空は海を羨みながら海は空を羨む 5
エアロードを探してキッチン(どうせ腹が減ったとか言って行ったのだろうと予想)へと向かうが、キッチンには誰もおらず俺は首を傾げてからキッチン中を見回した。
おかしいなと呟き、廊下に顔を出すがやはりそれっぽい姿が見えない。
他に行きそうな場所に心当たりがなく、いっその事家の中に隠れていたジャック・アールグレイ辺りが連れ去ったのではと予想した。
そんな時冷蔵庫の方から『ガタン』という強めな音が聞こえてくる。
流石に驚いて振り返るとそこには変わらず冷蔵庫があるだけ、しかし、この冷蔵庫は電気が来ていないため冷蔵する機能が無い。
と思ったが、よく見るとキッチンの電気が付いていると気が付き、スイッチを入れたり消したりして確かめる。
「何で電気が入っているんだ? まさか太陽光発電があるわけでも………? まかさ母さん」
そう思って俺は二階に駆け上がり窓から屋根へと飛び移ると、先ほどは見えにくかったがハッキリと太陽光発電特有のパネルが敷いてある。
という事はこの発電エネルギーだけで賄えるとは思えない、そう思ってキッチン中を見て回り発電エネルギーの供給ラインを見てみると、キッチンを優先的に回していることがよく分かる。
それも、先ほど弄られた痕跡がある。
あのバカはという想いで俺は冷蔵庫に手を伸ばし思いっ切りドアを開く、すると中からは練り物やご飯のおかずを腹一杯に詰め込んで冷たい冷気に身を任せて書いてきそうにしているエアロードがいる。
「おい。中々根性あるじゃないか。人の家のキッチンを荒した挙句、冷蔵庫に居住の地を構えるとはな」
「連れてきてやったんだ。感謝して欲しい」
「そういえば、お前は勝手に三年間も人の家に住み込み、その挙句食べ物を物色していたらしいな」
エアロードが不利と考えると黙って冷蔵庫から出ていき、俺の右隣をまるでさも関係なさそうに歩き出す。
無論俺がそんな事で許すわけがなく、尻尾を鷲掴みにして持ち上げる。
「何か言うべきことは? 感謝の言葉でも、謝罪の言葉でもいいぞ」
「よくやった。褒めてつかわす」
「お前はいつの時代の人間だ! あとそのくだらない知識はどこから仕入れた!?」
「昨日のテレビドラマという奴だ」
この暇人の竜は……俺達が戦ったり万理を病院に運んでいる間にこいつはさっさとホテルに戻り部屋のテレビで時間を潰していたのだろう。
そう思うと殺意さえ抱いてくる。
緑星剣を呼び出し、エアロードの喉元に突き付ける。
「ここで剥製になるか……大人しく謝罪するかを選ばせてやる」
「…………すみませんでした」
物凄い葛藤の末大人しく謝罪するエアロード、俺はそのままエアロードを連れていき外に連れ出す。
元の大きさに戻し街の方まで飛んで海を補足するのに時間がかかるとレクター達が言っていた気がするので、その前に俺は海の両親に会っておくことにした。
そのおおよその行き先を指さし、一帯を飛んでいるとコンビニからジュリが買い物袋を片手に現れる姿を見付ける。
そばまで降りていきジュリの方へと駆け寄っていく。
「買い出しか?」
「ソラ君!? もう大丈夫なの? なんか……すごく辛そうな表情していたけど」
「もう大丈夫だよ。それより誰に頼まれたんだ?」
「ソラ君のお母さんから万里さんの部屋に置くやつだって……基本的な物はソラ君のお母さんが買ってきてくれているんだけど、細々としたものを買いに来たの。ていってもさっきのコンビニはこのゴミ袋を買いに来たの」
「万里の手術は終ったのか?」
「うん。無事終わったって。ソラ君が年の為にって治療しながら移動したのが効いたみたい。あと……多分だけど切った本人が手を抜いたんだろうって」
「だろうな。海自身にも躊躇いが残っている証拠か。まだ海を救うチャンスがあると考えた方が良いんだろうな」
つい考え込んでいるとジュリが俺の右手に優しく触れながら微笑んでくれる。
