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真実 4

 帽子の少女は体育座りで部屋の隅っこに座り込んでおり、全神経を最大値まで維持しながら昔の事を思い出していた。

 彼女は幼い頃は獣人族の国育った普通の少女だった。

 妹と両親と四人で過ごしてきた彼女にはそれ以上の幸せなんていらないと思っていた。


「お姉ちゃん! この国に行ってみたい」


 そんな妹に「無理に決まってるでしょ」何て言うとどこか不満げにしている妹を見てどこか胸が痛んでしまう。

 それでも、獣人族が人の国を出歩くなんて危険というのが世の常識であり、どこかに観光に行こうものなら拉致されて売り飛ばされるのが関の山。

 実際そういう事件が後を絶たず、人間社会では亜人族は人間ではないから人身売買にはならないと訴える者すらいるのが現実。

 特に妹はガイノス帝国の首都に強いあこがれを抱いており、それが姉としてどうしても心配だった。

 周辺ではいつでも戦争話ばかり、共和国と帝国の戦争が連日のようにニュースや新聞のトップを飾り、そのたびに戦争現場の悲惨さがよく分かるのが現実。

 それでも彼女には戦争なんて遠い世界の出来事のように見えた。


 しかし、そんな当たり前のように感じた毎日は突然ぶち壊れた。

 ガイノス軍が獣人族の国境を越えて現れ、首都を蹂躙し始めたという話を夜中の内に聞き、目が血走ったような両親にたたき起こされてしまう。

 妹を起こしに行こうと思ったが、妹はベットにおらず、家を出て探し回ったが、家が燃え始めるといよいよ焦りに変わる。

 ガイノス軍らしい者達が進撃を開始している姿が遠目に見え、トラックのような車に乗せられていく姿を目撃した彼女は焦りを滲ませながら、妹を探し出そうと必死になった。


「嘘! なんでこんなことになるの!? 何でこんなことをするの!?」


 幼いからこそ彼女には物事の真実なんて分からなかった。

 妹を発見したのは近くの公園での事、怯えた様子で自分を見る妹を連れて逃げようとしたがまるで姉を犯罪者であるかのように見る目。


「大丈夫。お姉ちゃんだよ。逃げよう」

「い、いや………いやぁ!!」


 走っての逃げ出す妹を必死な思いで追いかけ、大通りに出た所で完全に見失い。

 ガイノス語で叫び人の声なんて姉にはまるで分らなかったし、今でも本当の意味で理解できなかったが、ただ侵略者の言葉なんだと耳を傾けなかった。

 大事なのは妹だけ。

 しかし、突然襲い来る砲台は彼女のすぐ隣にあるトラックを襲い、爆発の余波は彼女の体を吹っ飛ばした。

 薄れゆく意識の中誰かが手を伸ばし、何を叫んでいるようにも見えた。


 それが誰だったのかなんて彼女には分からなかった。

 次に目を覚ましたら故郷の近くにある避難所であり、ガイノス軍が自分の国を滅ぼしたという残酷な真実に目が向けられず、避難所を抜け出した彼女は自然と傭兵業へと突き進んでいった。


 彼女は知らなかった。

 あの戦いの裏話を。



 メイと呼ばれている少女は夕焼けに染まり暗くなっていく帝都を真っ黒な目で見つめ、隠そうとしないネコ科を思わせる耳を震わせ、尻尾を横に振りながら帝都の街並みをそっと見つめていた。

 危ないからと普段から外への散歩は大人同伴で、週に二回訪れるソラとジュリと一緒に出掛ける事がメイの楽しみでもある。

 毎回どこに行くのだろうと心をワクワクさせているメイは今日だけはどうしても落ち着かない毎日を過ごしていた。


 朝から孤児院の保母さん達は「今日は危ないから絶対に外に出たら駄目よ」と言われ、孤児院の出入り口はガイノス軍の人で守られている。

 窓の外から聞こえている音の中に戦闘音が紛れており、聞いているだけで不安が孤児院内にあふれていくのだが、昔よく聞いた音だけにメイは他の事は少し違い怖いとは思ってはいても、それで怯えたりはしなかった。

 

