エピローグ:もう大丈夫
五月二日。
今日は帝都の北の近郊都市跡の集合墓地で三十九人の葬儀が行われる日となっており、朝一番から父さんやガーランドやサクトさん達で葬儀の準備が素早く行われている。
俺はその風景を少し離れた所から見守っているが、あの作られたお墓が完成してから約二週間が経つのに俺は未だに来ようとは思わなかった。
ここに来れば嫌でも現実を直視することになる。
だからと言って逃げることも出来ないぐらいは分かっていたのに、それでも俺は逃げてきた。
俺が殺したんだという現実から目を背け、何が得られるのだろうか?
三十九人は俺を恨んでもそれでも俺に生きた証を託してくれたのに、俺は一か月前の戦いから何も成長できていない。
北の近郊都市跡は当時の事件の名残を残しており、燃えた建物や公園跡などもそのままの状態で取り壊されること無く残っていた。
再開発のめどはまるで立っていないらしく、そのまま再開発計画は立ち消えとなったそうだが、十六年前の事件が発覚した後再開発をするべきではという意見が現れた。
しかし、唯一の生き残りである父さんはこれを嫌がり、結局ここはそのままの形で残されることになった。
他の誰もがまだ来ていないこの状況では俺にはやるべきことが無いし、かといって父さん達の手伝いをしたいとも思わない。
「暇なのか?」
俺は悲鳴を上げながらその場から逃げ出し、近くの瓦礫に隠れてしまう。
だって俺の隣に当たり前のようにガーランドが現れたからだ。
「そのままでいいから私の話を聞け」
俺は黙って頷く。
「お前は三十九人がどうして死んだのか知っているはずだ。それは帝国政府にとって都合の悪い話でもある。そういう意味であの三十九人の真実は闇に隠されることになる」
「……そんなことわかってる」
「だが、お前はそれを受け止めようとしているんじゃないのか? 思い出して辛いと思っているという事はお前自身が彼女達の死をちゃんと受け止め、前に進む為に苦悩している証拠じゃないのか?」
そんな事を言われるとは思わなかったが、真直ぐに着きつけられる言葉に俺自身黙り込んでしまう。
本当にそうなのだろうか?
俺は彼女達の事で苦悩をしているのだろうか?
「前に進むという事は決して良い事ばかりじゃない。導き出した答えが間違った答えならそれは間違った結論でもある。本当に正しい行いはじっくり考え、自分の過ちに真正面から受け止める事だ。早く出せばいいという事じゃない。お前はこれからもじっくり考えて出せばいい」
そこでガーランドが立ちあがり俺に背を向けてしまう。
「お前の答えをな。じっくりでいいんだ。じっくり考え導き出した答えが大事なんだ。それが正しいか間違いかは別としてな。お前なら正しい答えを出してくれると信じている三十九人を考え、受け止めようとしているなら出せるはずだぞ」
そう言って立ち去ってしまうガーランド、その背中が俺には大きく見えた。
というか大きいんだけど。
俺の父さんより真っ当な人間に見えてしまうから不思議だ。
あそこで俺の母親と妹の写真を見ながらニヤニヤしている人とは大違いである。
というか息子が苦悩しているんだから興味位持って欲しい。
「感謝しておくよ。ありがとう!」
「いい。お前と同じぐらいの時私も苦悩したさ。私の場合はお前ほど苦しんではいなかったがな」
あの人にもあの人なりの苦悩があるし、その苦しみの道が存在しているのだろう。
そうだ焦って出すんじゃない。
これからの人生の中で答えを導き出し、それが三十九人に誇れる答えであるべきなんだ。
俺自身が胸を張って彼女達に告げるべき答えを自分で足掻いて導き出す。
苦しみも悲しみも導き出した答えには必要なものなのだろうし、俺は真正面から受け止める気があるのなら俺には出来るはずだ。