「できるって思う事が一番の力だよ」
「そうだな。それで? もう万理は果然に大丈夫なのか? 予断を許さない状況では……」「それは無いって。本当に大丈夫。でも、念の為にって再生治療器の中に入れてあるから。傷が全快するのに大体……五、六時間ぐらいかな」
「その辺は俺には分からないからな」
ガイノス帝国の優秀な医師を信じるしかないし、万理の生きる意志があると信じよう。
「ソラ君はこれからどうするの?」
「作戦が開始される前に海の両親に会いに行こうと思ってな。まあ、あの両親の事らから海が罪を起こしたって知ったら捨てそうな気がするけど」
「……大丈夫かな?」
「ジュリが不安なら先に帰っていてもいいぞ。勿論その場合はエアロードに送らせるけど」
「ついて行くよ。こういう時ぐらいソラ君の側にいたいの」
ジュリと共に歩いて十分の場所にある海の家、『大熊』と書かれた看板前に辿り着き、インターホンを押して中から声が聞こえてくることを期待する。
しかし、まるで人が出てこない状況に疑問を抱き、金属の門に手を伸ばして中を覗き込むようにすると、鍵が掛かっていない門が俺の体重を支え切れず大きく開く。
「これって侵入したら通報されると思うか?」
「た、多分。でも……これって中に人いる?」
留守なのだろうか?
念の為にと右側に回り込み、中がのぞける窓からリビングを見ていると真っ赤な血を流して倒れている二つの遺体を見つけた。
俺とジュリは急いでリビングに入ろうと窓を強引に開け、中に入り込んで俺は父親の方の脈を図り、ジュリは母親の脈を図っているとお互いに首を横に振る。
「駄目だ……もう死後硬直が始まろうとしている」
「こっちもだ。多分少し前だな。レクターに連絡入れてこの辺りを捜索させる。多分この近くにいたはずだ」
俺は携帯を弄りながらレクターに指示を出している間に、ジュリはガイノス軍に状況を携帯で説明していた。
俺とジュリは一緒に(エアロードは興味がなかったのかコンビニ袋を持って母さんの所に向かった)剣道場へと辿り着いた。
念の為にと奈美にはあえて何も言わず、母さんも気を聞かせて何も告げていないそうだ。
剣道場の坂道を登っていき、丘の上にある林に囲まれた古い寺を改造して作られた剣道場、懐かしい場所だけにふと足を止めて眺めてしまう。
「懐かしい?」
「うん。よくここで剣道をしていたなって。四人で」
直ぐに中には入らず、俺達は外回りをグルって回り込んでいく。
「ここ、周囲が林で隠れているから練習をするのに余計な情報が入らないんだよ。もうちょっと奥に行く森林みたいに少し濃いめの場所があるけどね。俺と奈美は家の場所の都合で向こうから入る事は無いけど」
「林道になっているの?」
「そうそう。こっちの坂はきつめだったろ? 向こうの道は緩やかな坂道になっている分結構長い道でね。女の子は嫌がるんだよ。虫が出るからって」
「私はあまり気にしないけどね。そう言う事なら私はあの場所でソラ君に会えなかったと思うし」
俺とジュリの前に木でできた打ち木と呼ばれる打ち込み台が見えてきた。
「あそこの打ち込み台で良く剣の練習をしていたけどね。ほら、打ち込み台を潜り抜けて叩きつけているとカッコいいから」
「ソラ君らしい。海君はそういうのはしなかったの?」
「海は地道にコツコツと素振りをしていたよ。俺はこの打ち込み台を使っているところを見たことが無い」
打ち込み台の1つに優しく触れ懐かしさに頬が緩む。
「懐かしいかい? ソラはその打ち込み台が好きだったからね。最も、君が居なくなってから誰も使わなくなったけどね」
「……師範代。お久しぶりです」
長めの黒い髪を後ろに束ね、背が高く白と黒の剣道着を着ている優しそうな男性、この人こそがここの剣道場の師範代。
「海と決着をつけるんだってね?」
俺は一瞬だけ黙り込み小さく「うん」とだけ呟いた。