ありがとう 1
眩い光が包まれている間俺の視界は完全に塞がっており、ゆっくりと目を開けてみるとそこは白いだけの空間。
まだ現実に戻れていないのだろうか?
彷徨って歩いていても解決するわけでもなく、ただ周囲を見回してみると後ろから「ソラ」という俺の名前が聞えてきた。
その声は俺がここ数年よく聞く声にそっくりだった。
振り返ってみると今の父さんと瓜二つだが、どことなく細いイメージだがそれでも見間違え用もないその姿。
「と、父さん?」
「本当に大きくなったね? 少し母さんに似ているかな?」
すると父さんの隣に母さんそっくりの女性が現れた。
きっとこの世界で死んだ父さん『アベル』の奥さん、世界を挟んだもう一人の母さん。
「あなたにそっくりよ。でも……生まれていたらこんなに大きくなったのね。あの人は元気かしら?」
「………時折子供っぽくて困っているよ」
「そう。そう言う所があるからそれはこの人も同じだと思うわよ」
父さんが顔を逸らすのでそう言う所は世界を挟んでも同じなようだ。
「どこか子供っぽい癖に、強くて優しくて……かたずけは出来ないし、ゴミは溜め込むし、何かあったら部屋に一週間は引き籠るし……駄目な所も一杯だけど」
俺はきっと泣いていたと思う。
「それでもやっと出会えた父さんなんだ………知らなかったから。知りたかったんだ。母さんが愛した人を、母さんが生涯でこの人しか愛さないって決めた人に会ってみたかった。俺や奈美じゃ母さんを本当の意味で笑顔にしてあげられなかったから」
悔しかったんだ。
俺じゃ母さんを本当の意味で笑顔にできなかったから、だから会ってみたかったんだ。
どんな人なのか、俺にとってはもう会えない様な遠い世界の人だったから。
「あの人の事………本当によろしくね」
「母さんの事もな。きっとあの二人ならうまくやれるはずだ。うまく取り持ってくれよ。ソラ」
「……勝手に会いそうだけどね。母さんは母さんで勘が良いし、父さんは意外と行動的だから」
そういう人だし、意外と真実を知れば早く行動するかもしれないけど。
でも、ちゃんとこうして話ができて本当に良かった。
「こっちの世界の母さんやもう一人の俺が死んでしまったから俺に竜達の旅団が集まってしまったんだよね? 俺の命は色んな人のによってできているんだ。命は単純じゃない……複雑に絡み合い出来ている」
すると父さん達の後ろにもう一人の俺と言ってもいい存在が立っていた。
それだけじゃない堆虎や隆介など多くの死者が俺を見守っている。
「俺達はきっとこういう状況でもないと出会えなかった。この二つの世界はきっとやり直せるよ。君なら………頼んだよ『ソラ・ウルベクト』」
「……! ああ任せてくれ。『袴着空』」
きっと俺は『ソラ・ウルベクト』に成る為に、『袴着空』をもう一人の俺に譲る為にここまで来たんだろう。
父さんは一人にはできない。
また部屋を汚しそうだし、帰ったら父さんは不貞腐れるし………うわぁ! こわ!
