侵略者《インベーダー》 7
万理と一緒に校門を超えていき、二年ほどで十年ぐらい放置されている廃墟のようになっており、草木は生え茂り、校舎の壁には所々ヒビが見えたりしている。
元々古臭い建物だったのに、放置されているだけであっという間に廃墟になっていったようだ。
元グラウンドにも草が生え茂っていて足を踏み入れる事すら躊躇われる。
二人で遠回りで校舎の下駄箱へと向かうと、俺の下駄箱を見付けて微笑んでしまった。
まだ中には靴が入っており、そのまま黙って閉じる。
「三年も経たない頃だったね。ソラ君達が行方不明になってすぐは警察から特に動きが無かったの」
「直ぐってどれぐらいだ? 聞いた話だと夏休みかその後に事件が起きたって聞いたけど」
「そうだね。一か月ぐらいかな? その後に六月中旬に調べていた警察が一人の生徒を連れていったの」
俺が通っていた元教室、中は荒れ果てており黒板には罵倒の言葉が掛かれている。
その罵倒の言葉が当時の生徒たちの心理状態をよく表しているように思え、同時にどれだけ彼らが追い詰められていたのかを俺に教えてくれる。
万理が一人教室の中へと入ると近くの机と椅子に優しく触れていく。
「その生徒は後日普通に通ったんだけど。四十人が行方不明で、その上警察が調べている最中に連れていかれた生徒だから他の生徒からも疑われてしまったの」
仕方がないとは思うし、しかし、その話し方からすれば当時はそこまで深刻じゃなかったように聞こえる。
「まだ当時は生徒たちはそこまで深刻に事態を考えていたわけじゃないの。でも、警察は当初林間学校の職員に疑いの目を向けたんだけど、近くの監視カメラには誰よりも早く駐車場へと向かう『その生徒』の姿が映っていた」
「ならその生徒がいち早く疑われても仕方がないな。まあ、可哀そうだとは思うけど」
「その生徒はバスなんかの乗り物好きでその日来るバスを見に行っただけなんだと主張したそうなんだけど、警察はともかく生徒がそんな話を真っ当に聞くわけが無くて、その内生徒の間でいじめが始まるようになったの」
その過程がありありと想像できた。
そういう虐めはどこの学校でも起きるものだし、そういう状況なら虐めに走ってしまっても仕方がないとは思う。
だからと言っていじめをしたものを擁護したくない。
「期末試験が始まる前……いじめを受けていた生徒が自殺した。学校の校舎の屋上から飛び降りてね。その後いじめをした生徒達が糾弾されたんだけど、その内いじめをした生徒達の主犯格だった生徒が夏休み中に自殺した」
おそらく期末試験から虐められたのだろう。
「そこからが地獄だったの。いじめをした生徒が特定されると警察が介入して、介入した際に判明した生徒が更に次の犯人と疑われ、そして、疑われた生徒がまた……」
虐められるという負の連鎖。
「その内きりが無いと感じた当時の同級生の何人かが集って当時の体育館で話し合おうという話になったの。でも、私は当時夏風邪をひいていて体調が悪くて、母親が断ってしまったの。実際私は林間学校の時も体調不良で早めに帰ってしまったでしょ?」
「ああ、そういえばいなかったな最終日」
「そういう理由もあって警察も私と林間学校に参加してなかった『王島聡』君を容疑から外したそうなの」
王島聡も容疑から外れたのか……、そういえば全く想像できないが俺は会ったことがあるだろうか?
