真実 7
俺が最初に違和感を覚えたのは聖竜との会話をしてテラ戦の後の事であった。
聖竜と会話をしているときはそんな違和感に気にしている場合では無かったため、特に気にもしなかったのだが、それでも最初はまるで理解できなかったのだが、黒い騎士を見た時心にチクリとする痛みが走ったのを今でも覚えている。
この痛みにまるで気が付かないままあのドームでの攻防戦に映り、あの場であのお守りを見た時俺の中で確信に近い何かを覚えた。
堆虎があのお守りを手放すとは思えないし、この世界で何の価値もない『お守り』である。
この世界には神に祈るという習慣が無いので、必然的にお守りのような特殊な道具は存在しないという事になるのだ。
それでも、あの黒い騎士はお守りを大切そうにしていた。
心の中で嘘だという想いが込み上げてくると、俺は辛い現実から逃げたくなってしまった。
それでもいずれは真実にも向き合わなくてはいけない時が来る。
俺が堆虎を殺す事になったんだとしても………その惨酷な真実に立ち向かい、現実に生きる必要がある。
俺は覚悟を決めて目的の建物最上階へと辿り着いた。
飛空艇は目的地上空へと辿り着き、ゆっくりと発着スペースに降りようとしたところで下からの斬撃が飛空艇の右翼を切断し、ファンドは非常ドアから飛び降りる。
それに続くように黒い騎士も又降り立った。
「やれやれ………こうもうまくいかないものかな?」
「アンタが生きている限り俺達は何一つうまくいかない!」
「それは買いかぶり過ぎだな………袴着空君」
ファンドは腰に刀を付けている状態で発着スペースからソラを見下ろしていた。
「俺の事を知っていたんだな……」
「勿論だよ……私達が連れてきたんだ。最初の段階で書類が用意されていたからね。まさか別の場所に降りてくるとは思わなかったが、君以外はおおむね予想通りの結果になった」
「やっぱり………あなたが俺達を連れてきたのか? じゃあ……隣にいるのは」
「確か……堆虎とか言ったか? まあ、彼女の肉体に三十九人の恨みや殺意だけをひたすら集めた呪術兵器だ。何せ首都にいる人間に手を出すと流石に足が付くからね。約だけでも二十は必要だったから。その分異世界人は足が付かなくて丁度良かったんだ」
やっぱりという気持ちがソラの中に生まれた。
「しかし……昔からだがアベルはどうして軍上層部の意見を無視するのかね? あれだけ戦場にいろと言っておいたのに、残業しろと言っても定時通りに帰宅するし」
まるで独り言のようにブツブツと呟くが、ソラにとってはファンドへの殺意で一杯一杯になっている。
「君という不確定要素も聖竜が『竜の欠片』を継承したくて生じた現象ならここで立つことが彼女の役目だな。感謝したまえ! 同郷出身者の手によって討たれるんだ!」
「お前……最低だな!」
ソラは大きく跳躍し緑星剣を強く握りしめて横なぎに斬りつけようとするが、それを堆虎が邪魔をした。
「邪魔をするな堆虎!」
「無理だよ。聞こえていない。言っただろ? 今や復讐や殺意だけで動く道具だよ。操り主である私の意見には従うが君の言葉にはまるで動かない。では私はこの場を失礼させてもらうよ」
ファンドはまるで興味も無いようにスタスタと立ち去っていくが、ソラはそんなファンドに切りつける為堆虎を蹴っ飛ばし、一気に距離を潰していく。
ファンドは切りつけようとするソラを腰に装備した剣を引き抜いて対応する。
それは日本刀のような外見をしているが、日本刀より少し長く太いデザインをしている。
「やれやれ……実力も分からない様なガキを相手にしているほど私は暇人ではないのだよ?」
「そんな事を知るかよ! 俺達の人生を掻きまわしやがって!」
「それこそ国の思惑にかき乱されない人間がいるのかね? その国に所属してその国で過ごす以上はその国に巻き込まれて過ごす者だろ!」
