140億分の1の奇跡
どうしてこうなったんだろう。
俺は蹲りながら涙を流していた。
自分がどうして幼くなっていたのかもよく分からなかった。
自分の人生を思い出してみても、こうして涙を流していた記憶はまるで存在しない。
父さんが死んだときは俺はまだ赤子だったはずだし、妹の奈美に関してはまだお腹の中だ。
だから幼いころから仕事で忙しい母に変わって祖父ちゃんがよく俺の相手をしてくれていたが、そんな祖父ちゃんも六歳の頃に亡くなってしまった。
それでも、これだけ泣いたことは無いだろう。
俺はこの三年間で強くなったのだろうか?
それともまるで変わっていないのだろうか?
強くなった分だけ自分が弱くなったような気がしてしまう。
幼い事からズレた感覚がずっと俺の中感じていたのはいつからだっただろうか?
何かズレている感じがする。
ここは俺がいていい場所なのだろうかという想いがいつだってあり、友人と遊んでいても、家族と一緒に過ごしていても、幼馴染の皆と一緒に剣道に励んでいてもどこかズレている感覚は無くならなかった。
それもこのガイノス帝国にやってきてから何かが変わった気がした。
というよりはズレた感覚が『ガチ』という音を立てて収まっていくのが分かってしまったが、それが何故なのかがまるで分からない。
だらしない父親、初めて好きだって気が付いた女性、図々しいがどことなく憎めない親友、後輩や先輩など多くの人に囲まれたこの三年間は俺のズレた感覚を収めてくれた。
「なのに………これが代償なのか? 俺はただ……皆に幸せになって欲しかったのに。無理な願いだったのかな?」
「そんなこと無いよ」
顔を上げてみるとそこには優しい微笑みで俺を両手を強く握りしめる堆虎がそこにはいた。
俺の体を思いっ切り持ち上げてくれる堆虎もまた俺が見たことの無い幼い姿。
「皆に幸せになって欲しいという願いはすごく尊いものだし、何より誰にだってできる事じゃないよ。皆自分の幸せを願い、自分の幸せの為に努力を積むはずだから。それでも、そんな惨酷な現実を前にしてもソラ君は自分より他人の幸せなんだよね?」
だって、誰かが幸せになって欲しいと思ってあげないと可哀そうなんだ。
この二つの世界を知った今ですら世界には救われない人が、笑顔になれない人がこの世界にいるって知っているから。
幸せになりたくないって願う人も、あえて不幸になりたいと思う人だってきっといるんだ。
ならだれか一人が幸せになって欲しいと思ってあげないと、幸せを奪う者からそれを救ってあげないと可哀そうだ。
「この世界は理不尽で不条理だよ。それはソラ君が良く知っているでしょ? 人じゃないと罵られる人達、生きているだけで不幸になる人達だって存在しているよ。その中でソラ君はきっと優しい人だから」
「だって……俺は今まで不幸だった。母さんがいて妹がいたはずなのに俺は不幸だって思って生きてきた。これは罰なんだよ。これ以上のものを求めた…」
「それっていけない事なのかな? 高みを目指す事は別に悪い事じゃないよね? それにソラ君はそれ以上の人をこの世界で救ってきたよ。私達が保証する。ちょっとの我儘ぐらい許されるんだよ」
許されないよ。
探していた三十九人を不幸にして得られる幸せ何てこの世界でどれだけの罪深い願いなんだろう?
「そう願うのだとしたらそれはソラ君が罪悪感を抱いているからだと思う。それに罪深いって言った私が一番罪深いよ。三十八人を殺して、この街の人達を殺そうとした」
「それは! 堆虎自身が本当に望んだことじゃないだろ?」
「ううん。たとえ呪術の影響を受けたとしてもそれは私自身が望んだことでもあるの……幸せになっていくソラ君やこの街の人達が恨み、多分………お母さんやお父さんだって恨んでいた」
儚い表情を浮かべている。
「ソラ君の所為じゃない。ソラ君は必死に足掻こうとしてきた。私はこの街で聖竜から与えられた未来視で見ていたんだよ。ソラ君が必死に足掻き、ソラ君が私達を見つけ出そうと必死になっていたの」
「「「俺達(私達)(僕達)は知っているんだよ」」
「だから泣かないで、それに………悔しいんだ。私達やソラ君のお母さんや妹さんや幼馴染の皆が変えられなかったソラ君の感覚をこの世界の人達は三年で変えていった。ソラ君が幸せだった思う事が出来たことはソラ君が以外が努力してきたことだよ。それこそがソラ君が守り抜いた結果じゃない?」
誇って良いのだろうか?
三十九人を救えなかった俺を俺自身が誇りに思っても、この道をまっすぐに進んでもいいのだろうか?
