空は海を羨みながら海は空を羨む 6
打ち込み台は俺が去ってから誰も使っていないらしく、祖父ちゃんの刀の切れ味を確かめる為に使わせてもらった。
長年使われていなかったにもかかわらず刃こぼれ一つなかったのが奇跡だと師範代から言われ、打ち込み台を滅茶苦茶にするぐらいに斬りまくる。
ガイノス流剣術の型の最終確認をするためでもあったのだが、今更確認をするほどでもなく、刀でも難なく技を使い熟す事が出来た。
気持ちのいい汗をかいてしまったので振り返ってからジュリが持っているであろうタオルを受け取ろうと思ったが、いつの間にか多くの観客で一杯一杯になっている。
どうしてこんなことに?
よく見るとその半分は士官学生の後輩で、残りは剣道場時代の後輩である。
一斉に送られる拍手に戸惑う俺、士官学生の後輩が俺を慕うのはまあ分かる話だが、剣道場時代の後輩に慕われていた記憶がない。
「ジュリ! なんだこれ!?」
「なんか師範代さんに言われて剣道場の中の掃除に呼んだら、士官学生の半分がここに集まってきて……それでソラ君の練習にみんなで見惚れていたよ」
「師範代!!」
ニコニコしながら縁側で座って見ていた師範代に苦情でもいいに近づいていくと、剣道時代の後輩で素早く囲まれてしまう。
「先輩さっきの技教えてください!」
「すごい斬り方しましたよね? あれどうやって切ったんですか!?」
もう質問の弾丸の雨である。
こちらに休ませる時間を与えてくれない上、士官学生の後輩までもが俺を囲むように近づいてくる。
「ソラは知らならないかもしれないけど、皆君に話しかけずらかっただけで慕っていたんだよ。ソラは孤高の狼みたいな雰囲気を纏っていてカッコつけていたからね」
「一言余計だよ……」
俺は咄嗟に嬉しい気持ちになったが、同時に海がそんな俺をどんな気持ちになっているか気になってしまった。
すると一人の士官学生が坂道を上ってくると息を乱しながら大きな声で「あと十分でターゲットがここに来るぞ!」と叫ぶと士官学生と剣道場の後輩が忙しく準備に入った。
ジュリがそれとすれ違う形で俺にタオルを差し出し、汗を拭いながら一旦息を整える。
「あと、アベルさんとガーランドさんがこれをソラ君にって」
「これは? 武器装備用のベルトか?」
「うん、ソラ君刀を腰に装備しようと思った時ベルトに通そうとして失敗したでしょ? それを電話越しに相談したらこれをくれたの」
俺はジュリに感謝しながらベルトを装備しながら刀を固定し、俺は素足になってから剣道場の中心まで歩いていく。
掃除が行き届いており素足で感覚がはっきりと分かり、キュキュという心地いい音が聞こえてくる。
ここで何度も海と試合にならない様な戯れをし、その度に万理や奈美が海を応戦するものだから俺がふてくされながら「兄も応援してよ」というと万理が「頑張ってソラ君」と応援する。
よくある風景だったし、それはこれからも変わらないのだと信じていた。
そんな事は意外な事であっさりと壊れ、時間が解決するだろうと思っていた事は時間が破滅させた。
逃げていたって解決できないことを知ったし、時間が解決できないことがあると知った。
もう逃げない。
全力で戦い、海の全力を俺は受け止めるんだ。
挑む度に逃げようと試みて、そして全てが破滅した。
逃避は恥じゃないと誰かが言ったけれど、逃避は破滅だった。
少なくとも俺達にとっては、四人がまた元通りである為には俺が受け止めなくちゃいけないんだ。
俺の目の前に武者鎧を着た海が現れた。
アベルとガーランドも遅まきながら剣道場に辿り着き、賑わいの逆である嫌な静けさが満ち溢れ、その中心には武者鎧姿の海とそんな海を睨みつけるような目で見ている士官学生服のソラ。
お互いに息子がこれから殺し合うかもしれないのに、それを決して邪魔をしない二人。
ここで邪魔をするのは簡単だと分かっていても、それをすることが二人の心を救う事にはならない。
この二人はある意味逃げた。