「もう………帰るね。皆が心配しているし………」
これ以上ここにいると辛くなっていくだけだ。
そう思っていると父さんと母さんは俺を両サイドから抱きしめた。
「「ソラ………少し早いけれどお誕生日おめでとう」」」
それはきっと十六年分の「おめでとう」だった。
二人にしがみ付き何度も何度も俺は零れるように「ありがとう」と呟いた。
「ありがとう………俺を産んでくれて! 俺を信じてくれて本当にありがとう………」
ゆっくりと離れていき光に包まれていく中俺は最後に大きな声を発した。
「俺が皆の生きた証だ!! 絶対に忘れない………」
ゆっくりと現実に帰っていく。
目を開けるとジュリが心配しているような顔で覗き込んでおり、俺は体中の疲れから未だに起き上がれそうにない。
「結構寝てた? それとも少しの間?」
「少しだけ………少しだけ寝てたよ。切った後ソラ君疲れたように落ちてきたんだよ。エアロードさんが受け止めてなかったら死んでたかも」
「エアロードは?」
「まだその辺にいるよ」
よく見るとエアロードは体を小さくさせ、レクターに追い回されている。
「なあジュリ………ここでしか言えない様な恥ずかしい話をしたいんだ?」
「? 何? 私が聞いてもいい話?」
「ジュリだけにしかしたくないんだよ」
ジュリの周りに人はおらず、聞き耳も立てていないという事は既に確かめており、ジュリは「うん」と小さな鈴のようにきれいな声を響かせてくれる。
「俺この世界の残るよ。父さんの子として……『ソラ・ウルベクト』としてこれから士官学園に通おうと思う………そして、これからも俺の隣で支えていて欲しいんだ」
それはきっと遠回りのプロポーズのように見える。
ジュリにそれが届いたかどうかすら分からず、俺は返事を待っているとジュリは顔を近づけてくる。
抵抗はしない。
俺はゆっくりと目を瞑り、真っ暗な視界の中俺の唇に柔らかい何かが重なった気がした。
「………本当にこの国で良いの?」
「ああ………この国が良いだ」
「沢山酷いことだってあるし、これからだって色んな矛盾を抱えることだってあるよ?」
「それでもここが良いんだよ…………皆との思い出の地が良いんだ。皆に会えて俺の中にあったズレた感覚が収まっていくのが分かった。ジュリに出会えてから人を好きになるって感覚を知った。レクターにあえてから友情を知ったんだ。父さんに会えて俺は知らないことを知った。この世界に来て俺は戦う理由を知ったんだ。この国が与えてくれたことは俺にとってかけがえのない時間だ」
無駄な事なんて一つもない。
努力したことは、目標や夢に向かって鍛錬したことはたとえそれが叶わなくても無駄にはならないはずだ。
この国で過ごした三年間は俺に大切な事は何かを教えてくれた。
「酷いことがあるって事も知っているし、国が矛盾を抱えていることも理解しているつもりだ。何より理不尽で不条理だという事も分かっているんだ。でも、それだからこそ俺はこの国が大好きなんだ」
「………私も大好きだよ。この国もソラ君の事も、初めて私の前に現れたときに私の中で何かが変わった気がするの。知らない何かが目の前で起きて、それはきっと私を知らない場所まで連れていってくれるんだって」
少し大げさに聞こえた。
「大げさじゃないよ。帝都で育って、出ていく勇気も無かった私がソラ君に会えたことで色んな場所に出ていった。ソラ君が来て全部が変わったんだよ」
「そういう意味なら俺も皆と出会ってから色んなことが変わったよ。俺………父さんと母さんに結婚して欲しいって思っているんだ。協力してくれる?」
「勿論だよ」
笑顔になれるような気がするよ。
病院に行く必要もなく俺は一時間すると起き上がる事が出来た。しかし、父さんとガーランドは重症だったらしく(その割にえらい言い合いをしていたらしいけど)、そのまま病院へと一直線。
その間もひたすら言い合いをする二人を見ていて俺はサクトさんに「行かせないでいいんじゃない?」と提案してみた。
「二人共いい加減にしなさい!」
サクトさんに叱られながら病院へと直行していった二人、サクトさんは帝都郊外で進軍を停止させていた保守派と主戦派の内保守派に事の真実を開示、主戦派に対して皇帝陛下からの逮捕状が降りると主戦派は無駄だと悟ったのか十六年前の事件の真実を開示したそうだ。
十六年前新たに台頭していた革新派と中立派を鬱陶しく思い起こしたこと、しかし結果ら見れば両派閥にしてやられたことなどを話し始めた。
その結果軍は皇帝陛下と最高議長に両派閥の代表者や重鎮メンバーに裁きを要請、改めて帝都で裁判が行われることとなった。
時期は少し流れ………五月上旬。
帝都はようやく暖かくなっていく所だった。