「詳しい話し合いを私は直接知らないけど、翌朝になっても帰ってこなかった保護者が探しに言った所、体育館が血と遺体で真っ赤に染まっていたそうなの」
殺し合いだろう。
「殺し合い……か?」
「たぶんね。お互いに疑心暗鬼になっていって殺し合いにまで発展したんじゃないかって警察は睨んだらしいけど。実際、もう限界だったんだと思う。私達の中にバス事故を起こしたかもしれない犯人がいる何て状態が」
「でもそれさ……多分警察は余計な情報を開示していないと思うんだけど」
「うん。でも、最初の生徒の時にバス事故の事情聴取っていう建前があったから余計に疑心暗鬼になったんだと思うの」
俺は教室の中には入らないように心掛け、ドアに身を寄せながら憂鬱そうな表情を浮かべる。
「警察としては最悪の状況だよな。自分達の行動が原因で生徒の殆どが殺し合うなんて……」
「だから……当時取り調べをした警察官が自殺したことで警察署内でも疑心暗鬼な状況になったの」
万理が教室から出てくると俺の方へとまっすぐに見つめてくる。
「警察が? まさとは思うけど警察でも殺し合いなんてことは無いよな?」
「それは無かったけど。まるで四十人の呪いじゃないかって怖くなったのか、事件は未解決のままで放置されるようになったの。でも、そうは言っても四十人の遺族は納得できないし、実際不満はあったと思うよ」
万理は体育館目指して歩き出し、俺はその後について行く。
「でも、その内忘れられるようになりそうになった頃に異世界の話が入ったの」
「だとしたら話としては最悪だったな」
「そうかな? 私はねいずれは話として振り返りそうな気がしたの」
万理が黙って体育館のドアを開いていくと、中は当時の惨状を物語っており、真っ黒に変色した血の跡が体育館中に広がっている。
俺はそれを見ただけで簡単に惨状を想像できた。
「私はここに来た事が無かったの。その後に母親が亡くなるし、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんに引き取ってもらったけど、その二人もこの前病気で亡くなった。今の私は天涯孤独の身だから………」
「万里……」
「大丈夫だよ。だからって死に来たわけじゃないから。でも、知りたかったの。この場所を」
何かを知るわけじゃない、ここに来たからと言ってあの頃にタイムスリップが出来るわけじゃない。
嘆いていれば過去が変わるわけでも、後悔して行動すれば何かが変わるわけでもない。
俺達は俺達の未来を見つけるべきなんだろう。
そんな時だった。
病院の方向から爆発音が聞こえてきた。
「エアロード!?」
「病院と呼ばれていた場所からの攻撃だ。間違いない」
「万里! 近くまで送るから」
「大丈夫。まだ用事があるから。ソラ君は行かなくちゃいけないんでしょ? 行ってあげて」
正直心配なのだが、急いで行かなくてはいけないのは事実だ。
万理を信じて俺は大きく跳躍して学校から離れていく。
万理は去っていったソラを見送ると、大きくため息を吐き出しながら腕時計を確認する。
「約束の時間まであと一時間か……」
そんな事を言いながら体育館中を見て回っていると、近くに『王島聡』と書かれた椅子と万理の名前が書かれている椅子が転がっているのが分かった。
その二つには血が付いておらず、万理は首を傾げる。
万理がここに来たかったのは、ある人物とここで話す予定になっていたからだ。
しかし、万理が肝心な話をソラにしていない。
ここで会う人とは商店街で会った事、その際にある事実に気が付いてしまった。
もう一つ肝心な話をしていない。
万理は『呪詛の鐘』について良く知っている。
何故なら行く不明になる前に亡くなった父親が『呪詛の鐘』について語っていた事を覚えていたからだ。
何故自分の父親が呪詛の鐘を知っていたのか、その答えは『王島聡』が知っているような気がした。
だからこそソラについてきてもらったわけだが、相手に先んじられてしまったようで、ソラはどこかに行ってしまった。
ソラが去ってから一時間。
体育館のドアがゆっくりと開くと茶髪の少年が入ってきた。
「海君をどこに連れていったの?」
「それを知ってどうするんだい? 君には何もできないと思うけれど?」
「答えて。海君をどこに連れていったの? 商店街で海君を連れていったでしょ」
万理はソラと会うギリギリまで海と一緒に行動していた。
その時は海と一緒に王島聡に会いに行くつもりだったからだ。
「その前に君が僕に会いたいって言ってきた理由を知りたいな」
太陽の光が日差しとなって王島聡を明るく照らす。
全員を恨むような目つき、中肉中背の高校一年生だが、同時にどことなく不良生徒というイメージがわいてくるような佇まいをしている。
「……呪詛の鐘を持っているよね? どうやって手に入れたの?」
王島聡は目を大きく開き高らかに笑った。