侵略者《インベーダー》 9
ガーランドが屋上へと辿り着くと、左右からミサイルが飛んでくるのを全身で確認、ガーランドが扱う『重撃』はあらゆる技術の向上術であり、それ故に習得も難しく、テクニックやコツのようなモノがない。
あらゆる技術を向上させ、どんな基礎的な技ですらも必殺の一撃に変えてしまう。
なのでどの技にも名前は存在しない。
しかし、それでも基礎的な技術には名前を付けており、その理由は習得の際に分かりやすいだろうという理由だった。
心臓の鼓動の音を増幅させ、見えない波長に変えてその跳ね返ってくる音で対象物の距離を測る技。
蝙蝠が扱う反響定位を応用したこの技があれば対象物との距離が図れる。
物陰に隠れていようと基本は知る事が出来るこの技、ガーランドはヘリポートの陰に隠れている対象を見つけ出した。
ガイノス流を重撃で強化した水平斬りでヘリポートの足場を切り落とし、ヘリポートが落ちる際の衝撃で周囲に煙が上がるが、それに合わせて人影が逃げようとする。
その人影は決してガーランドから目を背けようとはしなかったが、それでもガーランドは姿を消した。
正確には姿を消したわけではなく消すような速度で懐にまで近づいて来たというだけなのだが、傍から見たら瞬間移動に見えてしまう。
体重移動と重力を応用した移動術、これもまた重撃の技術の1つ。
縦に思いっきり斬りかかろうと大剣を振り下ろし、相手は煙から姿を現し攻撃を紙一重で回避した。
「女……ではないな。お前は……駆動音が聞こえてくるから機械と言った所か」
「アックス・ガーランド。あなたは危険だと教わっています。貴方はここで殺します」
姿を現したのは綺麗な真っ白な肌色をしている普通の女性、しかし、身体から駆動音を微かにさせ、短めの金髪も良く見ると人工物だと判断できた。
彼女は片手をまっすぐ伸ばしガーランドの方に向けると、病院の外からヘリのプロペラ音が聞こえてきた。
突然自衛隊が使用している軍用ヘリが二機ガーランド周りに集まってくる。
(どうやって操っているのかを考えている暇はなさそうだが、しかし、軍用ヘリをあいてにしていると手こずりそうだな)
ガーランド目掛けて大量のミサイルが降りかかってくるのが視認できたのは正直ラッキーだったと思ったガーランド、大剣を片手で握りしめてから空気で全身の血液の流れを最大まで高める。
「ガイノス流剣術多連撃技………竜極」
再び消えるような速度で移動し始め、ミサイルを零コンマの時間差で切り落としていくガーランド、ミサイルが爆発する頃にはガーランドは元の場所まで戻っていく。
彼女のセンサーが危険音を放っており、手加減をしていたら殺されることぐらい彼女には分かってしまった。
両手の指から熱線をガーランド目掛けて飛ばし、背中から超小型のドローンを飛ばし始める。
ガーランドが彼女を切ろうと接近していくと彼女の熱線攻撃を捻って回避するが、着地と同時と周囲から熱線が飛んでくる。
体を素早く後方に退避しながら攻撃を全部回避し、それと同時に彼女はヘリからミサイルを次々と発射し、ガーランドを追い込もうとする。
しかし、冷静に周囲の状況を見守っていたガーランド、攻撃を綺麗に回避していき少しずつではあるが確実に距離を詰めていく。
その姿を彼女は唖然としながら焦りを覚えていた。
「貴様。名前はなんだ? いくらお前が機械と言えど名前ぐらいあるだろう」
「ベース………プログラムコード…『ベース』発動。予測システム!」
まるで見えないコンピューターを操作するように両手を弄り始め、そのたびに攻撃の激しさを増していく。
ガーランドは大剣をブーメランのように投げつけ、大剣は軍用ヘリのプロペラを切り裂き、ガーランドは小さく跳躍しつつドローンを二つ素手で破壊する。
「もっと………何故予想より早く動ける? 予測システムを覆される……!」
「機械と違い人間は予想できない様な行動を見せる事がある。時に人間は考えられない様な力を発揮する。お前がその予測システムがある限り私に勝てるわけがないだろう……ベース? それがお前の名前だな」
大剣を再召喚してからドローンを更に二つほど切り落とし、距離を縮めていくガーランドに焦りから思考プログラムに不具合が生じていき、次第に行動が鈍く落ちていく。
ガーランドはその落ちていくプログラムの隙を決して見逃さなかった。