もうすぐでジュリ達が来るはずだ。
ジュリ達がやってくるとドンドン出席者が集まってきた。
皇帝陛下は真っ先にやってくると俺の元へと近づいてきて深々と頭を下げた。
俺は必死になって「止めてください」と止めさせたが、皇帝陛下からすれば自分達の国の責任で三十九人を殺してしまったと苦悩しているのだろう。
無論聖竜がこの場に来ることはなかった。
皇帝陛下曰くギリギリまで誘ったらしいのだが、外に出たくないと引き籠ってしまったらしい。
俺としては事前に謝っていた理由を知った今では、聖竜なりに苦悩があったのだろうし、それ故に謝罪だったのだろう。
きっとそれ以外に方法が存在しなかった。
だからこそ堆虎達は死という結果を認めたのだ。
葬儀は厳かに行われ、二時間掛けて葬儀は終了し今はその後に控えている昼食タイムだが、皇帝陛下と最高議長はどうしても忙しくその場から去っていってしまった。
俺は堆虎達の墓の前で立ち止まったまま少し考え事をしていた。
「ソラ君はやっぱりここは嫌?」
「そう言う事じゃないけど………いや多分そうなんだろうな。思い出して苦しんで、そのたびに痛みに悶えている。でも、それも俺が答えを出す為には必要な痛みなんだ。俺は三十九人から痛みと一緒に『想い』を託されたんだと思う」
生きた証を胸に俺は突き進む。
絶対に忘れないし、あのマントに刻みつけられたマークこそが俺が受け継いだ生きた証なんだ。
「だから耐えるよ」
「私達も一緒だよ。一人で背負わないでね。同じ秘密を共有するものとしても、貴方の事を好きな人間としても頼って欲しい」
「勿論。これからも俺の側で俺を支えて欲しい。苦しい時も、悲しい時も君が居れば頑張れる気がするんだ」
夢を追い、理不尽で不条理に現実を生きるんだ。
俺とジュリはふと昼食の会場を方を見ると、レクターとメイちゃんを中心に騒いでいることが分かる。
あの笑顔や微笑みこそが堆虎達が命を懸けて俺に繋いだモノなのだろうから。
そして俺が託されたモノでもある。
「三十九人が託してくれたものを俺は大事にしていきたいんだ。あの笑顔は三十九人が守り抜いたモノだから」
蔑ろにしたくないし、させやしない。
「大丈夫だよ。ソラ君がその気持ちさえあればこれからだって守っていけるはずだよ。装でしょ? ソラ君は背負うって決めて、今背負っている。大丈夫私達も一緒に背負うから」
「皆で来れた未来だ。俺一人で来れたわけじゃない。これからだって同じさ。俺は……三十九の星屑を背負う英雄だ」
星屑の英雄。
これは三十九人の生きた証という星屑を背負う英雄譚。
俺の英雄譚はここから始まるんだ。
沢山失って、沢山道に迷いそうになって、その度に色んな人の助けを借りながら進むんだ。
それで良いのだろう。
俺は星屑に守られる一本の剣として、色々な人達を世界を守っていく。
そして、いつの日か俺はこの思いを誰かに託していく。
「そろそろ行こうか」
俺はジュリの手を握りしめ、レクター達の方へと歩き出すと一筋の風が俺とジュリを通り過ぎた。
俺とジュリが一瞬目を瞑りふと後ろを振り返るとそこには三十九人と、もう一人の俺や今まで死んでいった多くの犠牲者達が俺達の方を微笑みかけている。
胸に来るものを感じてその場に立ち止まってしまい、苦しそうにしているとジュリが優しく手を握り返す。
そうだ一人じゃないんだ。
「ありがとう………もう大丈夫だよ」
俺がそう返すとみんなは微笑んだまま風と共に消えていった。
俺の心残りが生み出した残滓なのか、それとも本当にその場に現れたのかは俺にも分からない。
でも、俺にとっては間違いなく目の前で起きた出来事だった。
「行こう………」
「うん」
俺達は歩き出す。
まだ見ぬ未来へと歩き出す。
きっと最後には笑顔になれるはずだから。