「お兄ちゃんやお姉ちゃんがいるから大丈夫」


 そう言って部屋で怯える子供達を励まそうとしている姿を見ていた保母さん達は「メイちゃんは偉いね」と頭を撫でられると少しだけ心がポカポカした。


 メイは幼いころの事をはっきりと覚えており、彼女を含めたガイノス軍が保護した獣人族はあの時の首都陥落を別の視点で見ていた。


 あの首都陥落は共和国が起こしたことであり、その目的は獣人族を高く売りつけ金を手に入れつつ、共和国の中に「帝国卑劣」という考えを植え付ける自作自演だった。

 しかし、その現場においておかしいと気が付いた者達が少なくとも存在した。

 それがメイ達である。


 そう、メイはよく見ていたまるで錯乱したかのように、自分の両親が自分の家に火をつけ、ガイノス兵に成りすました共和国兵が獣人族を捕まえていた光景を。

 獣人族間で疑心暗鬼になっており、獣人軸間ですら殺し合いをする始末。

 その全ての原因は『ある呪術』が流行っていた事で、メイはそれを両親が使っていたことも昔から知っていた。


 だからメイはあの日姉の事を信用できず逃げ出してしまった。


 あの日ガイノス軍は獣人族を救うために現場に現れ、当時の司令官はガーランド(当時はまだ准将)だった。

 ガイノス軍に助けを求めようとしたところで両親の手で共和国に売り飛ばされ、母親と父親はその場で離れ離れになってしまう。


 両親から売り飛ばされたという恐怖がいつまで彼女を襲うと思ったが、そんな彼女を救ったのはソラとジュリだった。

 メイは二人が大好き。


 しかし、メイはまだ知らない。

 この街に姉が来ていることを、今戦いへと向かっていることをまだ知らない。



 突入のタイミングは三チームで同時に行われることになっており、その最終的なタイミングは外の状況とほぼ同時にしなくてはいけないとされていた。

 故に三チームの準備が整っても外の準備が整ってなければ作戦は実行できず、こうして待ちぼうけ状態になっていた。

 というのも第三皇女であるレイナが発見され、サクトの部隊が安全に帝城に運んでいたため作戦遂行に時間が掛かっていると報告が上がったからだ。


「レクター………一つ頼まれてくれないか?」

「それを引き受けたら弟子入りを認めて!?」

「くれない。あの帽子の少女を救ってやってくれないか?」

「知り合いだったの?」

「獣人族の国に攻め入った時に救った少女だ。大通りで頭から血を流して倒れていたのを発見した。その後避難所から逃げ出したと聞いている。何とか探そうとしていたのだがな、噂で獣人族の傭兵団に入ったと聞いたがどうやら一部の傭兵と一緒に抜け出したのだろう。元々獣人族の中にガイノス帝国恨むものが多いのは知っていた」


 レクターはガーランドからの言葉に首を傾げた。

 話が良く見えてこなかったからだ。


「ねえ………確かあの戦いって獣人族の方に問題があるんじゃなかったけ?」

「我々ガイノス軍も少々強引だったのは事実だし、誤解されてもおかしくは無い事はしたと反省している。しかし、おおよその問題は共和国が獣人族に嘘を吐いたのが問題になるんだ。彼らは共和国は獣人族を救おうとしたと思っている」

「あれ? メイちゃんはそんな事を想っていないってソラ達は言っていたよ。前から共和国が人身売買目的で売り飛ばそうとしていたって知っていたらしいけど」

「共和国に捕まっている者達は知っている………? メイちゃん?」

「うん。知らない? ソラが一年前の海外研修の時に助け出した獣人族の女の子。今でも結構な頻度で会っているはずだよ」

「いや………もしかしたらあの帽子の少女の妹かもしれないと思っただけだ。取り敢えず頼まれてくれないか? 私は立場上別の人間を相手にしなくてはいけないし、おそらくガイノス軍である私の言葉は聞き入れてもらえないだろう」


 儚い表情を浮かべるガーランドに、レクターは分かっているのか分かっていないのか分からない表情で返す。


「彼女達獣人族の傭兵からすれば私達ガイノス軍は故郷を滅ぼしたうえ、人身売買に身を染めた悪魔だ。それよりただの学生であるお前の方がまだ聞き入れてくれるはずだ」

「…………説得をすればいいの?」

「ああ、出来るならで構わない。無理ならいい………無理しなくてもいい」

「絶対助ける。きっとソラやあなたならそうするでしょ? なら俺もそうするよ!」


 任せろと言わんばかりに興奮するレクターの背を見ながらガーランドは微笑んだ。


「いい子達でしょ? 大丈夫ですよ。あなたやアベルさん達の意思を若い子達は受け取っていますよ」

「デリア…………取り敢えずこの事件が終わってから女漁りをしたら逮捕だぞ」

「………ちぇ!」


 本気の舌打ちをするデリアとガーランドの前に作戦開始の合図をアベルが下した。


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