恐ろしいほどの速い速度で近づいていき、ベースは目の前にまで迫っていくガーランドに自らの持てる全ての攻撃を一斉に向ける。
熱線攻撃をステップだけで回避し、周囲から飛んでくるミサイルは大剣で弾くか落とす。
最短最速で距離を縮め、大剣を振りかぶる振りをして相手の視界を一旦大剣の方へと向けさせ、その隙に大剣を話して後ろに回り込み大剣を呼び戻す。
首を静かに掴むガーランド。
「攻撃を止めろ。君のシステムコアを粉々に破壊されたくないだろう? 人間の脳に当たる部分から奇妙な音が聞こえてくる。熱も頭と心臓の部分が強く発している。心臓の部分は人体の中心に近い、ここがお前のエネルギー源だろう。それに頭の部分が施行プログラムと言った所か? どこまでも人体を模している。これが君の弱点だ。人間以外で人間になれるわけがないだろう」
ベースは首を強く掴むガーランド、ベースは思考プログラムに乱れを感じた。
消滅の危機に対して初めて感じる恐怖という感情、それが『死』なのだとはっきりと分からなかった。
「プログラムを閉じろとは言わない。システムを一旦シャットダウンしろ。その後お前を必ず元通りにすると誓おう。出なければ……ここで再生不能のダメージを受けたくないだろう?これでも……手加減しているんだぞ」
ベースは思考が乱されていき、最後には自らの意思でシャットダウンをした。
「これで一通り大丈夫か。念のために頭のコアプログラムだけは抜き取っておくとするか」
頭部の部分から小さな箱のような物体を取り出したガーランド、これ位自体が熱を発しているのが掌でよく分かる。
「やはりこれ単体でも多少の起動が出来るみたいだな。ならこの状態でも数時間程度は無事か………」
ガーランドは広場からの爆発音と立体駐車場からの戦闘音が酷くなっていくのが聞き取れた。
「ソラ達に任せるとして、こちらは中にいる二人を確保する方が良いかもしれないな。信じる……か。そうだな。あの子達の成長速度を信じるしかない。あの二人は戦いの中で恐ろしい速度で成長している」
ガーランドは任せることにした。
これは少しだけ前の話、立体駐車場へと向かったレクターがアラウと戦う少しだけ前、ソラがイザークと交戦する少しだけ前の話。
イリーナは奈美の協力の元ヴァースの元へと向かって行った。
「本当に大丈夫?」
「うん。私がちゃんと話せば聞いてくれると思う。ヴァースは優しいから」
ヴァースの病室前に立ち、ゆっくりとドアを開いていくイリーナ。
「ヴァースの力はね。その強大な再生能力と肉体なの。でも、その反動でヴァースは思考が人一倍鈍い。実際彼は片言しか喋れない。多分イザークに騙されている」
「なんか……可哀そうな人だね」
「そうだね。彼は私が良く知っているの。ニューヨークの片隅で生まれたヴァース、最初はどこにでもいるような大人しめの男の子、それ故に良く虐められていた。でも、そんなヴァースは私の事をいつだって気に掛けていた。ヴァースの力と違って私は生まれつきの力。ヴァースはこんな私でも気に掛けてくれた」
病室のドアから先に足を踏み出す勇気が湧いてこないイリーナ。
「ある時、私が学校でいじめられている現場を目撃してしまったヴァース、ヴァースはその場で苦しそうに悶えるようになった」
「どうして?」
「多分だけど何もできなかったと苦しんだんじゃないかな? 喧嘩をしても勝てるわけがないと思っていただろうし、私は当時気が付けなかった。でも、ある時ヴァースは私をいじめていた生徒を殺した」
「え? どうして?」
「分からないの。でも、その時には多分異能が目覚めたんだと思う。その時、イザークと出会った。最初こそイザークは優しそうな声でヴァースを騙していたけど、私は騙しきれなかった。でも、怖かった。イザークの中にある果てしない殺意を。イザークはいつでも殺人衝動と戦っている。人を殺したいっていう感情がいつでも彼を襲う」
部屋の中へと入れない。
ヴァースを説得できるとかではない。
ヴァースでもイザークには勝てないだろうし、説得できたとしても何か策があるわけでもない。
いっその事自分が大人しく殺されれば皆を助けられるんじゃと何度も考えた。
でも、その度にヴァースの事を考えてしまう。
「大丈夫だよ………行こう!」
「奈美ちゃん。うん!」
ヴァースの病室へと足を踏み出した。