侵略者《インベーダー》 6
何故万理がそこにおり、どうして俺が生きているのかが分かったのかというと、そこには俺の母親が絡んでくるかららしい。
母親からもしかしたら俺が生きていると聞かされ、昨日学生寮をこっそり出ていき駅前まで来ていたようだ。
その時俺がジュリと楽しそうに(俺自身はそんな記憶は無い)歩いていた所を見たらしく、そのまま走り去って行ったとのこと。
俺達はそのまま二人で懐かしの中学に行きたいと皆に告げ、その道のりに俺はそういう話を聞いた。
ジュリとの関係を素直に話、その間万理は少しだけショッキングな顔をしたような気がした。
万理は後ろに纏めた黒髪を少しだけ弄り、元々目頭が下がっている目が更に低くなっていく。
俺は中学に上がる前に万理から告白されたが、当時の俺は万理との関係にそれ以上を感じる事が出来ずハッキリと断った。
だから万理は俺が付き合っているという状況に複雑な感情をおぼているのだろう。
「気にしないでね。歩いているときからなんとなくそんな気がしたから」
「ならいいんだけど……この中で万理が一番言い難い相手でもあったから」
「でも正直に言って欲しいの。あの時私の告白を断ったのは別の理由があった?」
こういう時の万理の推測は鋭く反論の余地を中々見いだせずにいると、俺は背中に感じる違和感に手を伸ばした。
「エアロード! お前どうしているんだ?」
「面白そうな話には私の影!」
「可愛い! この子ソラ君が飼っているの?」
「私は由緒正しい風竜一族だ! 飼われることは………ある!」
「あるのか……そこは多少は誇りを持って生きて欲しいと契約者である俺は思います」
「よく考えたのだ! お前に飼われることでただ飯にありつけるのなら痛くもかゆきも無い!」
「なるほど……効率を重要視したわけか? お前……本当に馬鹿なんだな!」
昔から思っていたが、馬鹿なのだと様々な竜達が告げていた通り、この馬鹿竜は文字通りの馬鹿だったらしい。
俺とエアロードのやり取りを笑いながら見守っていた万理、俺も少しだけ笑って返す。
すると近くにコンビニが見えてきた俺達は一旦中に入ってジュースを三人分購入している間に万理が懐かしそうに道路の方を見ていた。
「どうした?」
「懐かしいよね? 中学に上がる前ソラ君が剣道場を止めようかって相談していたよね?」
「ここだったか?」
「そうだよ。ほら、今みたいにジュースを買っているときにそんな話になったよ。私よく覚えている。でも、あの時本当にやめようと思ったのは海君に勝負を挑まれていたからだよね?」
「そこも気が付いていたのか………あの時万理から告白されていたことに海が反応したというのも理由だとおもう。正直俺自身本当は何も考えていなかったんだと思う」
五百円玉を店員に渡し、おつりを財布の中に入れながら振り返る。
エアロードにジュースを渡していると万理が訪ねてきた。
「どうして海君から逃げたの? 挑んであげればよかったでしょ? 海君この三年間あの時の事をずっと引きずっていたんだよ」
「それは悪かったと思うよ。でも、俺は海と試合をしたいと思ったことも無いんだ。海は昔っから真面目で真剣に剣道に打ち込んでいたけど、俺は不真面目だし我流が強いから試合に出してもらえなかった」
「私達が気が付かないと思っている? 本当はソラ君が嫌がっていた知っているんだよ。ソラ君が試合に出場することを嫌がって師範代が困っているって聞いたことある」
「当時の俺は誰かと競う事を真面目にしたいとは思わなかったんだ。剣が触れればそれでよかった。良く裏山を駆けずり回っていたよ」
「知っている。けど……海君は皆から期待されていた分どうしても周囲からのプレッシャーに答えようと必死だったんだと思う」
店から出ていき中学までの道のりを再び歩き出す。
「………俺は期待されていなかったよ。だから、海の事も本当の意味ではよく考えなかったんだと思う」
