ビヨンド 1
海との死闘から二時間が経過し、剣道場の修理などは士官学生が積極的に進めており、俺もすっかり体力を元に戻した。
海はガーランドの勧めでガイノス帝国の精神病院に収容されることになり、念の為にと担当医師を先ほど呼んで収容までに容体を見てもらう事になった。
奈美は最初こそついて行こうとしたが、万理が心配だからと止めたらしい。
かくいう俺はすっかり元気を取り戻し、ガーランドと一緒に父さんとレクターに説教をしていた。
問題は戦闘終了後、レクターが近くのコンビニでアイスを食べている姿を目撃した事、レクターは作戦当時にサボっていたことが発覚し、父さんも仕事を抜け出して逃げていたことが分かったからだ。
「いいか? お前は今作戦の指揮官だろ? なのに責任者というべき人間が指揮現場から逃げ出すなんて言語道断。ましてや一回や二回だけじゃない。何回も何回も」
「レクター、皆で作戦をするって決めたときにお前の担当を言ったよな? なのにもかかわらず、作戦実行段階になってコンビニにアイスを買いに行き、その辺の公園でアイスを食べる。自分勝手にもほどがあるだろう?」
「「はい。ごめんなさい」」
周囲にいる士官学生や剣道場の生徒がまるで汚物を見るような目で見ており、皆が心の中できっと「あんな大人にはなるまい」と誓ったに違いない。
そこにマリアがやってきて俺達の方へと近づいてくる。
「何をしておるんじゃ? お主らは」
「説教だよ。この馬鹿二名に説教をしているんだ」
「? まあよい。王島聡に関して少し分かったことがあったぞ」
俺に向かって一枚の紙を差し出す。
その紙には王島聡の近況報告が乗っており、その中には不可解な死が彼の周りで起きていたという事が書かれていた。
「両親が亡くなって……妹までもが? 偶然にしては…それに親戚も死んでいるのか? これって間違いないのか?」
「間違いない。周辺の聞き込みも終わっておるよ、現在の住所も分かっており。しかし、これが呪詛の鐘の効果ならまあ分からんことも無い」
「だろうな。不審な死に方をしていても、直接手にかけたわけじゃないんだから罪にならないだろうし、疑われないだろう。しかし、高校には通っていないんだな」
「フム。中学はまだ辛うじて通っておったらしいが、高校受験はしなかったようじゃな。とはいっても通信制の学校似通っておるようじゃがな。最も通信制とはなんじゃ?」
「要するにインターネットを使って行う学校で、実際に学校に通うんじゃなくて、自宅にいても授業を受ける事が出来る学校。学校似通う事が出来ない子供なんかが高校卒業の資格が欲しい人間が通うんだ」
「フム。早速じゃが行ってみるかの? 道案内なら出来るぞ」
これ以上の手がかりがない以上王島聡の家に行くしかない。
呪詛の鐘の手がかりがあると信じて今は行くしかない。
小野美里市の端にある山の麓、その辺は物価が安く家賃も格安でアパートなんかは近くにある大学の学生などが使っていることが多い。
十五年前に大学のあるサークルがテロ行為に加担したとかで噂を聞いたことがある。
「大学って何を学ぶの?」
「確か経済系だって聞いたな。なんちゃら経済大学とかいう名前だったはずだ。その大学にあるたしか……オカルトサークル? 名前のサークルが当時問題を起こしたとか……」
「問題?」
「十五年前に地方でバイオテロを起こすって脅迫があったらしくて、実際に死人が出たんだったかな? その拠点にそのオカルトサークルが使われたって聞いたよ。前に俺とレクターと父さんで谷間を進んだろ? あの近くにサークルの拠点があったはずだ」
「え? という事はあの辺大学の所有地なの? ソラそんな事言っていなかったけど?」
「違うけど? 正確には山の向こう側だったかな? でも、近いはずだよ」
