道具を大事にしている人でも、趣味にしている人でも無いからだ。でも、そんな木箱の中に小さなメモを見つけ出した」
ノートをそっと閉じ俺の方をじっと見つめる王島聡、俺に向けられるその瞳には誰に対する怒りが込められているのかすら分からない。
「それが呪詛の鐘というわけだ。彼女の父親が持っていた呪詛の鐘。だったら誰がそれを指示したのか……もう君なら分かるだろ?」
その目はまるで俺に「理解しろ」といっているようにも思えた。
「政府……それも内閣に近いか、それに敵対している人間の仕業」
「そう言う事だ。最も、誰なのかぐらいはっきりと分かっているけどね。僕は今からその用事で忙しいんだよ。できる事なら邪魔して欲しくないんだがね。ここで戦いたくないんだ。今戦えば余計な戦力を失いかねないからね」
「それを「はい」と認めると思うか? 君が呪詛の鐘を持っていたという事実と、一連の事件に関わっていたという現実がここにある。それだけで君を拘束する理由としては十分だ」
王島聡は少しだけ考えるような素振りを見せ、同時にその目は策を練っているように見える。
「まあここから逃げるだけなら時間はかからないんだけど。作戦を始めるのに時間が掛かるのも事実だ」
「大人しく捕まるというのなら手荒な真似はしない」
「まさかだよ。最も今ダメージを受けている君一人で木竜を抑えられるとでも? 君を説得できるか試してみようと思ってね。僕の妹を殺したのは……母親だ」
その言葉でも衝撃だが、それ以上になんて冷めきった目をするんだろうか。
「父親はDVが酷く、母親は夜遊びで男を造ったりパチンコなどのギャンブル依存症といってもいいほどに酷かったからね。妹は病弱で本来なら病院に入院していなくちゃいけないほどだった。僕は妹を父親から守るのに必死、妹の第一声はいつだって「ごめんなさい」だった。僕に助けられる事への申し訳なさからそんな事ばかりを言っていたよ。生きていることが不幸な妹だった。でも、僕はお兄ちゃんだ。守らないと……」
俯きながらどことなく不幸を感じさせるような声を発する。
「父親が死んで多少はましになると思った。母親はいずれ排除すると決めた。父親の保険金に手を付けた母親はそれ以上の金を求めるようになり………妹を殺した。正確には引っ掛けてきた男に殺させた。許せなかった。僕はスーパーへと簡単な食材を買いに行っている間の事だった!! 林間学校に行かなかったのも、行けなかったのも…妹が心配だからだ! 妹だけが僕の幸せそのものだった!」
興奮し血走った眼を俺の方へと向ける。
「だから警察を利用して殺してやったんだよ! でも、結果から見れば警察を掌握やすい状況を手に入れた。皮肉だった。僕が生きる度に誰かを不幸にする。分かったんだ。僕の中にある『何か』が邪魔をするんだって」
「それが我々が共通している力、『不幸体質』だよ。時に世界を滅ぼすほどの不幸を呼び起こす。生きているだけで周囲を不幸にするこの体質。これがある限り私達が不幸にする連鎖は止まらない。だったら……」
「だったらこの世界を滅ぼすって決めたんだ。そして、妹を再現して二人だけの世界を作り出す。その為の作戦だよ。この世界にいる七十億の人間の命があれば十分さ」
狂気に満ち溢れている目、この二人は本気でそれを実行に移そうとしているとはっきり分かる。
ここで止める必要があるが、正直に言えば先ほどのダメージがまだ回復できていない。
「不幸を巻くことで不幸を払拭するなんて……」
「君には分からないさ。君が『竜達の旅団』に目覚めた時、僕は同じタイミングで『不幸体質』に目覚めたんだよ」
何の話だ?
「知らなかったのか? 君の『竜達の旅団』と王島聡の『不幸体質』は全く同じタイミングで目覚めた。今まで話を聞けばなんとなくわからなかったか? この世界には本来異能は存在しない。異能の無い世界に異能は目覚めない。なら君達はどうやって目覚めた? それこそが呪詛の鐘だ」
「だったらイリーナはどうなる!?」
「彼女はヒーリングベルの同調者だ。そういう人間はいる。ここにいる王島聡が私の同調者であるようにな」
ジュリやマリアが深刻そうに俯いているという事はそう言う事なのだろう。
「だったら……」
「そうだ。君達はバス事故で目覚めた。それが変えようのない真実だ。異能は異能によってしか目覚めない。これは法則でもある。異能のある世界は目覚めるし、異能の無い世界は本来目覚めることは無い」
「さて……僕達はそろそろ退室させてもらうよ」
木竜は両翼を羽ばたかせ、俺は邪魔する為に緑星剣を向けるが木竜はそんな事なぞ気にもしないように突っ込んでくる。
ここで切ればという想いで剣を振り下ろそうとするが、それ以上に木竜の衝撃の方が強かった。
ジュリの悲鳴に近い声で俺は我に返り、左に大きく跳躍することで突撃を回避。
木竜はベランダの壁を粉砕し外へと飛び出していき、木竜は自ら背中に王島聡を載せて羽ばたく。
「僕達はこの辺で失礼するよ。これから控えている作戦があるんでね」
「待て!」
「待たない。君が聖竜から導かれた者なら追いかけてくるといい」
木竜は身を翻し遠くの空へと飛び去っていく。
俺はそれを悔しい気持ちで見守る事しか出来なかった。
「クソ! 何も……出来なかった」
ベランダの床を強く叩きつけ、皆が俺にどう声を掛けたらいいのか分からない様な表情を取る。




