南区攻防戦 10
旧劇場の地の周りは寂れており、住宅地すらまともに残っていない様な廃墟の集まりの中にその劇場跡は存在する。
実際皇光歴という暦の世界において最大の人口を誇るこの帝都(約一億人)が暮らすといってもその殆どは新市街地に建てられている大量の高層ビル群に暮らしている。
今時外からやってきてこんな薄暗い場所に住むような物好きは中々いないだろうし、それでなくても中心地から遠いという事もあり人通りが全くない。
寂れた場所に存在するこの元劇場には駐車場すら存在せず、人知れず寂れたという意味がよく分かる気がする。
ドアの金具が錆びついてまともにドアとしての機能を持っていないドアを開き、中に入っていくと劇場の中心へと繋がる場所のドアが半開きになっている。
「何々? 奥から何か音が聞こえない?」
「戦闘音? だな。銃撃や剣戟音が聞えてくるし、間違いなく中で戦闘をしているみたいだな」
「たぶんだけどここを睨んでいたのは私達だけじゃないという事でしょうね。恐らくアベルさん達中立派と革新派もこの場所を取り合って鉢合ったのでしょうね。多分両サイドから入っていき中で戦闘が始まったと言った所かしら?」
「今の所中立派が押しているって感じですか?」
中の戦闘を見る感じではほぼ互角といった感じに見えるが、父さんとガーランドが嫌に強く一人で二十人ぐらい相手にできそうな強さを発揮している。
「私達は劇場中心部の外廊下を回り込んで外から挟み撃ちをしましょうか。左側を私と………」
「デリアさんとレクターですね。俺とジュリは右側を行きます」
デリアさんが余計な事を言う前に決定しておく。
デリアさんは舌打ちをするが、俺としてはレクターをそっちによこしたのだからむしろ感謝して欲しい限りである。
勝手な事を不満として言う前に俺とジュリは走って右側を回り込むように伸びる廊下を進んで行く。
長い廊下なので何とも言えないが、いつ辿り着くのかが分からない。
その上道が円状に曲がっているので先が見にくいと思っていた所で、俺はジュリにある状況を相談した。
「なあ、向こうも同じことを考えるパターンもあるよな?」
「そ、そうだね」
向こう側からやってきて鉢合わせしたらジュリを守りながら戦える自信が俺には存在しない。
なんて思っていると向こう側から走ってくる音が聞こえてくるので、ジェスチャーでジュリに対して「一旦停止」を指示し、そのまま走って鎧と緑星剣を召喚すると相手目掛けて振り下ろした。
俺の緑星剣と相手の真っ黒な両刃直剣がぶつかり合う音と衝撃、至近距離で睨む先には黒い鎧がいた。
生きているのでは?
そう思っていた所だし実際こうして目の前で現れ俺は再び襲われている。
ジュリは俺の頭上で空気を圧縮し五つの弾丸を黒い鎧目掛けて放ち、黒い鎧はバックステップでそれを回避するが、俺は素早く剣を握り直してから追いかける。
水平二連撃を浴びせるが、黒い鎧は剣で攻撃を受け止めてからカウンターで俺の喉元目掛けて水平に斬りつけてくる。
あんな攻撃をまともに浴びては生きていられる気がしない、しかしバックステップしようにも後ろにジュリの居る状況でなるべく後ろに下がりたくない。
ならと俺はその場で体勢を低くまるでしゃがみ込むように攻撃を回避し、そのまま懐まで入り込む。
この状況では俺も相手も剣での致命的攻撃は出来ないが、俺にはこの状況でも攻撃する手段は存在する。
ガイノス流武術零距離突撃攻撃『剛【零】』零距離というだけあって懐に入ればほぼ回避不可能な一撃を放つ代わりに、他の武術以上にダメージが少ない技。
しかも鎧を着ている分ではダメージは軽減してしまうだろうが、相手の体を崩す事には成功したので、そのまま一気に近づいていこうと走り出す。
「ラウンズ!」
聞き覚えのある一言に俺は進む足に急ブレーキをかけ、後ろに一旦引き黒い鎧から出てくる五体の騎士人形に警戒心を最大値まで高めた。
この黒い鎧は俺ですら扱えない『ラウンズ』を何で扱えるんだ?