「フム。しかし、お前さんの家の近さといい、何か嫌な不気味さを感じるのぉ」
「嫌なこと言うなよ。でも、そこまで有名じゃないはずだよ。そこの大学行くなら広島市にある大きな大学に行った方が良いって聞いたことがる。滑り止め用の大学って皮肉る人もいるぐらいだし」
俺とマリアを筆頭にジュリとレクターの四人で王島聡の家へと向かっており、更に古臭い家やボロイアパートが並ぶ住宅街が見えてくる。
俺は山の中間部を指さしながら先ほど説明した大学の場所を指さし、実際曲がり道には大きく大学行きの道が伸びていた。
今回は大学に行く予定がないので一旦パス、王島聡の家であるアパートへの道を進む。
細い路地に見えるような道、車一台走るのがやっと位の細さの道であり、前と後ろから車がきたらどうするのだろうと不安になる細さ。
レクターが駄菓子屋と書かれた看板のお店の前で棒立ちになっており、俺が強引に連れていこうとするが、物凄い抵抗を見せる。
この男………先ほどの説教が聞いてないようだ。
「ちょっとだけ!」
俺はため息を吐き出しながらレクターを追いかけるように俺も中へと入っていく、古い木の棚にビッチリと駄菓子が置かれており、その狭さから懐かしさすら感じる。
不思議な事に駄菓子屋何て言ったことが無いのだが。
「うわぁ………これ全部お菓子?」
「フム。すごいのう」
起きているのか寝ているのか分からないおばあちゃんが座布団の上に座った状態で微動だにしない。
顔の位置から体勢までまるで動かず、それっぽい人形なんだといわれたら信じそうになる。
「起きているんだよな?」
「た、多分だけど……」
ジュリとひそひそ話をしながら出入り口で様子をうかがっていると、レクターが両手一杯にお菓子を持ってお婆さんの所まで走っていく。
「これください!」
「………五百円」
心の中で悲鳴を上げそうになるし、声が低く音量も小さいため喋っているのかどうかすら分からない。
だから声だけが聞こえてくるみたいな状況になっている。
レクターがお金をお婆さんの隣に起きこちらに駆け足で駆け寄ってくると、それとすれ違う形でマリアがコソコソと話し始めるのが見えた。
ものの数秒でこちらに帰ってくると、俺達を押し出す形で強引に駄菓子屋から撤退する。
「で? なんなんだ?」
「あのお婆さんに王島聡の事を聞いたんじゃよ。それっぽい少年が片手に鐘のような道具を持っている姿を見たことがあるそうじゃが、家族で歩いているような姿は見たこと無いそうじゃよ」
「最近引っ越してきたって事か?」
「そう言う事じゃな。前の家もこの近くかもしれんが、まあ調べる必要があるじゃろう」
駄菓子屋から歩いてニ十分ほどの距離にそこはある。
車が合計で六台ほど止められるような広さの駐車場、ドラマなんかで見るような古いアパート。
ここの二階にある203号室が王島聡の部屋らしく、マリアは管理人から手に入れたマスターキーで部屋のドアを開けて室内に侵入していく、中はよくあるワンルームのアパートで、よくある古いアパートといった感じがする。
「なんか………古いね」
レクターの言いたいことも分かる気がする。
正直隙間風が酷いし、窓ガラスは割れているし、正直酷いアパートだというのが正直な感想だ。
「ここ数日はまともに帰ってきていない感じだな」
「そうじゃな。パソコンも無いようではまるで手掛かりがないといってもいいんじゃなかろうか?」
「念の為に棚なんかも調べておくか」
皆で棚や本棚なんかもしっかり調べたが、これ位といった収穫も無かったが、そんな中子供用の食器が棚の下に置かれていた。
俺はあえて触れないようにしておくと、マリアが妹がいたという話を思い出していた。
妹の食器をあえて残している理由を想像すると少しだけ嫌な予感が脳裏を過る。
結局手掛かりを得ることなく俺達は王島聡の家をでる事になった。