『怖かった』や『不安』という気持ちが襲い掛かったのだろうし、何よりも『変わる』事を恐れた。
それはガーランドやアベルにもよく分かる。
幼い頃、変わる事を恐れてそれでも無理矢理変わっていく事を二人は知った。
周囲の人間達が帰る事もまたあるし、自分の何気ない行動が変えるのだと知る。
ガーランドは今でもファンドの祖母達を救えなかった事を後悔していた。
あの日ガーランドはファンド達より早く現場に訪れ、避難を開始していたがガイノス軍が許した戦力は少なく、全員を連れていく事は叶わなかった。
そんな中、ファンドの祖母達老人たちは残ると言い出してしまい、結果ガーランドは残してしまう。
あの日、ある意味アベルの未来も、ソラの未来すらも変えてしまう決断だったと後に知る。
(あの時の決断で色々な事が変わった。あの日私が守ったのは己の誇りだった。人を救うという誇りを守り、結果多くの人の命と運命を決めてしまった)
二人の少年の運命もある意味決めたのかもしれない決断、それは何気ない事が切っ掛けだったりすると今になって知る。
何も知らなかった奈美は一人走りながら剣道場へと急いでいた。
ソラが何を想い、海が何に追い詰められていたのかしら奈美は何も知らなかったし、今になってすら皆が何をしていたのかすら知らなかった。
今ソラと海が戦おうとしていることも、海が万理を殺そうとしたことも、今になって三人に確執があったことも知らなかった。
幼いからと三人が黙っていたのかもしれないが、苦しみや悲しみや怒りすらも三人が己の力で乗り越えようと必死だったのかもしれない。
でも、結局で三人は乗り越えられず、呪詛の鐘という力の前に敗れ、今ソラと海は殺し合おうとすらしている。
「私……私!」
何かしたいという気持ち、でも、目の前に二人が居て殺し合う場面に辿り着いても何もできそうにない。
きっと足がすくんで何もできない。
足掻きにもならない様な小さな抵抗、心が悲鳴を上げそうになっており、奈美は大粒の涙を流しながら剣道場前の坂を上っていく。
息を乱し目の前に広がる静けさ、海が目の前で武者の鎧を脱ぎ捨て、嫌な間が周囲を満たし奈美の悲鳴のような声が戦いの合図になった。
「お兄ちゃん! 海君!」
海が俺の足首目掛けて低めの一撃を水平に切り込み、俺はそれを低めのジャンプで回避しつつ海にまっすぐに縦斬りをお見舞いした。
海はバックステップで攻撃を回避し、俺の刀は剣道場の床に静かに突き刺さる。
距離が開き睨み合っていると、海が切りつけようと近づいてくるが、切りつけるように見せかけてタックルを決めてきた。
しかし、それは俺も同じことを考え、隙を作ろうタックルを決めた。
俺と海の体がぶつかり合い、至近距離で睨み合うような状態になり、俺には濁りながらも意識があるのか無いのかはっきりしない目が見えた。
それでもハッキリと分かる事は海もまた俺と戦いという気持ちだけはハッキリと分かった。
俺が無理矢理でも素手で触れれば解除できるのかもしれないが、それでは根本的な解決にならないとはっきりと分かっている。
俺が胴体に刀で無理矢理胴体に打撃攻撃を試みるが、海はギリギリで回避しながら視線でははっきりと俺を捕らえる。
今までの海ではありえない戦い方だし、実際俺は少しだけ驚きながらもそれを表情に出さないようにと試みる。
歓声すら上がらないほどのため息の数、みんなが数秒の攻防戦に見とれてしまっている。
「海。この際だからハッキリ言っておくよ。俺は…お前が羨ましかった。俺の持っていない物を持っているお前を。でも、この三年間で俺は憧れている人が出来た。ううん。今までそれに気が付かないふりをしていただけだ」
ガーランドの事を見ないようにしながら俺は嫉妬をしてしまった。
誰かを助けるのに必死になるあの人を、心の底から尊敬していると思うし、だからこそ俺はあの人が憧れなんだ。
「憧れの人を追いかける為にも………俺はお前に勝つ!」
「ソ……ラ! 俺……が、勝つ!!」