そういう疑問すらやってくるこの状況、頭の中で情報がオーバーロードを起こしそうになると、ジュリが後ろから大きな声を発する。
「ソラ君しっかり! 相手をよく見て落ち着いて行動して、今は悩むときでも混乱しているときでも無いよ。前からソラ君が言っている事。戦う時こそいつだって余分な考えを捨て、戦う事だけを考えろ! でしょ?」
そうだった。
余計な事は考えるな、今はこの騎士人形を何とかすることだけを考えろ。
ここは狭い廊下で、俺の後ろにいるジュリを攻撃するには狭すぎるだろうし、この五体の騎士人形を一気に何とかする方法は一つしか思いつかなかった。
この狭さを利用する戦法。
「刺殺の束!」
俺は刺殺の束を使った攻撃で騎士人形を破壊しようとするが騎士人形の一体一体が刺殺の束を使用してきた。
一体一体の威力は低いが、この数であるこちらとほぼ互角の威力になっている。
その上黒い騎士も刺殺の束で俺に向かって攻撃を仕掛けてきた。
廊下の外壁や天井や床にヒビが広がっていき、俺も負けじと力を籠めるが正直物量で負けそうになる。
「ソラ君負けちゃ駄目だよ!」
ジュリが俺の両腕に自らの両腕を重ねて押し返そうと力をくれる。
二人で押し返そうとするが、それでも足りない力の差を同にもすることができないままついに周囲の外壁が完全に粉砕していった。
デリアとレクターは帽子の少女と戦うかに思えたが、人数で負けたと感じた少女は戦う前に逃げた。
そのまま回り込み、ソラ達がやってこないことに不安を怯えながら二人は劇場の戦闘に対し挟み撃ちの形で侵入した。
革新派からすればこっちが建てた作戦を敵に遂行されたという衝撃が作戦全体に影響を与え、囲まれていく戦況の中敗色が濃厚になっていくと、まるでその状況をよんだかのように劇場の壁の一部がいきなり壊れた。
ソラと黒い騎士が刺殺の束で攻撃しているが、複数で攻撃している黒い騎士に対してソラとジュリは明らかに不利な状況になっている。
戦場をデリアとレクターに任せたアベルとガーランドはソラの援護の為に近づいていく。
黒い騎士は近づいてくる二人に対して『ラウンズ』を十五体ほど呼び出し、接近を封じていく。
押されていく中、ジュリも両手に少しずつだが血が流れていく。
ジュリを傷つけられたくないという気持ちがソラに力を与えたのか、それとも全く別の要因だったのかはソラにも分からない。
一つだけはっきりしているのはソラの脳裏に一つの言葉がよぎったことがきっかけだった。
『我は汝。汝は我。真なる継承者よ全てを喰らう獰猛な竜と成れ。叫べ。その名を』
「竜の顎!!」
ソラの叫び声と共に緑星剣と刺殺の束が突然竜の獰猛な頭部に変貌し、刺殺の束を噛み砕きながら五体のラウンズを飲み込んだ。黒い騎士は不利だと踏んで逃げるように後ろに後退する。
まるでそんな黒い騎士を守るようにアベル達に向かって行っていた騎士人形が戻ってくるが、ソラにはそれ以上に気になったことが存在した。
騎士人形はそれを落としたという感覚から急いで見つけ出し拾う。
「な、何で? 何でお前がそのお守りを持っているんだ!?」
黒い騎士が拾ったのはこの世界では絶対に存在しないお守りと呼ばれる小袋であり、手作り感あふれるそのお守りをソラは知っていた。
「それは堆虎のお守りだ! お前………皆に何をした!?」
「もう帰ってこないのさ。誰も………その女性もな」
「…………!? ああ!!」
気がおかしくなっていくソラの心を感じたかのように竜は咆哮を上げ、ドスの効いた睨みを周囲に向ける。