「今は? 今はどうなの?」
「期待されているかを気にしてもいないと思う。結局で俺はあの頃とまるで変わっていないのかもしれない。今の俺は……」
きっと三十九人の生きた証を受け継いでいく事に必死なのだろうと思うのだ。
俺にとって彼女達の死はそれだけ衝撃的過ぎた。
「ごめんね……私聞いちゃいけない事聞いたね」
「良いんだ。今でも海に試合をしてほしいといわれても逃げると思うよ。俺にとって試合をするという事はある意味殺し合いに近い形になりかねないと思うんだ。多分あの時俺と海が試合をしていたら殺し合いに近い形になったんじゃないかって思う」
あの時少しだけ怖かったんだと思う。
そうなるかもなんて考えているだけで怖い。
いや、それも俺が逃げたいという本心が与える妄想なのかもしれない。
「万里は俺と海が試合をしてほしいと思うか?」
「ううん。本当はね皆であの頃みたいに仲良くが一番だった。でも、変わらない物なんて無いから。だからあの時告白した。でも、ソラ君は変わる事を恐れた。でも、あの人達はソラ君を変えたんだね」
その姿に一瞬だけ堆虎が重なった。
「そのセリフ……堆虎達にも言われたよ」
「少しだけ…悔しい」
エアロードは俺の隣でジュースを飲みながら飛んでおり、まだ見えてこない中学より前に懐かしい剣道場前の坂道が見えてきた。
剣道場は坂道の先にある丘の上に建てられており、古く大きな寺を改造して出来上がったようで、昔っからあの坂道を四人で走って登った。
「懐かしい?」
「まあな、よく裏の打ち込み台で練習をしていたな海が……」
「ソラ君が隠れてしていたって知っているよ。意外と皆」
「知っていたのか。今でも打ち込み台での練習は良くするさ、まあ向こうは実物の剣を振る機会があったから今となっては木刀でも軽いけど」
「へえ………」
俺は立ち止まり坂の下から剣道場を見上げる。
流石に音は聞こえてこないが、なんとなく男が聞こえてきそうな気がしてくるが、万理が「行く?」と尋ねるのを俺は「いいよ」と断った。
「しかし、万理は本当に呪詛の鐘を見ていないのか?」
「うん。記憶にあるのは商店街に入る所まで。でも、中学に行こうとしていたのは覚えているの。用事があったら。商店街に入ったら後ろから鐘の音を聞いた気がする」
なら呪詛の鐘を持っていた人物は商店街に来ていたようだが、そういえば一瞬だけだが海を見たような気がした。
「そう言えば商店街に海が居なかった?」
「え?海君? どうだろう。いなかったような気がするけど……結構人が居たから」
近くで戦闘があったといっても避難場所として使われていたみたいだし、かなりの人が集まってきていたし。
実際見失っているし。
「でもどうして?」
「いや、何で海が居たんだろうって思ったから。海って商店街に来る印象が無いし」
「そうかな? でも最近は近くにショッピングモールが出来ちゃったから余計に人が来てないって嘆いているらしいよ」
「だろうな。でも、俺はあの昔ながらの商店街の良い所は好きだよ。剣道場での練習の帰り道にあそこにある肉屋で買うコロッケが好きだった」
「ソラ君良く寄り道していたよね?」
「頻繁にしていたって言われると心外だけどな」
「向こうでも良く寄り道しているの?」
「帝都は広いんだ。帰り道に寄り道なんてしない日が無いぐらいだな。来たら驚くよ。帝都全体だけで東京都と同じぐらいの広さなんだ。そこに一億人が詰まって暮らしている」
「へぇ! なんかぎゅうぎゅう詰めになっている姿を想像しちゃった」
万理がやっと笑ってくれたので俺は安心して微笑むことができる。
話をしながらようやく中学前までたどり着いた。
すでに廃校となった中学前は閑散としており、人の気配をまるで感じさせない。
建物も完全に廃墟と化しており、夜に訪れれば肝試しの舞台になりそうなほどである。
ここで俺は万理から直接聞きたいと思っていたんだ。
三年前に起きた事件の全容を……。