空は海を羨みながら海は空を羨む 4
俺自身が海とどう向き合うべきなのか、それでも今の海には恐らく武器での語り合い以外に無意味だというのがはっきり分かっており、そんな海に緑星剣で戦うべきなのかと悩んでいた。
俺の力は結局の所で魔導の力に頼りきっており、単純な技術勝負はレクターに遠く及ばないというレベル。
それでも、俺がレクターほどでないにしても高いレベルを持っているのは事実、だが現在の海がどのぐらいのレベルなのかが分からない。
父さんに言えば恐らく呪術で力を増幅しているだろうことは把握できるとのこと。
しかし、俺が魔導頼るのは簡単だが、その状態で真っ向から挑んでも意味がない気がする。
結局のところで俺達はあの時の決着をつけたいだけ、俺は強化された海に己の技術だけで挑まなければならない。
緑星剣だけでも使おうかと考えた所で俺は自宅に祖父ちゃんが大事にしていた刀がある事に気が付いた。
「あれが壊れてから緑星剣を使えばいいか」
なんて軽い気持ちでいたが、肝心の刀を母さんが売りさばいている可能性が無くはない。
心配した気持ちで俺はエアロードを探し出し、必死になって家までの往復を頼み込んだ。
「なあ、俺を自宅まで送り迎えしてくれないか?」
「ええ!? メンドクサ………はい。真面目に送らせていただきます。なのでそのような睨みを私に見せないでください」
俺が笑顔で頼み込んだら快く引き受けてくれたので、そのまま家まで飛んで帰り、玄関前に降り立つ前に俺は無残にも燃え尽きてしまった俺の故郷を心苦しい気持ちを抱いてしまった。
家の中まで入っていき、途中でエアロードがキッチンの方へと姿を消したのを完全に無視し、俺は物置小屋を目指した。
家は燃え尽きることなく残っているが、電柱が燃えている為に電力が来ていない。
「まあ、仕方ないよな。最も物置小屋が燃えていなくてよかったよ。多分ここにしまってあるはずだし」
物置小屋のドアの鍵を緑星剣で破壊し、錆びついたドアが『ギシギシ』と音を立てながら開くと中から錆臭い匂いが襲い掛かってくる。
咄嗟に鼻を手で塞ぎ、匂いから逃げながら物置小屋の中を物色し始めたのまでは良いが、三年前に開けた時より明らかにひどくなっていた。
「仕方ないか。基本的にはいらない『何か』を強引に入れてきたしな。うわぁ……これなんて俺が幼稚園の時のおもちゃじゃん。おお! これは幼い事に見た映画のVHS!」
昔ながらのお宝に感心していると後ろから「何かを探しに来たのではないのか?」というガーランドの声が聞こえてきた。
急いで後ろを振り返ると、もうすっかり全開したらしいガーランドの姿があった。
「そっちこそ何しに来たわけ?」
「この辺の事後処理だ。被害状況の確認も兼ねてここに来たら、エアロードが見えたものでな」
「俺は刀を探しに来ただけだよ。祖父ちゃんが大切にしていた刀だから海との戦いで役立つかもって思ったんだ」
「緑星剣は使わないのか?」
「使わない。俺だけの力で挑む。じゃないと俺と海の問題を解決できない。俺はもう……逃げない」
刀を探す為に大きな段ボールを一旦下に降ろしながらそう答え、祖父ちゃんの遺品関連のダンボールに手を付け始める。
流石にダンボールには入っていないだろうから、奥の方に入れてあるのだろう。
俺や奈美が遊び半分で怪我をしたらいけないと母さんが念入りに隠したのだろうが、こうなると非常にメンドクサイ。
一番奥の方に入っていたら探し出すのに苦労しそうだ。
「海の両親はいないのか? 心配しないのか?」
「今の両親は知らないけど、本当の両親は病死だよ。癌だったかな? よく知らないけど。昔は父さんや母さんとも仲が良くて、海は俺の母さんに聞きに来ていたはずだけど。俺は海の個人的に事情に踏み入るのもどうかって思ったしな」
「今の両親はどんな人間だ?」
えらい質問ばかりしてくる。
「最低な人間だよ。建前だからって海を引き取って、そんな海に暴力を振るって実質操り人形みたいな感じで接していたよ」