「他国の人間が巻き込むのか!?」
「……日本が無関係だと? そんなはずないだろう。日本が君達を売り飛ばしたんだよ」
ソラにとって惨酷な真実を突きつけられ、後ろから襲い掛かろうとする堆虎に対応する。
「では………ここで大人しくしているんだよ」
「逃げるなぁ! 卑怯者!! 卑怯者ぉ!!!」
ソラが叫ぶ言葉をまるで心地良い気持ちで聞いていたファンドは薄ら笑いを浮かべながら立ち去った。
卑怯者だ。
あのファンドという人物は卑怯者なんだ。
多くの人間の人生を巻き込んだあげくまるでそれを他人事のように扱い、堆虎達を苦しめたことすらも無関係のように………。
「堆虎! 意識を取り戻すんだ。負けたら駄目だ」
「無駄な事だといった。私は憎しみがある。この国を滅ぼしたいという願いがある。君には理解できない。苦しみながら死んでいった者達の為にも私は滅ぼすんだ」
「あの男はそんな事を考えていない。お前は利用されているんだ」
「利用したうえでこの国の人間を多く殺せるのなら………本望だよ」
俺が何を言っても無駄なんだとはっきり理解した。
堆虎が決して本心から言っているとは思わないが、それでも俺の言葉が堆虎の体に宿る憎しみや殺意をどうにかできるとは思えなかった。
分かっていたはずなんだ。
こうなるかもなんて……ここに来る途中に何度も考えて出した結論。
俺が後ろに跳躍して距離を取り、俯きながら改めて覚悟を決める。
「君が止まらないなら……君がこれ以上過ちを犯すなら」
俺は君を殺す。
俺と堆虎が跳躍したのはほぼ同時、距離が短くなっていくうちに心の奥に湧き上がる記憶が心を締め付ける。
ジュリが好きだ。レクターを親友だと思っている。父さんだって、サクトさんだって……ガーランドだって大切なんだ。苦手だとしても、面倒だと感じても今になっては楽しい思い出になる。
この国が大好きだ。
日本だって大好きだ。
母さんも、奈美も、海や万理だって大切なんだ。
今の俺が出来る事………大切な人達や国々を守る事それは―――――堆虎を殺す事。
三十九人を殺す事………!
何度でも謝るよ、何度も何度も……たとえ君達が恨んでいたとしても俺は君達が許してくれるまで何度も謝るよ。
でも………大切な人達を守りたいんだ。
大切な国になってくれたこのガイノス帝国も、故郷である日本だって守りたいんだよ。
理解できないよね?
自分達を苦しめた国を守りたいなんて、自分達を殺そうとした国に尽くしたいなんて………理屈じゃないんだって思うんだ。
何度も悩んで、何度も苦悩して、何度も挫折してもこの気持ちだけは絶対に裏切らない。
約束するよ、証明するよこの戦いで。
「君を殺す! たとえそれが間違いなんだとしても……俺の誇りにかけてこの国を守って見せる! ジュリ達を守って見せる!」
これは誇りを証明する戦いだ。
守りたいという誇りを証明するんだ。
ファンドはエレベーターで折りている最中に突然止まるエレベーターに苛立ちをぶつけそうになる。
仕方が無いと途中の階で降りてみると、そこは議会場のある五階だった。
「誰かが止めたという事か………電源を止めたのなら議会場の反対側にあったはずだな。やれやれ時間の無駄だというのに」
ファンドとしては速く降りてしまわないと人質が逃げてしまう。
「まあ、電源を止めたという事は………この階層に誰かがいるという事だ」
議会場は五階と六階を繋げる形で作られており、ファンドは半円状に広がる議会場の丁度一番前の議長席に辿り着いた。
六階からガーランドとアベルが睨みつけるように立っている。
「面倒ごとというのはいつだって君達が原因だったな」
二人は大剣を強く握りしめて真直ぐに向き合う。
ファンドも腰に装備した太刀を握りしめ、抜刀する準備を固める。
今激しい死闘が始まろうとしていた。