「良いんだよ。多くの人を救ってきた人間が黙って不幸に甘えて、周囲の幸せを「これでいいんだって」思うなんて小説や漫画の世界のお話なんだよ。バットエンドに甘えないで、どこにでもあるようなノーマルエンドを求めないで、もし目指すんならソラ君が最後に笑っていられるハッピーエンドをトゥルーエンドを目指して」
小説や漫画の中にある様なバットエンドで良いんだと思うな。
これは物語だけじゃない。
一つ一つの人生にはその人だけの物語があるんだ………俺には英雄譚があるはずなんだ。
俺の英雄譚は誰もが抱えるようなバットエンドじゃない、最後に俺も皆と一緒に笑えるようなハッピーエンドを目指すんだ。
「この世界で出会ったソラ君のお父さん。アベル・ウルベクトさんとソラ君のお母さんが結婚して………その結婚式にはソラ君のお友達も、アベルさんのお友達もソラ君のお母さんのお友達も参加するの。そして皆が微笑んでそれを見守る。ね? 笑っていられるでしょ?」
「うん………でもそれでいいのか?」
「良いんだよ。ソラ君が幸せになれないと私達が生きた意味が無い物」
「なら………本当にそう思うなら! 死にたくないって嘘でも……もう叶わない願いでも言ってくれよ!」
なんでそんな悲しい事を言うんだ?
俺はこんなに君達に生きていて欲しいって願っているのに、もう死んでもいいってそんな冷たい事を言うんだ?
「い、生きてみたかったよ? でもね。私達じゃなくても誰かが選ばれていた事なんだよ。私達だからこそソラ君が幸せになれたんだって思ったら私達はそれだけでも良かったって思うの。だから、これからどんな不幸が、どんな災いが襲い掛かってきてもソラ君は決して挫けずに前だけを見て歩いてね? 約束」
どうしてそんな事を言うのだろうか?
「ソラ君は二つの世界でたった一人しか存在しない『竜達の旅団』の異能を受け継ぐ少年だから。この世界のソラ君はアベルさんの子としての生を受ける事が出来なかった。ファンドの非情な行動を前に亡くなった。でも、彼が繋げてしまったゲートの先で生まれる予定のソラ君に竜達の旅団は憑りついた。ソラ君は140億分の1の奇跡を宿した人間なんだよ。だから……勝てるよ。挫けないでいられるはずだよ」
「俺……絶対に挫けないよ! どれだけの不幸が目の前へと襲い掛かってきても、どれだけの困難が目の前にやってきても俺は絶対に乗り越える。君達からもらった全てが………この鎧こそが俺の……」
言葉が詰まってしまう。
俺の体が元の高校生に戻って俺の体がエメラルドグリーンの鎧を身に纏う。
堆虎は三十九人を代表して俺の両手を握りしめると、俺の背中に突然マントが姿を現した。
「そのマントには三十九の星と一本の剣が描かれているの。私達はソラ君を守る三十九の星になるの。ソラ君は世界の人達を救う剣になって」
多くの物を貰った。
返しきれない様な大切な物ばかりだ。
「俺が………皆の生きた証になる! 俺に託して良かったってそう思えるような戦いをしていくよ……だから…」
皆が俺を抱きしめるように周りに集まっていく。
一人、一人と離れていき最後に堆虎が俺の元から離れていくと俺も顔を上げる。
「勝ってね? ソラ君なら絶対に勝てるから」
勝つよ………絶対に。
俺は夢を見ていたかのような思いをしていた。
目の前にはまるで今でも呼吸をしているかのように優しく微笑んでいる堆虎がそこにいた。
「ソラ君」
声のする方向へと振り返るとそこには申し訳なさそうな顔をしているサクトさんとジュリが立っていた。
どうやら飛空艇でここまで追いかけてきたらしい。
「そんな顔をしないでください。これも俺達四十人が納得してきたことです」
「それでもあなた達子供が不幸になって私達が幸せになるなんて許されるはずが無いわ」
サクトさんの申し訳ないような声を絞り出す。
ああ、本当に優しい人たちだな。
「だったら……父さんと母さんの結婚式を挙げる事があったら祝辞でも上げてあげてください。それだけでいいです。三十九人だって貴方に謝ってほしくないです。それに申し訳ないって本気で思うなら許してくれるはずです」
俺はジュリの方へと近づいて行き、そっと優しく俺の右手をジュリの左手に重ねる。
「俺が幸せにならないと俺が三十九人から叱られますよ。悲しそうな顔をして蹲っている時間があるなら俺は皆を守って生きたい」
ジュリは優しく微笑んでくれる。
「だから………俺は勝ちます。皆を不幸にして、自分だけ幸せになろうとする奴から皆の幸せを守る為に!」
「そうね………」
勝つんだ。