「………お前はよくそんな事情まで知っているな」
「知りたくなかったけどね。でも、偶然知ってしまったら知らないふりは出来ないだろ? 海は今の両親との関係を半分は諦めていたし、俺は勝手な事情で家庭に割って入る事が出来ないって知らないふりをしていたから」
「それが……お前と海との溝になったんじゃないのか?」
ガーランドからの指摘に俺はダンボールを掴んだまま制止してしまった。
「お前は海を助けたいと願っていたんじゃないのか? だからお前は海相手に気まずくなった」
「かも……しれないな」
ダンボールの奥に一本の刀が隠れるように置かれており、俺は優しく拾いながら刀の刃を確かめる為に鞘から引き抜く。
刃こぼれはしておらず、ある意味安心する状況ではある。
「海と戦う場所は決めてあるのか?」
「うん。剣道場……レクター達に海の居場所を調べてもらっているよ。海らしい目撃情報がいくつか上がったらしいんだ」
俺は携帯を操作しながら先ほどレクターが発見した武者鎧姿の海をガーランドの見せる。
「これで間違いないのか? 顔も隠れているようだし」
「海の両親の家に行ったときにこれと同じ鎧を見たことがある。間違いない。これからかいの家に行って確かめてくるつもりだ」
刀を腰につけようと試みるが、案外難しく一旦諦めて右手に持ちながら倉庫から出ていく。
「ガーランドはどうするの?」
「この辺りの調査が終わり次第剣道場まで行ってみる。お前と海との勝負を見届けるつもりだ」
「……止めない? 最悪俺か海のどっちかが死ぬかもしれないのに、海はガーランドにとって」
「止めない。親は結局で子供を信じることしかできないからな。ただ、一つだけ聞かせてくれ。ソラ、お前は海の事をどう思っていたんだ?」
俺は海の事をどう思っていたのだろうか?
瞳を閉じて頭の中にある記憶を総動員して考え込む。
幼い頃から海という一人の少年を見てきたつもりだし、一人の剣道少年として同じ同門で育ってきた。
同じ師範代で育ち、同じ時間を共有してきたつもりだ。
海は万理の事が好きなんだと思っていたけれど、よく考えるとあれも万理が俺の事を空いていたからこその対抗意識だったのかもしれない。
俺は海が羨ましかったし、海は俺が羨ましかったのかもしれない。
「空は海を羨んで、海は空を羨んだのかもしれないな。空は生き物を受け入れる懐の広さを羨んで、海は空の自由さを羨んだのかもしれない。俺は空で、海は文字通り海だったんだ」
「空は海を羨みながら海は空を羨む………か」
お互いが羨ましかった。
お互いが妬ましかったのかもしれない。
海は俺の自由さが、俺は海の律儀でどんな理不尽も受け止めようとするところが羨ましかったんだ。
俺は……海のようになりたかった。
「でも……俺は海に幸せになって欲しかった。どんな決着をつけても俺は海に幸せになって欲しい」
ガーランドは無表情に近い表情をしており、そんな中俺はレクターがしつこく言ってきたガーランドの話を思い出した。
「ねえ、人を救う時何を考えて動いた? どうすれば人を救う事が出来る?」
「お前は十分人を救ってきたはずだ」
「……でも、三十九人は救えなかった。だから、もう……そんな事になりたくない! だから教えて欲しい! どうすれば救える」
(昔の私がこんな感じなのだろうか? アベルはかつて大切な人たちを失い自暴自棄になり、私はひたすらに父親の言いつけを守り人を救おうと努力を続けてきた。この子はまるであの頃の私だ。そして……海はあの頃のアベルなのだろうな。境遇が完全に逆だ)
「本気で救いたいと願っているなら体がおのずとそう動くはずだ。コツや訓練でどうにかなるものじゃない。お前は……私の若い頃によく似ている。お前なら出来るさ。強いて言うなら大切な人の言葉をキチンと聞き、共に乗り越える事だ」
ガーランドは優しく頭を撫でる。
何故だか心が温かくなる。




